【特集 No.685】水織音の宿 山水荘 “品質”と“効率”を同時に高める
2026年11月1日(日) 配信

高品質のおもてなしサービスを提供することで、お客の強い支持を得て集客している宿の経営者と、工学博士の内藤耕氏が、その人気の秘訣を探っていく対談シリーズ「いい旅館にしよう!」4(Ⅳ)の2回目は、福島県・土湯温泉「水織音の宿 山水荘」代表取締役社長の渡邉利生氏が登場。ロビーチェックインや、客室案内の徹底、リネン類の洗濯業務の内製化などに取り組む現場責任者も出席して、「コストを掛けずにお客様満足度を高めていく」改革について、内藤氏と語り合った。
【増田 剛】
◇
――宿泊業界は人手不足や物価高騰など厳しい経営環境にありますが、山水荘はロビーチェックインや客室案内の徹底、客室の清掃方法の見直しに加え、リネン類の洗濯業務や食材加工の内製化などの改革に取り組んでいます。
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渡邉:コロナ禍前から労働生産性改革を進め、コロナ禍中の2022年には客室やパブリックスペースを大幅にリフォームしました。これにより売上高は順調に伸びていきましたが、これとは逆に利益の方が減少してしまう増収減益に陥り、今の物価高の時代の旅館経営の厳しさを強く感じるようになりました。
売上を伸ばすことはとても大事ですが、同時に生産性を上げて利益を増やしていかなければ生き残れないとの思いを強め、24年4月に社長に就任してから、改革を加速していく覚悟を決めました。
改革に向けて社員とは、「利益を最大化し、賃金に還元していく」ことを約束しました。それに向けて、日々働いている社員たちの労働生産性をしっかり上げられる現場づくりを会社経営の最優先課題に位置づけるようにしました。
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内藤:今はたとえ売上が増やせたとしても、それ以上に物価上昇によって経費が増えてしまい、なかなか利益が残せない時代になりつつあります。
会社に利益が残せるようにしなければ、借り入れの返済や賞与なども出せないため、労働生産性と社員への分配の好循環の実現が必要となってきますし、この好循環が具体的に見えてこなければ社員も改革に協力してくれません。
渡邉:当社ではこれまで「お客様が喜ぶことをすべてやる」という方針を続けていましたが、それは一見正しいように見えますが、この正論を振りかざしたところで手間も経費もどんどん増えてしまいます。
改革の一例として、客室のお菓子のセットをやめて、その分をウェルカムラウンジに色々な種類の菓子類を集約して提供するようにしました。
コストを増やさず、一方でラウンジに集約したことで手間を減らし、種類を増やしたことでお客様の満足度が上がりました。
人的サービスや資源、資金も限界がある中小企業は経営者自身が目を光らせて、昔のように「何でもやる」のではなく、今の時代は「限られた資源をいかに有効活用するか」に知恵を絞って考えることが必要だと強く感じています。
内藤:22年のリニューアル後に、ロビーチェックインに切り替えられて大きく変わりましたか。
渡邉:今はラウンジのウェルカムドリンクでくつろいでいただきながら、各スタッフがタブレットを持って館内のサービスを説明したうえで、すべてのお客様に客室案内を行っています。
アルコールもワインや焼酎、ウイスキー、生ビールなどもウェルカムラウンジで提供しています。生ビールは誘客につながっている一方で、単価が高いため、生ビール以外に分散させようと酒類を多品種にしたところ、お客様の評価がとても高くなりました。
ラウンジでのウェルカムドリンクと菓子類を充実させることで旅館として提供するサービスの品質を上げ、それによって単価アップにもつながり、毎年全客室の単価が1千円アップしています。

――客室案内を重視されている理由は。
渡邉:お客様の要望を客室案内時に直接お聞きし、できる限りすべて叶え、一方でお客様が求めないものは一切やらないことを徹底しています。
この姿勢を貫くには、山水荘では客室案内が経営上の「生命線」となっており、スタッフには客室案内を手厚くしてお客様の声に耳をしっかり傾けるように厳命しています。
また、宿泊客にとって旅館とビジネスホテルの価格差は非常に大事な部分です。旅館ではこれまで「人手が足りないから」と客室案内を削りがちですが、そうすると廉価なビジネスホテルと旅館のサービス価値の差異が曖昧になります。このため、まず品質を追求して生産性を高めていかなければ、今後“旅館離れ”がさらに進むのではないかと危機感を覚えています。
内藤:料理の提供方法も個人型へとシフトされました。
渡邉:以前は、個人と団体の比率は半々でしたが、今は7対3ほどで、圧倒的に個人客が多い状態です。
リニューアルを機に、個人客には、事前に料理のほとんどを付けてしまう「お膳出し」から、フルコースの作り立ての会席料理を一品ずつ提供する「一品出し」に変更しました。これにより、料飲のサービスの品質も上がり、料理に対する口コミの評価点数が高くなってきました。
一品出しを徹底できると、食器も一皿ずつ下膳でき、そのままその流れで下膳したスタッフが食器洗浄機で洗えるので、品質と効率を同時に高めることが可能になりました。

