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「観光人文学への遡航(70)」 外交における観光・パラオから学ぶ④

2026年4月4日(土) 配信

 パラオは、2015年から、中国からのチャーター航空会社が就航し、中国本土からの客数が一気に増加した。今までどんなに日本からの観光客が増えても年間4万人を超えられなかったのに、この年に中国人観光客は一気に9万人を超えた。

 パラオの観光業界が中国マーケットの旨味を十分に味わったそのタイミングで、中国政府は台湾との断交と中国との国交締結を求めてきたが、当時のトミー・レメンゲサウ大統領は、その強い外交圧力の前に一歩も引かず、台湾との関係を継続した。

 中国政府は、パラオにおける自国民旅行者の安全を保障することができないとの理由で、17年11月にパラオ行きのツアーをいきなり禁止した。その結果、18年は中国からの観光客は5万人へと激減した。

 私は中国人観光客が最多となった15年にパラオを訪問したのだが、どこのホテルも中国人で溢れていた印象があった。私は当時パラオで2番目に高価なパラオロイヤルリゾートに宿泊したが、中国人観光客が、違うホテルに宿泊している友人を呼び寄せて、渡り廊下の地べたに座ってスナック菓子を食しながら大声で談笑している光景に出くわした。

 高級ホテルに宿泊する客の態度からは程遠く、場違いな雰囲気を醸し出していたことに若干の違和感を抱いた。どこから来たのか聞いてみたら、どうやら北京や上海ではなく内陸の知らない都市からだった。

 私はそのときは気が付かなかったが、もう中国人観光客が急激に増えた15年から、その後の戦略は始まっていたのだ。

 パラオというデスティネーションは、海外旅行の初心者が行くところではない。定番観光地をある程度経験して、旅にこだわりが生まれた人が行くところだ。旅行代金も決して安くはない。そのようなパラオの、決して安くはないリゾートホテルに、どう見ても海外旅行慣れしていない人たちが押し寄せている。

 これは思うに、観光客が自発的にパラオという目的地を選定したのではなく、町内会的な団体旅行を形成し、ある程度の支援をしたうえで募集をしたのではなかろうか。そして、中国はこれだけの送客能力があるということを見せつけるために、15年に集中的に送り込んだのではなかろうか。そして、パラオの観光事業者が、中国と付き合うことの旨味を知った瞬間に、パラオ政府に政治的な決断を迫り、政府が言うことを聞かなかったら、蛇口をひねるように送客を止める。旨味を知ってしまった観光事業者は政府が不満の対象となり、国内での分断が生まれる。

 観光はもはやハードパワーと化した。相手国をねじ伏せ、従わせるために観光の力を使う国が出現した。そのような国に対して、友好だの交流だのといった次元で観光を扱ってはならない時代に突入した。

 

島川 崇 氏

神奈川大学国際日本学部・教授 島川 崇 氏

1970年愛媛県松山市生まれ。国際基督教大学卒。日本航空株式会社、財団法人松下政経塾、ロンドンメトロポリタン大学院MBA(Tourism & Hospitality)修了。韓国観光公社ソウル本社日本部客員研究員、株式会社日本総合研究所、東北福祉大学総合マネジメント学部、東洋大学国際観光学部国際観光学科長・教授を経て、神奈川大学国際日本学部教授。教員の傍ら、PHP総合研究所リサーチフェロー、藤沢市観光アドバイザー等を歴任。東京工業大学大学院情報理工学研究科博士後期課程満期退学。

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