「観光ルネサンスの現場から~時代を先駆ける観光地づくり~(260)」祈りと採石が創った奇岩・鋸山(千葉県富津市・鋸南町)
2026年9月6日(日)配信
.jpg)
東京湾の湾口、千葉県富津市と鋸南町に跨る海岸部に、鋸の歯のような形をした特異な山がある。通称「鋸山」と呼ばれる高さ300メートル余の乾坤山である。ここは江戸時代から盛んに採石が行われた結果、露出した山肌の岩が鋸の歯のように見えることからこの名で呼ばれるようになった。
その山のシンボルである日本寺は、山号を乾坤山といい、奈良時代の725(神亀2)年、聖武天皇の勅願により行基が開いたという古刹である。
このエリア一帯は、観光地として古くから有名だが、とくに断崖からの展望スポット、いわゆる「地獄のぞき」や、高さ約30メートル級の百尺観音、石造の日本寺大仏などが圧巻である。日本寺大仏は「薬師瑠璃光如来坐像」といい、日本最大の摩崖仏である。同寺に残る羅漢石像群とともに県指定名勝「鋸山と羅漢石像群」にも指定されている。
幕末の1862年、外交官アーネスト・サトウは、イギリス駐日公使館の通訳として赴任するため横浜に向かう途中、この奇妙な風景に驚き、その著書にも記している。この奇景には、多くの文人たちも強く惹かれ、古くは幕末の浮世絵師・歌川広重の連作「不二三十六景」にも描かれている。手前に鋸山、奥に浦賀水道越の富士山を描いた図である。また、日本寺には小林一茶や夏目漱石、正岡子規らも訪ねている。
1960年代初頭、この山に鋸山ロープウェーが完成してからは首都圏の手軽な観光・ハイキングスポットとして人気を博した。東京方面からは、JR内房線浜金谷駅または保田駅下車だが、車だと東京湾アクアライン経由、さらに対岸の久里浜港(横須賀市)からは金谷港まで東京湾フェリーも利用できる。
鋸山は日本寺を核とした祈りの山であると同時に、凝灰岩の山は、建築石材に適していた。そのため、江戸時代から「房州石」として盛んに採石が行われた。切出された石材は、幕末から明治、大正、昭和にかけて、主に横須賀軍港や横浜の港湾設備、東京湾要塞の資材として利用された。自然保護規制の強化により1985年を最後に採石は終了したが、その石切場や石材搬出路跡は産業遺産として観光資源にもなっている。

石切場は、「ラピュタの壁」に象徴される圧巻の景観である。また、地獄のぞきは、山頂展望台の通称であり、石切場跡の絶壁の上に張り出した岩盤上から約100メートル下を臨める。東京湾や房総丘陵、富士山などを見渡すことができるが、そのスリルはまさに圧巻である。
鋸山は、特異な地形と立地から、古くからの祈りの地となり、また、その地形を形成した凝灰岩の存在から石切場としての産業の地にもなった。
この物語は、日本遺産候補地域として認定されているが、この地域ストーリーのさらなるブラッシュアップとともに、首都圏近傍の観光地として、海外客を含めた多くの方々に訪れてほしい。
(観光未来プランナー 丁野 朗)




-120x120.jpg)
-120x120.jpg)