斎藤:この一品出しへの転換で会社の働き方改革が大きく前進しました。お膳出しをしていたころは、事前の料理付けと事後の食器洗浄により現場の社員が長時間労働になっていましたが、一品出しに変えたことで、食事処の営業時間中は忙しくなりますが、残業時間は大きく減りました。
内藤:一品出しの料理の説明はどのようにされているのですか。
渡邉:「川俣シャモ」や「福島県産牛」を提供していますので、人のサービスを介して料理ごとに説明し、人手で付加価値を生んでいくことを徹底しています。
福島の海の幸である魚介類は「常磐もの」として積極的にメニューに取り入れ、「福島の復興」をお客様にもしっかり伝えていこうと、地産地消への取り組みも強化しています。
お品書きには魚種や品目を細かく書かずに「その日に仕入れた旬のお造り」というような表現に留め、お客様のテーブルに届けながらスタッフが直接説明しています。旬の食材を日々仕入れることで仕入原価も抑制できるようになりました。
一品ずつ提供しながら料理の説明もきちんとしていくと、一皿に集中して召し上がっていただけるので、演出も含めて、こだわって作っていく意識が高まっています。
内藤:幕田課長はレストランや、人時生産性、シフト管理の責任者としてどのようにそれらを管理されていますか。

幕田:オープンキッチンレストラン「信達」で一品出しをしていくなかで、卓数36に対しお客様が最大50組近くになりますので、効率的に席を回転していくことに取り組んでいます。
デザートはビュッフェ形式で提供していますが、いずれウェルカムラウンジに移動して、客回転の効率化につなげるだけでなく、食事処の営業時間の徹底によってさらなる働き方改革につなげていきたいと思っています。
労働時間の短縮に向けては、下膳してそのまま食洗機に掛けて、レストランの終了時刻と同時に洗い場が終わるオペレーションを組んでいます。
内藤:一品出しのメニューの選択制についてはどのように取り組んでいますか。
幕田:メインの魚料理を、今年の4月から肉料理も選択できるようにしました。今の時期はメインのヒラメを、追加料金で福島県産牛のサーロインに変更可能にしています。
肉と魚のメイン料理をお客様が選択できれば、お客様自身が料理全体の量の調節も可能になりますし、お客様の好き嫌いといった嗜好性にも柔軟に対応でき、一人ひとりの満足も上げられます。
内藤:メニューの選択制を導入すると、盛り付けを含めて事前調理ができなくなります。簡単なようで事前のバックヤードも含めて全体の調理に関する業務の流れを大きく再構築していく必要があります。これができればお客様満足度は飛躍的に高まっていきます。そのためのスタッフの毎日のシフト編成はどうですか。
幕田:以前は早番、中番、遅番と大雑把にシフトを分けていましたが、今はシフト編成ソフト「opsplot」を活用し、そのうえで各スタッフの労働時間をタスクごとに色分けして可視化し、時差出勤や時差退社も含めて細かくシフトを組んでいます。
また土曜日午前にシフトを調整する会議を毎週行い、翌週の売上予測から1労働時間当たりの粗利益額として計算される人時生産性を算出して、現在の目標値6500円を下回らないように各部署で日々投入していく要員数を細かく調整しています。
一品出しによって労働時間を大きく短縮しただけでなく、同時にサービスの品質の向上により、お客様の満足も上がり、これによって消費単価も上がり始めています。一品出しに舵を切ったことで、働き方改革と消費単価が大きくスパイラルアップし、労働生産性が上がってきました。
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□年間3千万円の外注費が大幅削減
内藤:シフトを組むときに人数ではなく、業務に要する時間を意識することが大事です。「何人足りない」ではなく、「どの業務に何時間足りない」という見方をしていく。食事処の営業開始前に準備作業に入っているスタッフも、お客が集中する瞬間だけ厚く集められるように上手くシフトを組むことができれば、必要な人手を確保できるようになっていきます。
また、業務の「やり方」が必要な時間数を決めるので、現場の業務改革によりやり方を柔軟に変え、シフトに反映していくことも大事です。もしこれができなければ、業務改革でムダを無くしても手待ち時間を作るだけになり、労働生産性改革によりムダを作ることになります。
事前に食事処でお客様ごとにテーブルに割り付ける「卓割」の業務をしないとお客が来たときに慌ただしくなりますが、営業開始前の料理付といった事前作業は無くなり、その時間は別の作業に使えるようになります。「お客がいないところの作業が多くないか」と細かく検証し、常にそれをシフトに反映することが大事です。
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――リネンの内製化について。
渡邉:歴史的に見ると、宿泊業では「お客様の肌に直接触れるタオルやバスタオルは責任を持つ」という姿勢で自館内にリネン部があり、洗濯を内製化していました。それが高度経済成長に合わせて、清掃とともにリネン類の洗濯も外注するようになりました。今の時代は逆に内製化の流れになっていることを感じます。
客室が69ある山水荘では、タオルや館内着、シーツ類といったリネン類の洗濯外注費は年間3千万円ほどかかっていました。人件費や原油の高騰から、これらは今後も値上げが続き将来さらにコストが重くなることが予想されるなか、「この部分にメスを入れると利益は拡大できる」との想いから、リネン類の内製化に向けた大改革に今春から着手してきました。
リネン類に関連する業務を内製化するにあたり、何かあったときに責任追及されることを怖れて現場スタッフが改革に後ろ向きにならないように、「失敗を怖れず、一緒に挑戦しよう」「責任はすべて会社で負う」と言うと、一気に前進し始めました。「物価高騰を乗り切るぞ。背水の陣だ」と退路を断ったのが大きかったと思います。今はリネン類の業務は完全に内製化しています。
内藤:現場責任者として、髙橋部長や斎藤次長はどのように取り組んでいますか。

