test

「観光人文学への遡航(71)」 外交と観光・覇権国家の思い通りにならなかった日本

2026年5月4日(月) 配信

 日本も高市首相の発言に反発した中国から同様の観光面での圧力にさらされた。親中な一部のオールドメディアは、それのインパクトを必要以上に強く報道した。しかし、パラオほどの大きなインパクトを残すことにはならなかった。それには4つの要因が考えられる。

 第一に、日本の観光市場は規模が大きく、かつ多様である点である。中国市場の存在感は大きいが、訪日需要は一国に依存しているわけではない。韓国、台湾、東南アジア、欧米豪など今や幅広い市場に支えられている。そして最も特徴的なのが、厚い国内旅行市場の存在である。したがって、特定国からの来訪者が減少しても、直ちに観光基盤が崩れるわけではない。この市場の厚みと多様性は、観光がハードパワーとして用いられた際の耐性となる。

 第二に、中国人観光客の増加に対して、日本社会は必ずしも全面的に歓迎していたわけではなかった。経済効果の一方で、混雑や生活環境への影響などオーバーツーリズムの問題が顕在化していた。観光客数の増加は無条件に望ましいものではないという認識が広がっていたため、送客減少も単なる損失ではなく、観光のあり方を見直す契機として捉えられることとなった。

 第三に、日本の観光政策は量から質への転換を模索していた。訪日客数の拡大を追求しつつも、地方誘客や長期滞在、高付加価値化、持続可能性といった「数だけではない観光」が重視されてきた。これにより、一国依存型の大量送客モデルのリスクが相対化され、特定市場の変動を契機に観光の高度化をはかる余地が生まれた。

 第四に、日本は観光以外の経済基盤も厚い。観光関連産業への影響は大きくとも、製造業や国内市場など複数の柱が存在するため、観光の変動が国家全体の意思決定を左右する圧力にはなりにくい。

 以上の点から、日本は観光を通じた政治的圧力に対して、一定の耐性を備えていたといえる。ただし、それは恒常的な安全を意味するものではない。観光市場の構造や依存関係を不断に見直し、観光を外交・安全保障・地域社会の持続可能性と結び付けて考える視点が今後も不可欠である。

 以上の比較から、観光がハードパワーとして機能するか否かは、観光客数そのものではなく、市場構造、政策設計、社会的認識、経済基盤といった複合的要因によって規定されることが明らかとなった。

 とくに、特定市場への依存度が高い場合、観光流動の変化が国家の意思決定に対する外部圧力として機能しやすい。一方で、市場の多様性や政策的分散が確保されている場合には、その影響は相対的に限定される。

 したがって、観光政策は単なる需要拡大ではなく、リスク管理および構造的安定性の観点から再設計される必要がある。

 

島川 崇 氏

神奈川大学国際日本学部・教授 島川 崇 氏

1970年愛媛県松山市生まれ。国際基督教大学卒。日本航空株式会社、財団法人松下政経塾、ロンドンメトロポリタン大学院MBA(Tourism & Hospitality)修了。韓国観光公社ソウル本社日本部客員研究員、株式会社日本総合研究所、東北福祉大学総合マネジメント学部、東洋大学国際観光学部国際観光学科長・教授を経て、神奈川大学国際日本学部教授。教員の傍ら、PHP総合研究所リサーチフェロー、藤沢市観光アドバイザー等を歴任。東京工業大学大学院情報理工学研究科博士後期課程満期退学。

いいね・フォローして最新記事をチェック

コメント受付中
この記事への意見や感想をどうぞ!

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

PAGE
TOP

旅行新聞ホームページ掲載の記事・写真などのコンテンツ、出版物等の著作物の無断転載を禁じます。