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〈旬刊旅行新聞6月1日号コラム〉東京五輪の行方 持続可能な観光と上手く結びつかない

2021年5月31日
編集部:増田 剛

2021年5月31日(月) 配信

 

 スペイン風邪が猛威を振るった100年前の1920年8月、オリンピック第7回アントワープ大会が開催された。第1次世界大戦の傷跡も生々しく残るなか、パンデミックと世界大戦の2つの大惨事を乗り越える「平和と復興を讃える祝祭」として記憶されている。だが、実情はスタジアムの観客はわずかで、空席が目立ち、地元ベルギー国民の関心もあまり高くなかったという記録も残っている。

 

 
 過去の五輪で中止となった大会は、夏冬合わせて5回ある。最初の中止は、第1次世界大戦によりヨーロッパ中が戦火に包まれた、1916年のベルリン大会だ。その2年後の18―20年にかけて、スペイン風邪が世界的に流行した。死者数は5千万人~1億人を超えるとも推測されている。そのような状況でアントワープ大会は開催された。

 
 それまでオリンピックの参加・開催国は欧米が中心だった。1940年、アジアで初めてとなる東京大会が開催されるはずだったが、日中戦争により38年に返上し、「幻の東京五輪」となった。当時は夏季と冬季の五輪は同年開催。40年冬季札幌大会も同じ理由で中止となった。

 
 44年に予定していた夏のロンドン大会、冬のコルティーナ・ダンぺッツォ(イタリア)大会も第2次世界大戦のため中止となった。戦争を理由に、夏冬2大会連続の中止である。終戦後の48年にロンドン大会が開かれたが、日本とドイツは戦争責任を問われて参加できなかった。

 
 その後、64(昭和39)年に、戦後からの復興と、高度経済成長の姿を内外に発信する、東京大会が開催されることになる。

 

 
 今回の東京五輪はこのまま中止されなければ、2021年7月23日に開幕する予定だ。五輪の中止は先述の通り5回あったが、延期は初めてで、「TOKYO2020」という名称を引き継ぐ。これは何となく、しっくりとこない。また、100年前のアントワープ大会と状況が似ていると言われているが、当時の五輪と現在では、規模が違い過ぎる。アントワープ大会は、当時としては史上最多ではあるが29カ国の参加である。

 
 開幕まで2カ月を切った現時点でも、開催するのか、観客を入れるのか、中止にするのか判断がつかない状況だ。最近の世論調査では、「開催すべき」派は少数で、「中止すべき」が多数派という結果が出ている。どちらにしても「デメリットが大き過ぎる」究極の選択の様相だ。新型コロナウイルスの感染防止対策で政府や首長の判断が鈍り、不信感が増し、国民も分断した要因の1つに、五輪があったのは間違いない。

 

 
 巨大な利権が絡み、政治色とお金の匂いがプンプンする五輪を、1都市がリスクを含めて背負い込むスタイルは、もはや限界にきている。また、観光と五輪の関係も、持続可能なツーリズムの観点から見ると、あまりに弊害が大きく、上手く結びつかないことが明白になった。

 
 来年2月に中国・北京で冬季五輪が予定されているが、既に政治的な駆け引きが熱い。 

 
 近代五輪の第1回大会は1896年にギリシャのアテネで開催され、冬季は第1回大会が1924年にフランスのシャモニー・モンブランで行われた。原点に返り、夏季はアテネ、冬季はシャモニー・モンブランで固定した方が競技者も集中できるはず。利権にしがみ付く五輪が不幸の火種を生む現実を変えたい。

 

(編集長・増田 剛)

 

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