髙橋:昨年、渡邉社長、斎藤次長と一緒にリネン類の内製化で先進的な取り組みを行う宿へ視察に行ったときに、洗濯機・乾燥機の1セットで回っている一連の流れを見て、当館は別館を含め3セット導入すれば内製化は可能だと感じました。渡邉社長から「背水の陣」という号令を掛けていただいたおかげで、全社員が同じ方向へ力を合わせて協力する体制ができたことが一番の近道だったと思います。
内製化のタイミングも繁忙期であるゴールデンウイーク直前からスタートして、そこを乗り越えたことで少しずつ自信になっていきました。
今は現場のパートスタッフから「こうしたらどうですか」と、より作業がやりやすい手法やアイデアも自然に出るようになっています。総力戦でやれたのが良かったと思います。
斎藤:今年1月末に洗濯機と乾燥機が3台ずつ導入され、2月初めからまずはハンドタオル、フェイススタオル、バスタオルの内製化を始めました。3月からシーツと枕カバーとデュベカバー(封筒状の布団カバー)、5月から浴衣から館内着を作務衣に変更して洗濯の内製化に着手しました。
内藤:一気呵成に進められたなかで、難しかった部分はありましたか。
斎藤:結果的にそれほどなかったですね。先進的な取り組みをされている宿の視察によって、イメージはできていましたので、自分なりに考えてやってきました。
実際やってみると、在庫が不足するなど、その都度課題が出てきましたが、会社にお願いしてリネン類を買い足しなどの対応で乗り切ってきました。やりながら分かってきたことも多く、半年ほど経つ今は少し落ち着いてきた状態です。
内藤:外注していたころと比較して作業負担はどうですか。
斎藤:不思議なことに、内製化して洗濯や乾燥といった業務量が増えたはずなのに、実は今の方が内製化前に比べ断然ラクになりました。洗うのは洗濯機なので、新しく加わった工程は畳むだけです。洗濯機置き場が事務所のすぐ裏なので、事務所のスタッフも手待ち時間に一緒になって折り畳んでくれています。
内製化する前は、リネン業者が納品したシーツを清掃係が台車に積んで、清掃の時に宿泊する人数分を確認して押し入れに入れていましたが、今はその作業が無くなり、洗濯しながらそのまますぐ客室に戻して、清掃の一環でそのままベッドや布団にシーツ類をセットするようにしています。増えたように感じた業務量に対して、減った業務がそれ以上にあったことに内製化してみて気づきました。
このため増員せずにシーツを布団に掛ける担当を新たに作りました。これによって清掃班が人数分のシーツを押し入れに入れる作業が無くなっただけでなく、手配するシーツ類の枚数の集計といった事務作業も無くなりました。
内藤:内製化により、外注業者への搬出と納入の際に生まれる仕分けの作業も無くなりますね。
斎藤:シーツを布団に掛けるという作業も発生しますが、従来はお客様が夕食時に、押し入れの布団を2人1組になって敷いていましたが、今はあらかじめ日中にシーツが掛けられているので布団敷きは1人でできるようになりました。内製化前は6人いないと布団敷ができなかったのを、内製化によって旅館が満室でも3人でできるようになりました。
人手不足もあってスタッフ数も少なく、また高齢化もしているので、逆に内製化していなかったら大変なことになっていて、もしかしたら客室を売り止めしなければならなかったのではと今になって思います。内製化して本当に良かったと思っています。
内藤:技術的に気を遣うのが、シワをコントロールしなければならないデュベカバーです。
掛布団も真ん中に穴が空いているテレビ式のシーツから、封筒状のデュベカバーに変えましたが、乾燥後に畳むのは負担になりますか。
斎藤:セットが早いのはテレビ式のように感じますが、デュベ式も大きくは変わらない印象です。基本的に洗濯機を回しているスタッフが畳んでいますが、そこまで大きな負担ではないですが、この畳む工程も改善に取り組んでいます。
内藤:リネン業者に外注していると、タオルの品質も選べません。
渡邉:内製化によって、タオル、バスタオルを自分たちが選べるようになったのはとても大きなメリットとなりました。おしぼりも外注していましたが、今は自分たちで洗って一流料亭のような分厚いタオルで提供できるようになりました。「山水荘のタオルは使い放題で、生地の肌触りが良い」と言われるようにもなりました。内製化によって品質向上にも大きく貢献しています。

