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「観光ルネサンスの現場から~時代を先駆ける観光地づくり~(255)」 地域資源としての城の活用(徳島県)

2026年4月5日(日) 配信

中世阿波の政治・経済の中心地として栄えた勝瑞城跡(藍住町)

 今やブームを超えた人気のお城。各地のお城サミットには全国から多くのファンが詰めかけている。

 全国104の日本遺産物語の中にも、城が描かれたり、構成文化財の中に含まれたりするものが数多くある。そんな城と日本遺産をテーマに3月初旬、「藍のふるさと阿波~日本中を染め上げた至高の青を訪ねて」の徳島県・藍住町でフォーラムに参加した。昨年12月から開催されていた全4回シリーズの最終回だが、福井県小浜市や東京都八王子市、島根県益田市の関係者らも参加した。

 城が関係する日本遺産物語は、日本100名城では、高岡城(加賀前田家ゆかりの町民文化)や岐阜城(信長公のおもてなし)、彦根城(琵琶湖とその水辺景観)など23件。続日本100名城でも金田城(国境の島壱岐・対馬・五島)や能島城(日本最大の海賊)、忍城(足袋蔵のまち行田)など12件ある。

 会場の藍住町には、中世阿波の政治・経済の中心地として栄えた勝瑞城跡(続日本100名城)がある。勝瑞は、中世都市としては類例を見ないほど繁栄し、細川氏9代、三好氏3代の約240年の根拠地として栄えた。守護の居館、政庁としての性格が強い城で、広大な城の構えは室町時代の守護所の態様をよく伝える貴重な遺構である。

 この地で奨励された藍は平安時代末、吉野川流域で栽培がはじまり、地域の特産として藍染料に加工されるようになった。また近世以降、蜂須賀氏が拠点とした徳島市内の徳島城(日本100名城)も、これら藍の流通拠点として繁栄した。

吉野川と藍の産地が一望できる岩の鼻展望台(吉野川市)

 徳島と言えば連想する阿波踊りも、藍商人たちが稼いだ富をもとに生まれた芸能である。芸事を好み、金銭を惜しまなかった藍商人たちは頻繁に人形座を招き、人形芝居を楽しんだことから「阿波人形浄瑠璃」などの木偶文化も隆盛した。城は本来、政治・軍事の拠点だが、藩の殖産興業など経済活動の拠点でもあり、城下町はその地域固有の文化と商業の拠点ともなった。

 今日の城ブームは、城郭の美しさや堅牢な姿に魅せられるファンが多いように思われるが、こうした地域経済や文化拠点としての城や城下町の魅力がもっと伝わると良い。城下町固有の都市景観、庭園やゆかりの神社・仏閣、日曜市など定期的に開かれる市や暮らし文化、住民の気質、多様な食文化や玩具といった伝統文化も城の魅力として特筆される。

 城は、地域の典型的な景観シンボルでもある。フォーラムの帰路に吉野川沿いの岩の鼻展望台にご案内いただいた。「古城山」と呼ばれる丘陵に位置する、かつての川島城址である。ここからの眺めは、吉野川沿いの藍の大産地、善入寺島(粟島)が一望できる。この景観が昨年、日本遺産構成資産に追加認定された。景観が構成資産になるかどうかという指摘もあったが、藍の物語を連想するには、なくてはならない、素晴らしい景観であった。

(観光未来プランナー 丁野 朗)

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