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【特集 No.678】和多屋別荘 嬉野の「本来価値」創る実験場に

2026年4月1日
編集部:増田 剛

2026年4月1日(水)配信

 和多屋別荘(小原嘉元社長、佐賀県嬉野市)は、旅行新聞新社が取材活動などを通じて見聞きした観光業界の取り組みのなかから、創意工夫の見られるものを独自に選び表彰する「日本ツーリズム・オブ・ザ・イヤー2025」(2025年12月1日号発表)のグランプリを受賞した。和多屋別荘の2万坪の敷地には多種多様な企業が入居し、目に見えない嬉野の歴史的伝統文化(地域OS)を再価値化し、“本来価値”として提供していく「生きた実験場」となっている。小原社長にインタビュー取材した。

【本紙編集長・増田 剛】

“2万坪の敷地の管理人”

 ――和多屋別荘では、旅館の常識を覆す挑戦が行われています。

 2020年3月5日、新型コロナの本格化により宿の休館を検討するタイミングで、企業のイノベーション創出や地方創生事業を手掛ける「イノベーションパートナーズ」(本田晋一郎社長)が入居しました。

 「東京の企業が和多屋別荘内にオフィスを構え、社員は温泉に入りたい放題」と、あらゆるメディアから発信され、大きな話題となりました。それから6年間、取材や視察などが途切れることがありません。

 全130室のうち30室を「オフィスの場」として改修している最中で、入居企業は現在18社まで増えました。各企業から月額20―120万円の家賃をいただいています。将来的には40社ほどを見込んでいます。

 和多屋別荘の2万坪の敷地内に、上場企業や食、農、エネルギー、ヘルスケアなど多種多様な企業が入居しており、嬉野の歴史的伝統文化の再価値化を探求する「生きた実証実験の場」となっています。

 実験場の拠点は、当社とイノベーションパートナーズが共同運営する「温泉インキュベーションセンター」(OIC)です。OICが推進する新プロジェクト「URESHINO LIVING LAB(嬉野リビングラボ)」が今年2月から本格始動しました。業種や領域がまったく異なる入居企業のスタッフ同士が、館内の温泉や食堂で一緒になることもあり、家族の一歩手前のような親しい関係性が生まれているのが大きな特徴です。

 21年には館内にパティスリーブランド「ピエール・エルメ・パリ」や日本香堂など7店舗が同時オープンしました。同年11月には蔵書数1万1千冊の書店「BOOKS&TEA 三服」が開業し、テナント数は23店舗まで増えました。

 出店には嬉野が有する「1300年の温泉」、「500年のうれしの茶」、「400年の肥前吉田焼」といった唯一無二の文化資本(地域OS)への関心や理解、リスペクトが絶対条件です。

 和多屋別荘には年間5万5千人の宿泊客と、10万人の日帰り客を合わせて約15万人が訪れます。サテライトオフィスの18社とテナント23店舗の企業群は、この実験場で我われが介在しなくても、脳神経がつながり合うように日夜、新たな共創ビジネスが生まれています。

 館内には嬉野を代表する茶農家のセレクトショップやレストラン、ティーカウンターをはじめ、JR東日本「Suica(スイカ)」のペンギンをデザインした坂崎千春氏のミュージアムや、「フレグランスバックを作る」などさまざまな体験プログラムも用意しています。

 1階フロアはターミナル駅のような感覚で、地元の人たちと、宿泊のお客様が訪れるエリアとなっています。将来的には美術館や劇場の開設も視野に入れています。

 旅館のフロントにある空間「ポップアップストア」では、月替わりでショップの出店やコラボ企画が展開されています。ナショナルブランドのアウトドアメーカーなどは3年先の春秋シーズンを押さえています。企業経営者を中心に館内視察に訪れますが、視察ツアー中にさまざまな契約を交わすケースも多くあります。

 ――視察ツアーは小原社長が説明されるのですか。

 2020年から、2時間―2時間半のコースで私が館内をプレゼンしながら案内します。サテライトオフィスやティーツーリズムに関わる視察が増えて、年間1千人超が申し込まれます。大部分が経営者で、新しい発想やつながり、ビジネスが生まれてきました。

 6年間無償でやっていましたが、2月1日からは1人1万5千円に設定し、さらに質の高い視察ツアーとなっています。

 4月1日には、日本の旅館で初めて調剤薬局が館内に開業します。お抱えの薬剤師がいることになり、薬剤師と調理人が健康寿命を延ばす薬膳料理や、茶師と薬剤師による薬膳のお茶の提供、調香師と薬剤師と料理人によるガストロノミーのイベントなど、さまざまな可能性の広がりが期待できます。

 薬剤師だけでなく、お抱えの大工さんもいます。客室をサテライトオフィスへ改修するために、敷地内に大きな大工小屋を作り、高齢の大工さんを雇用しています。

 このため1部屋の改修費も相場の5分の1に抑えることができました。また、必要なものを紙で書くと理解してすぐに作ってくれます。アフタヌーンティーの備品なども、大工さんの時給とホームセンターでの材料費でできてしまうのです。建物の維持や修復だけでなく、新たな事業を育むためにしっかりと機能しているところが面白いと思います。