――ベッドメイクは。
内藤:一般的に、ベッドメイクは熟練が求められる技能職です。それが伸縮性を持つ生地でボックス型形状のシーツにしたことで誰でもできる単純な作業となり、マルチタスクの幅が広がります。
斎藤:内製化するまでは、ベッドメイクができる人は限られており、客室清掃が間に合わずお客様の入室を待たせてしまうこともありました。今ではベッドメイクを誰に任せても大丈夫な状態になりました。これまでやったことのないパートスタッフでもすぐでき、作業の簡素化や平準化が劇的に進みました。内製化から外注に「元に戻せ」と言われても、効果が大きくて、もはや外注に戻すのは難しいです。
――浴衣から作務衣に変えられました。
渡邉:「作務衣の方が良い」というお客様の声が圧倒的に多いです。団体客も好意的に受け入れていただいています。
内藤:今のリネン類に関する課題はどこにありますか。
渡邉:作業的に大変なのは、作務衣の畳みです。これらは基本的にチェックアウト後に洗濯するので、日中はシーツやタオルの洗濯を優先し、夜に作務衣を洗う流れになっており、満室時には客数の2倍の在庫がないと回りません。
タオル、バスタオルは以前から大浴場に集約して使い放題にしており、お客様には好評ですが、外注していたときは経費が増えます。これも内製化によってコストをかけずにお客様の満足度を上げることが可能となりました。
斎藤:洗濯機を回している時間をいかに増やすかと、投入すべきスタッフの配分、そのスケジュールと業務の管理といったシフトが課題です。
夜勤スタッフが夜中の1―2時くらいまで洗濯機を稼働させ、朝は7―8時から回しています。洗濯機を休ませると、すべてが止まってしまいます。繁忙期には夕方6時以降に専属の洗濯係がいるとスムーズに流れていくと感じています。
タオル、バスタオルは大浴場の脱衣場から回収が遅れると、タオルが不足することもありましたが、回収作業がポイントだと思います。
使用したタオルとバスタオルも、男女ともに脱衣場の中に回収ボックスを入れていましたが、脱衣所の外に出して男性でも回収できるように変えました。これからは新しいバスタオルも脱衣所の外に置けると、補充もしやすくなります。
――実際に外注費が削減されましたか。
渡邉:年間3千万円の経費が大幅に削減し、それが利益へと変わりました。
別館と合わせて洗濯機・乾燥機3セット分と備品、工事費などを入れて約1800万円を設備投資し、1千万円程度でリネン類を購入しました。リネン類は複数年使えそうなので、年間3千万円の外注費を払っていたので、今年中には投資回収すると思います。2年目以降はリネン類を定期的に補充したとしても利益を大きく増やせます。
10月から最低賃金も上昇し、総人件費が上がっていくなかで、後手に回ると経費が芋づる式に増えていくので、コストが重いリネン類の洗濯内製化を、先手を打って取り組めたことは本当によかったと思っています。
他業界では業務改善による収益性を生み出す工夫を日々続けています。旅館では布団敷きを2人1組でやっている旧態依然のままでは取り残されてしまいます。旅館業界も収益性を上げる業務改善についてもっと議論を活発化していかなければ成長産業化しないだけでなく、ますます人手が集まらない状況が続くと思っています。
内藤:増収減益という企業が多いなか、経費をコントロールしながら増収増益を作っていく山水荘の試みには学ぶべきところが多いと感じました。
――ありがとうございました。






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