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「観光革命」地球規模の構造的変化(268) 北方領土問題と観光

2024年3月10日(日) 配信

 2月7日が「北方領土の日」ということを知っている人は少ない。日本政府は1981年に2月7日を「北方領土の日」と制定した。1855(安政元)年2月7日に日魯通好条約が調印され、通商が開かれると共に、両国国境を択捉島とウルップ島の間と定められた。この条約によって択捉島、国後島、色丹島および歯舞群島の北方四島は日本領土と確定した。

 ところが第二次大戦の最末期にソ連は日ソ中立条約を破棄して対日参戦し、北方四島を占領した。当時四島全体で約1万7千人の日本人が居住していたが全員強制退去させられ、ソ連は46年に四島を自国領として編入した。それ以降、ソ連とロシアによる実効支配が継続している。

 膠着した状況のなかで、64年から元島民による北方領土墓参が始まり、92年からはビザなし交流が認められ、99年からは自由訪問も始まった。日本政府は2012年に北方四島ビザなし渡航専用船として「えとぴりか丸」を建造して運航を開始した。例年5~9月に掛けて元島民らを乗せて根室港と北方四島との間を年30回以上も往来してきた。

 安倍晋三氏は首相在任中にプーチン露大統領と会談を重ね、16年の山口会談では北方四島における共同経済活動が協議され、海産物の共同増養殖や温室野菜栽培、風力発電の導入、島の特性に応じた観光ツアー開発などが検討された。それを契機に北方四島における「国境観光」への関心が高まった。ところがコロナ禍でビザなし交流が中断され、22年2月のロシアによるウクライナ侵攻で北方四島との交流が途絶した。

 とはいえ、日本企業などが出資する極東の石油・天然ガス開発事業「サハリン2」は維持されて液化天然ガスの日本への輸出は継続している。ロシア産水産物の日本による輸入も好調が続いている。互いの利益、地元の利益になる余地は残っている点が重要だ。

 ウクライナ侵攻停戦を視野に入れて、日露関係の改善のために北方四島墓参の枠組みを生かす方策を検討すべきであろう。さらに訪日外国人客を視野に入れて「国境観光」の可能性を追求することも重要だ。

 「観光は平和へのパスポート」なので、困難な局面だからこそ、日本の旅行業界は平和産業としての役割を果たすべきであろう。

 

石森秀三氏

北海道博物館長 石森 秀三 氏

1945年生まれ。北海道大学観光学高等研究センター特別招聘教授、北海道博物館長、北洋銀行地域産業支援部顧問。観光文明学、文化人類学専攻。政府の観光立国懇談会委員、アイヌ政策推進会議委員などを歴任。編著書に『観光の二〇世紀』『エコツーリズムを学ぶ人のために』『観光創造学へのチャレンジ』など。

 

 

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