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「観光人文学への遡航(66)」 外交における観光①

2025年12月2日(火) 配信

 ここまで観光教育における専門学校の制度的位置づけについて連載をしてきたが、あまりにも事態が急展開したので、専門学校に関してはいったん小休止し、観光と外交に関して述べることにする。

 私は1990年代に新卒で日本航空に勤務していたが、在職中に交渉が行われた日米航空協定の不平等性に疑問を持ったことから日本の外交政策に関心を持ち、日本航空を退職して松下政経塾で国際関係を学んだ。

 
 そのころは、ジャパン・アズ・ナンバーワンの時代が過去のものとなり、ジャパン・バッシングの時代を経て、ジャパン・パッシングの時代へと突入していた。当時のクリントン米大統領も、当初は日本には関心を持っていなかった。そこにくさびを打ったのが、ジョセフ・ナイである。彼は国防次官補として、極東アジアに米国が冷戦後も関与し続けることの重要性を説いた「ナイ・イニシアチブ」を展開した。これが現在の強固な日米同盟の再定義へとつながった。このナイが主張したのが、外交におけるソフトパワー理論である。

 ナイは、外交においては、軍事力や経済力といった相手を力でねじ伏せるハードパワーとともに、文化や価値観や理念によって相手への影響力を高めるソフトパワーが重要だと説いた。言い換えれば、ハードパワーは支配力であり、ソフトパワーは吸引力である。

 ソフトパワー理論が提唱されたことで、まさに観光は国家のソフトパワーを高めるための好材料としてみなされた。世界から観光客を受け入れることで、世界中に自国の正しい姿を見てもらい、ファンになってもらうことができる。そして、他国がどんなに理不尽で根拠のない情報を教育や報道で流したとしても、実際に訪問した経験があれば、その情報を信じたりはしない。まさに観光振興はパブリック・ディプロマシーの一翼を担うことが期待された。

 しかし、あろうことか観光はハードパワーの切り札として使われ始めた。気に入らないことがあれば、その国を名指しし、自国民の渡航を自粛させる。航空路線を止める。このやり方で観光がハードパワーとして行使されるようになった。

 ハードパワーとしての観光が厄介なのは、経済損失もさることながら、国民を観光で恩恵を受けている者と、そうでない者とに分断することができる点である。国民同士が憎み合う構図を作ることで、国民統合を阻み、国力を弱体化させることができてしまう。

 もう「観光は平和へのパスポート」なんてお花畑なことを言ってはいられなくなった。どうも観光学界において観光と外交を語っている研究者はまだこのお花畑な時代を引きずっているようで、その研究成果は今日には役に立たないが、これからは観光における「防衛」も真剣に考えていかなければならない。

 

島川 崇 氏

神奈川大学国際日本学部・教授 島川 崇 氏

1970年愛媛県松山市生まれ。国際基督教大学卒。日本航空株式会社、財団法人松下政経塾、ロンドンメトロポリタン大学院MBA(Tourism & Hospitality)修了。韓国観光公社ソウル本社日本部客員研究員、株式会社日本総合研究所、東北福祉大学総合マネジメント学部、東洋大学国際観光学部国際観光学科長・教授を経て、神奈川大学国際日本学部教授。教員の傍ら、PHP総合研究所リサーチフェロー、藤沢市観光アドバイザー等を歴任。東京工業大学大学院情報理工学研究科博士後期課程満期退学。

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