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【精神性の高い旅~巡礼・あなただけの心の旅〈道〉100選】-その60- 霧島神宮(鹿児島県霧島市) 遥か神代へと続く物語 天孫降臨神話に

2026年4月11日(土) 配信

 地方空港によっては、市街地から離れているところに立地しているものも多い。鹿児島空港もその一つだ。着陸時、飛行機の中から周囲のようすを見ていても、森の中に降りていく感じだ。今まで何度も鹿児島空港を使ったことがあったが、すべて鹿児島市内に用事があったり、離島に用事があったりしたので、鹿児島空港の周辺に立ち寄ったことはなかった。今回鹿児島で用事があり、たまたま鹿児島空港に勤める先輩がいるので会いに行ったところ、この周辺の魅力を初めて知ることとなった。

 空港から10分程度車を進めると、湯治宿が並ぶ温泉郷に入ってゆく。妙見・安楽温泉郷、日当山温泉郷である。この地域に湧く温泉は泉質が本格的で、傷や胃腸の病によく効くとされている。なによりも300円から500円で立ち寄り湯として開放されているので、地元の利用客も多い。

 

 

 この日宿泊したのは、ホテル京セラ。その名の通り京セラが経営するホテルである。近隣に京セラの工場があるので、その関係者のために作られたホテルなのだが、堂々たる外観に比してリーズナブルな宿泊料金で泊まることができる。このホテル京セラに、霧島神宮の紹介が大きく掲げられていた。その記述にぐっと吸い寄せられ、実際に見てみたくなった。

 霧島神宮は鹿児島県霧島市に位置する旧官幣大社である。元々は、天孫降臨の伝承地である霊峰高千穂峰を信仰の対象とする山岳信仰から始まった神社であると考えられている。元の社地は、火口に近い場所であったため、社殿は噴火で度々炎上した。その後平安時代に天台宗の僧侶性空上人により再興されたが、その後も、噴火のために度々焼失し、1484年に島津忠昌の命により兼慶上人が再興したのが、現在の霧島神宮である。 

国宝に指定されている壮麗な本殿

 その後も、社殿は幾度も炎上し、現在の社殿は島津吉貴の奉納により1715年に再建された。以降、歴代の島津家によって手厚く奉納され続けている。重要な決定事項には神勅を聞く機会もあったという。

 霧島神宮の主祭神は瓊瓊杵尊である。瓊瓊杵尊は天照大神の孫にあたり、神武天皇の曽祖父にあたる。6月と12月の大祓で奏上される祝詞である「大祓詞」に登場する皇御孫命は瓊瓊杵尊のことである。この大祓詞にもダイナミックに描かれているように、瓊瓊杵尊は天照大神の命を受けてこの地上に降り立ち、荒れ果てた地上を天上のような理想郷にするべく尽力した。その象徴が霧島神宮なのである。

樹齢800年の御神木

 天照大神が瓊瓊杵尊を地上に送り出したときに伝えたと言われているのが「天壌無窮の神勅」である。ここで、天照大神は瓊瓊杵尊に対して、「就而治焉。行矣。」ここで「治」をしらすと読んでいる。すなわち、統治は民を力で押さえつけるのではなく、民を思い、心を配ることを言っている。治という漢字も、さんずいがあるのは祓えを表しているからである。「行ってこい!」と力強く背中を押すさまが「行矣」という言葉に凝縮されている。霧島神宮で参拝しながら、この天壌無窮の神勅の世界観に思いを馳せた。

 昨年の2月、建国記念の日に高千穂峰の宮崎県側の高千穂神社を訪ね、建国を祝うパレードに参加してきたが、日本人として国の始まりに想いを致すことは大いに意味がある。この地上を天上と同じパラダイスにしようとの強い想いを持って、日本の神々は降臨された。現代に生きる私たちはその想いに答えられているだろうか。私たちは悩んだとき、迷ったとき、そして人生の岐路に立ったとき、節目節目にこの天孫降臨神話の地を訪問することで、その想いを新たにする。

 そういえば、この地は、坂本龍馬・おりょう夫妻の新婚旅行の地としても名高く、車を走らせていると、ところどころに坂本龍馬・おりょうの足跡を見ることができる。

 彼らもまた、この霧島の山に抱かれながら、それぞれの未来に思いを巡らせていたのだろう。深い森の気配と、立ち上る湯けむり、そして遥か神代へと続く物語。そうしたものに身を委ねるとき、旅は単なる移動ではなく、自らの来し方と行く末を静かに見つめ直す時間へと変わっていく。霧島という土地は、そのことをそっと教えてくれる場所である。

 

旅人・執筆 島川 崇
神奈川大学国際日本学部国際文化交流学科教授。2019年「精神性の高い観光研究部会」創設メンバーの1人。

 

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