〈旅行新聞5月1日号コラム〉――旅を楽しむ 与えられた状況を自らの力で好転する
2026年5月1日(金) 配信

北アルプス後立山連峰の気品溢れる白い稜線が見たくなり、青く晴れわたった4月下旬、長野県安曇野市へ向かった。
そば処せきやは9時30分から営業している。こだわりの十割そばと、てんぷらを朝食としていただいた。安曇野の清冽な湧き水で作られたそばや山菜、わさびは、やはり美味しい。
目と鼻の先には「大王わさび農場」があり、定番のわさび&ミルクのソフトクリームを食べた。安曇野では欧米や台湾、シンガポール、タイからの団体観光客に数多く遭遇した。安曇野・上高地・高山を巡るコースは、日本が誇る美しい人気観光地として、国際的にも広く認知されているのだろう。
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安曇野スイス村では大陶器市が開いており、綺麗な美濃焼の小鉢を2つ購入した。敷地内にあるホースランド安曇野に立ち寄ると、右目が見えないロバがいた。前髪をパッツンと切られた可愛らしい顔をしていた。
餌コーナーで乾草を固めたものを購入し、そのロバにあげようと手を伸ばすと、他の元気なロバが近寄って来る。すると、そのロバは片目が見えないため臆病になっているのか、遠くに逃げてしまうのだ。
私は見兼ねて、円形の牧場の奥まで回って、そのロバに近づき、なんとか餌をあげることができた。それを何度も繰り返していると、そのロバは次第に懐いてきた。頭を撫でると、首を傾げて身を擦り寄せてくる。
一度離れ、再びそのロバに近づくと、先刻“自分だけ特別扱いに”餌をもらえたことを覚えているのか、遠くから近寄ってくる。私は何度も餌コーナーで乾草を買い、その気の弱いロバにあげ、頭や体を撫で続けた。この可愛らしいロバに会うために、単車にでも乗って、再び安曇野を訪れるだろうと思った。
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旅館のチェックインまで2時間ほどあったので、「ARARAT CAFE(アララトカフェ)」で特製の雪室珈琲とバウムクーヘンを食べた。ずっと訪れたかった安曇野ちひろ美術館にも寄り、いわさきちひろの絵をゆっくりと見て過ごした。旅館に到着し、楽しみに待ったのは、飲み放題プランの夕食だった。
ビュッフェ会場の近くのテーブルでは、小さな男の子2人を連れた4人連れの家族が食事をしていた。父親は「贅沢だな~」と山盛りの料理を乗せたお皿を子供たちに見せびらかし、家族で過ごす時間を精一杯楽しんでいた。子供たちはコーラをワイングラスに入れて、大人がブランデーグラスを持つ真似をして「ワインみたいでしょ?」と自慢気なようすだった。
しかし、不快な思いもしてしまった。隣の席で食事をしていた男は、ビュッフェの料理を口に運びながら、一緒に来た女性に「安かろう、悪かろうの料理だな」と嘲るような口調で何度も言い、早々に立ち去った。
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決して高級な宿ではなかったが、格安でもない、一般的な旅館だった。たとえ高級ホテルに宿泊しても、この手の男は何かと難癖を付ける“薄っぺらい”タイプなのだろうと思った。
旅の最中に、不平や不満ばかりを言う人との旅行はつまらない。与えられた状況を自らの力で好転する意志も実力も無い姿は哀れだった。どのような状況であれ、そこに楽しさや面白みを見出すことが旅であり、人生である。誰もが途方に暮れる状況で、場の空気を一変できる人もいる。生きてきた“厚み”を感じる。
(編集長・増田 剛)