 このほかにも、入居企業のイノベーションパートナーズにホームページの運用もお願いしているため、当社の広報スタッフとの打ち合わせや発信もスピーディーに進められる利点があります。さまざまな企業から家賃をいただきながら必要経費を支払うかたちで、これまでになかった画期的な事業も次から次に生まれています。

 昨年4月には、日本で初めて外国人(高度人材)の日本語学校を旅館内に開校しました。「ICA国際会話学院 嬉野校」は、1学年定員50人の2学年制で、今年4月から計100人が在籍することになります。

 中央アジアや欧州などから現地の4年制大学や工科大学を卒業し、銀行などで勤務した人が中心で、公用語は英語です。いずれ嬉野の酒蔵や茶農家のDX化やアグリテックなどの分野で彼らの知識や技術を生かしていければと思っています。

 ――自らを「2万坪の管理人」と呼んでいます。

 2013年1月1日に36歳で事業承継した当時は、前途多難な状況にあり、愚痴も漏らしていました。しかし、嬉野が持つ文化の深さに畏敬の念を感じ始めてから、自分自身の価値観が大きく変わっていきました。

 たまたま祖父の時代から宿をやっているだけで、自分を旅館経営者と思ったことはなく、職種は「2万坪の敷地の管理人」と思っています。そこから生み出したのが三層ストラクチャー(構造)です。

 三層の土台には、普遍的な価値である「温泉」「うれしの茶」「肥前吉田焼」などの地域OSが存在します。その上の第二層には、和多屋別荘の2万坪の豊かな土地があり、最上層の第三層にはサテライトオフィスやテナントなどが生み出す共創ビジネスがあります。

 この構造は「2万坪を1泊2食の旅館業だけで使っていくのはもったいない。もっと可能性のあるビジネスに利用した方がいい」という考え方を明確に示しています。

 和多屋別荘はもともと団体客も、個人客も受け入れる総合デパート的な旅館でした。高級グレードから、学習塾や修学旅行の1泊3食8千円まで、すべてを受け入れていました。皆の努力で一定の売上と利益が出ていたため、これらニーズを否定することは難しい。しかしこれを続けている限り、宿の高付加価値化はできない。そこから早く脱出したいと思っていました。

 私は、ずっと以前から「1泊2食」という旅のスタイルに甚だ疑問を感じていました。10年間朝ごはんを食べる習慣が無いと話す宿泊客に対して、150種類のバイキングメニューを平気で薦めていました。それであるならば、着物を着た人が嬉野茶を提供した方が、よほど価値が高いだろうと感じていました。

 当社スタッフをはじめ、館内のワーカー、テナント入居スタッフの方々も含めて250―300人を「2万坪の小宇宙」と捉え、地域で生きる経済的な価値を徹底して求めながら、豊かな心と未来のある生活が描けるのであれば、嬉野市まで広げていきたい。自分がこのまちで生まれた恩返しになりたいと本気で考えています。「2万坪の敷地内GDP100億円の創造」という大きな目標へ邁進しています。

 和多屋別荘の売上は約13億円。これを20億円まで成長させる計画です。一方、入居する18企業の嬉野に関わる事業の売上は約4・5億円ですが、数年で和多屋別荘の売上と匹敵する規模まで育っていきます。近い将来、残りの80億円は、地域OSとの掛け算による新たな事業を生み出す企業群が創出していくと考えています。

 これまでの「旅館に泊まる」や、「通う旅館」など、旅館が主語の時代が終わり、これからは、サテライトオフィスや学校などの事業や商品も加わり、「地域課題の解決」や、「次代の嬉野を創る」といったことが主語となる段階へと、少しずつシフトしています。

 ――「文化資本の本来価値を大切にしたい」と話されています。  

 旅館では基本的にお茶は99%無料です。私たちも恥ずかしいことに10年前は無料でした。しかし今は、館内では試飲用のお茶以外はすべて有料です。

 嬉野市内で約200人のお茶農家さんが栽培をした生葉の全収入は、約12億円です。昨年、当館は液体のお茶だけで3300万円を売り上げました。旅館内では1杯800円が限界だったので、茶畑という空間で1杯1万円まで価値を高めています。

 数百年の時間を経て創り上げて先行投資された“目に見えない地域資本”を、地元の人が「本来価値」で販売すべきだと考えます。

 この考えに基づいたティーツーリズムによる茶空間体験で3千万円を稼ぎ出すようになりました。大切にしていることは、「背伸びしない日常に価値がある」ということです。背伸びした瞬間にイベント化します。

 茶農家は、子供のころから触れている肥前吉田焼で、「今年八十八夜に摘んだお茶をどうぞ」と言っているだけです。コックコートを着るくらいのデザイン性は持たせますが、あくまで背伸びをしない。これこそが「本来価値」であり、訪れる人には、最も価値が高いものだと確信しています。

【本紙1969号または4月7日(火)以降日経テレコン21でもお読みいただけます。】

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