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〈旅行新聞8月1日号コラム〉――W杯観戦記 劣勢の局面を「自ら反転していく力」が貴い

2026年8月1日
編集部:増田 剛

2026年8月1日(土) 配信

 熱く観戦した2026年サッカー・ワールドカップ(W杯)北中米大会が終幕し、既に心は30年の大会に向かっている。

 日本代表は残念ながら決勝トーナメント1回戦でブラジルに敗れてしまったが、今回の日本代表の戦い方は好きだった。

 「良い守備から良い攻撃」を目指す森保一監督が採用する「ハイプレス」。前線から積極的に相手ボールを奪取すると、手数少なくゴールを狙う。しつこくどこまでもボールを追い続け、奪った瞬間、スタンドがどよめき、一気に局面が変わる。高度な足元の技術と、アジリティ(俊敏さ)に加え、創造性豊かな展開力が一体化したショートカウンターが見事に決まる流れは、“美の極致”に映る。

 1993年10月28日の“ドーハの悲劇”を目の当たりにした世代にとって、日本代表の現在地は、夢のようである。

 子供のころ、テレビの前で熱狂したバレーボール女子の日本代表選手たちには、何度も強烈なアタックを転がりながら拾い上げる粘り強さと勇敢さがあった。甲子園を目指す夏の高校野球大会では、最後まで諦めない精神力や献身的チームプレーに魅了された。サッカーもきっと「世界水準まで強くなれる」と信じている1人である。

 過去のW杯では、日本代表が早期敗退したあと、私はイタリア代表とアルゼンチン代表を応援してきた。なぜこの2チームが私の心を捉えたのか、初期のころその理由が分からず、冷静に分析したことがある。

 イタリア代表は近年W杯に姿を見せなくなり寂しいかぎりだが、アルゼンチン代表は前回大会で優勝し、今回も準優勝と好成績を残している。人口も経済規模もそれほどの大国ではないのに、どうして欧州の強豪国や隣国のブラジルにも引けを取らない結果を出し続けるのか、不思議でならなかった。もちろん、マラドーナやメッシという稀代の天才が君臨し続けたことも大きいが、それだけではW杯で勝ち続けることは難しい。

 アルゼンチンの試合を客観的に見ると、決して美しくない。スペインやフランスのような華麗なパスサッカーで相手を崩していくスタイルではない。ひたすら走り、縺れるように倒れながらも相手と競り合う。疲労困憊で痙攣する足を気力で数センチ伸ばし相手の攻撃を潰す。ユニフォームは全身、土と汗で汚れている。そんな泥臭い姿だ。

 「いい試合をしても負けたら誰も褒めてくれない」厳しい世界に身を置くせいか、今大会は勝敗にこだわり過ぎ、最も大切なフェアプレーを忘れていたように思う。決勝戦では“美学を失った”アルゼンチンの魅力は薄れ、スペインを応援した。

 一方、日本代表が見せるフェアプレーは誇り高かった。そしてボールをどこまでも追い続ける諦めない姿勢に、何度も心を打たれた。血が湧き踊るのは、球際まで追った先でボールを奪い、劣勢の局面から反転攻勢が始まる、あの瞬間だ。

 脛を削られながら、心臓が破れるほど走り回り、局面を打開しようとする意志と、諦めないしぶとさが生む形勢逆転劇。

 チャンスの延長線上のゴールシーンは美しいが、その手前の“無様なボールの奪い合い”と仲間のパスを信じて全力で走る姿こそサッカーの真髄である。

 日々の仕事や日常生活もピンチに溢れている。負の状況を自らプラスに反転していく力が最も貴い。

(編集長・増田 剛)

 

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