2025年3月1日(土) 配信

「加賀屋グループ」(石川県七尾市)は、旅行新聞新社が取材活動などを通じて見聞きした観光業界の取り組みのなかから、創意工夫の見られるものを独自に選び表彰する「日本ツーリズム・オブ・ザ・イヤー2024」(2024年12月1日号発表)のグランプリを受賞した。24年1月1日に発生した能登半島地震に被災し、和倉温泉にある4ブランドの旅館は休業中だが、26年度冬の新館開業に向けて前進を始めている。グループ全体の「リブランディング」を目指す加賀屋の渡辺崇嗣社長に将来ビジョンなどを聞いた。
【本紙編集長・増田 剛】
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□和倉を拠点に「大改革」へ 宿のリブランディングに着手
――能登半島地震により本業の旅館業が休業するなか、昨年(2024年)1年間はどのような事業の方向性を打ち出されましたか。
誰も予想ができなかった1月1日の大地震に、スタッフは宿泊客の対応に全力を尽くしました。地域の方々やマスメディア、SNSもスタッフの頑張りを認めていただき、それが私たちへの「応援のメッセージ」として大変励みになりました。
お客様のお見送りが無事に終わったあと、早い段階で建物の被害状況の確認を建設会社にお願いをしました。
しかしながら、和倉温泉にある加賀屋グループ4ブランド7棟をしっかり診断するには、掘り起こしの作業なども必要で、想定よりも多くの時間がかかりました。出てきた診断結果も大半がグレーゾーンで、判断が難しい状態でした。
加賀屋本店については、雪月花、渚亭、客殿、本陣の4棟うち、築年数が比較的浅い雪月花、渚亭を軸にどのように立て直すか、議論をスタートしました。
既存の建物を残した場合の改修費用と、新館建設に掛かる費用の比較など、夏以降は両睨みで検討を続けました。さらに建設関係の人件費や資材の高騰などの影響もあって工期と費用の見積もりにも時間を要しました。
――従業員の雇用維持などは。
被災により自宅での生活ができない従業員も多く、また、さまざまな申請手続きなどもあり、まずは各家庭の対応に専念してもらいました。
少し落ち着いた従業員から「旅館の片付けなど協力します」と出社してくれましたが、館内は立ち入り禁止状態だったため、作業を進めることが難しい状況でした。調理スタッフは避難所で率先して炊き出しを行うなど、少しでも地域に貢献できることに専念しました。
従業員は最初の数カ月は自宅待機してもらい、それから出向というかたちで対応しました。
1年間延長となった雇用調整助成金をベースとしながら、当社グループ内の宿泊施設「金沢茶屋」や、全国8カ所に出店しているレストランも含め、約1100人の従業員のうち、現在約160人が出向しています。
ありがたいことに全国の宿泊施設や、食品会社、スーパー、物販事業者など約40社からも当社スタッフの出向受け入れのお声掛けをいただきました。
一方、当社グループのレストランなどは人手不足により、これまで機会損失を発生させていた店舗もありましたが、従業員を手厚く配置することが可能になりました。
先日、慣れない地で仕事や生活をしているスタッフの激励に行きました。新しい仕事に挑戦しているスタッフの目は輝き、「今得ている経験やノウハウをいずれ和倉に持ち帰ってチャレンジしたい」と話す言葉がとてもうれしかったですね。
他社で学んできたかけがえのない経験を、しっかりと発揮できる環境をつくることが経営者の役目だと、改めて認識しました。
――昨年末に新旅館開業の発表がありました。
雪月花、渚亭を改修する案が困難だと判断した段階で新旅館建設へ思い切って舵を切りました。
震災から1年近くが経ち、社員も不安になりますから、「年内には方向性を示したい」という想いがありました。開業は26年度冬(27年3月まで)を目指しています。
「あえの風」「虹と海」「松乃碧」については、一部分の建て替えなども視野に入れながら改修を進め、リニューアルオープンが可能になった施設から順次開業する予定です。加賀屋の4棟は「旅館としては使用しない」ことは決めており、今は新旅館開業に集中しています。
――25年の事業方針について。
加賀屋本店は2年後の新旅館開業を目指しています。後半の26年はオープンに向けた準備の年として教育・訓練などが中心になります。
前半の今年も出向先で多くのスタッフが学ばせていただいており、まさに現在進行形で教育や訓練が進められています。
本部メンバーは、さまざまな見直しに向けて現在3段階のステップを考えています。
最初のステップは、新旅館を含めて和倉温泉のグループ4旅館を軌道に乗せること――です。
次のステップは、旅館業の発展と横展開です。
和倉温泉をお越しいただくお客様は、輪島など奥能登とセットでいらっしゃる方が多い。輪島の復旧・復興に少し時間がかかるのであれば、和倉温泉で奥能登の伝統工芸品の鑑賞や、輪島塗の体験などで興味を持っていただき、奥能登が復興した際に足を運んでもらえるように、中継的なハブ機能を担っていきたいと思っています。
