〈旅行新聞6月1日号コラム〉――歴史上の革命期 “つながっていない”時間が本当の自分
2026年6月1日(月) 配信

古いレコード盤やカセットテープで音楽を聴くことが若い世代には新鮮で、小さなブームになっているとニュースで見た。好きな音楽を聴き終えると、レコード盤を裏返したり、テープを巻き戻したりと、デジタルに比べ、アナログは何かと手数や手間が掛かる。あらゆるものが簡便になった世の中で、敢えての手数や、小さな自分だけの儀式(セレモニー)を楽しく感じる気持ちも理解できる。
子供のころスーパーカーブームの真只中で、憧れの「ポルシェ930」のエンジン音だけが録音されたレコードのシングル盤を母親に買ってもらった。レコードジャケットから指紋が付かないようにドーナツ盤を取り出し、慎重に針を落として耳を澄まして聴いていた、あの手順は大事な儀式なのであった。
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漫画や映画、音楽などもサブスク化し、実際に本やレコードを手にすることが少なくなったが、やはりコレクションという魔的な趣味においては、アナログの世界の方が“悦び”に溢れている。そして、アナログの最大の利点は、現代社会と“つながっていない”世界にたった1人、没入できることの安全性、安心感なのであると思う。
携帯電話が普及し始めて、いつでもどこでも人とつながり便利になった。その反面、もう逃げられなくなった。その後、インターネットが双方向に世界を一つにつなげ、現実世界よりも無限に広がる、ネット空間で過ごす時間が徐々に増えていった。 そしてSNSの台頭によって、個人と個人が世界中でつながった。しかしながら、広くつながることによって得られた“良いこと”だけではなかった。“疲れ”や“息苦しさ”などを感じる副作用もあった。
今は、AIだ。その能力に驚愕する毎日だ。AIとつながることの利点は計り知れなく大きい。だが、それ以上に人類はAIに対して、既に“畏れ”に近い感覚に支配され始めている。
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そのAIが刻一刻、現在進行形で世界のあり方を根底的に覆す「歴史上の革命期」の傍らに佇んでいることを実感する。
仕事がデジタル化やAIによって管理されていくと、趣味はアナログ化に向かうのだろうか。例えば、最近は休日に下拵えから始める料理が楽しくてたまらない。
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料理だけではない。構造が単純すぎて使い勝手の良くない帆布の鞄がずっと、自宅の壁にぶら下がっていた。捨ててしまおうかと考えていたが、先日、手芸店に行って、ファスナーやマジックテープ、金属の留め具などを買ってきて手を加えた。
いや、本当は不器用すぎる私ではなく、服飾系を学んできた妻にお願いして一から十までやってもらったのだが、平凡だった鞄が独創性溢れる唯一無二の鞄にグレードアップしたのだ。
無個性なものを安く買って、ある程度使用したあと、自分なりに工夫して、アレンジやカスタムが奏功し、質感や使い勝手が新品時よりも向上していく過程が精神的に好ましい。
少し前に、相当に使い込んだスーツケースの車輪が壊れたので、良質な車輪を注文して修理すると、これも購入時よりも高性能になった。単なる維持ではなく、手を加えることによって“現物”の機能やデザイン、価値が上がっていくと愛着も深くなる。SNSやAIとつながっていない、アナログな時間こそが、本当の自分なのだと強く感じる。
(編集長・増田 剛)