もう一つは、「運営受託」事業の本格化です。後継者不足への対応や、「この機能が弱いので手伝ってほしい」といった声は震災前から寄せられていました。
ある旅館から「調理スタッフが不足しているので手伝ってほしい」との要望があり、当社の調理スタッフがメニューの組み替えなど見直しをすると、「料理の評価が上がった。継続的にスタッフを置いてほしい」という声もいただきました。これは調理場という一部分の運営受託ですが、一緒に運営に携わっていく展開も視野に入れています。
3つ目のステップは、「旅館をやっている会社」から「旅館もやっている会社へ」の転換です。
「加賀屋」の看板を使って多様なビジネス展開も考えています。和倉温泉の旅館は部屋数も含めてスケールダウンをします。そこを補完していくには、雇用を守る視点からも、リスク分散の観点からも、旅館以外の事業の多角化と強化が不可欠です。
10年ほど前から力を入れているオンラインショップでは、おせち料理が成果を出しています。さらに商品を増やして物販事業を伸ばしていきたい。また、ノウハウをもったスタッフがお手伝いする人材派遣も、宿泊業に限らず、あらゆる業種も可能だと考えています。
お客様のニーズや観光のスタイルも、コロナ禍から変化が加速しています。加賀屋はどちらかといえば、団体向けの宿でしたが、時代は小グループや家族連れにシフトしています。
加えて、加賀屋本店の4棟も継ぎ足しで作られてきましたので、現場のスタッフにとっては動線が悪く、働きづらい部分もありました。
「大改革」の議論は地震の前から随分やってきましたが、踏み切れないことが多々ありました。大きな被災をした今、社員には「地震に背中を押されたと思って、前向きに取り組もう」という表現をしています。
――和倉温泉について。
地震で大きな被災を受けた温泉街は全国でもそんなに多くはありません。この被災した経験を生かして、災害に強い防災のあり方などを考えるきっかけになりました。今後の復興のまちづくりの中に組み込んでいければいいと思っています。その過程で和倉温泉の魅力を高めていくために皆で知恵を出し合っていきたいと思います。
――5年後、10年後の加賀屋グループのビジョンは。
「グループ経営」を強く意識しながら、「旅館もやっている」という方向性で、さまざまな事業を多領域に拡大していきたいと考えています。ただ「和倉温泉が拠点」、「旅館業が中心」であることは、この先も変わらず強化していきます。
祖母の小田孝女将、伯母の真弓女将が「どうしたらお客様に喜んでいただけるか」と、加賀屋のおもてなしを築いてきました。お客様が求められるものは時代とともに変わっていきますが、しっかりと本質を掴み、おもてなしのやり方を変えていくことが求められています。
お客様が本当に求めているものを、“気働き”で察知して、半歩先回りして対応する。この気働きは、旅館業、サービス業、人としても大事なことだと思っています。
小田孝女将の時代は1日10回くらい客室に入ってお茶を入れ替えていました。その時代は一番喜ばれるおもてなしのかたちでした。
インバウンドのお客様はもとより、日本人のお客様もニーズやご要望も世代によって変わってきます。おもてなしのあり方はどうあるべきかという見直しも必要になってきます。今はプライバシーが重視されていますので、お客様と接する回数は減ったとしても、料理の食材や館内での過ごし方の説明など「密度の濃い接客」で満足度を上げていくことが重要です。
今後はテーマや目的、価格帯などコンセプトを際立たせることで、外国人旅行者、団体客、小グループも目的やテーマに合った宿選びができるように「リブランディング」に着手していきます。
「あえの風」「虹と海」「松乃碧」を含めた4ブランドで、どのようにお客様に対応していくかを考えていきます。それぞれのスタッフが頑張ってくれたおかげでレベルを高めることができましたが、一方で加賀屋本店に似通ってきた面もありました。復興に向けたイベントにも対応できるように個性を明確に打ち出していきたいと思います。
宿泊だけでなく、全国8カ所のレストランや、ご家庭で使えるだしパックなどもオンラインショップで扱っています。例えばお祝い事があるときに加賀屋の商品を贈っていただくなど、お客様の生活圏に入ってつながっていけるような存在でありたいと考えています。
――ありがとうございました。
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□新旅館 最終検討中
新たな旅館の設計は、隈研吾建築都市設計事務所が担当する。開業は2026年度冬を予定している。
客室は全室オーシャンビューで温泉風呂付(露天または半露天)客室となる。館内にはロビーや大浴場、テラスのほか、伝統文化体験スペースを設置。伝統工芸品の紹介なども行う。 和倉4館の構想計画については現在、金融機関や建設会社の協力を得ながら最終検討をしている段階。「今後もさまざまな環境を考慮して柔軟に変更対応させていく」としている。
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