「もてなし上手」~ホスピタリティによる創客~(176) ロープレ研修が生み出す効果 納得し自ら生み出す行動を
2025年9月15日(月) 配信

「その言葉」を期待していたわけではありません。だからなのかもしれませんが、その簡単な言葉を聞いたときの感動がいかに大きかったことか。
強い雨が降りしきる夕刻の銀座界隈でのことです。私はホテルへ戻るためにタクシーを探していました。しかし、こうした日には当然のことですが、目の前を通るタクシーはどれも乗車中でした。
ようやく見つけた空車も、他の通行人に先を越されるなど、そんなことを何度も繰り返しているうちに、気づけば20分以上が経過しイライラ感は増していきました。
しかし、大きな荷物を抱えて歩く気にもなれず「あと1台だけ」と自分に言い聞かせ、雨の歩道に立ち続けました。そしてついに、目の前に1台の空車が停まりました。助かったと安堵して乗り込んだ瞬間に、運転手から思いがけない一言が投げかけられたのです。
「お待たせいたしました」。その言葉に胸が熱くなりました。この車を私は待っていたわけではありません。ただ通りかかっただけなのに。「どうして今の言葉をかけてくださったのですか?」と尋ねると、運転手は「今日のような日は、なかなかタクシーがつかまらなかったのではと思いまして」。その一言に、それまでのイライラしていた気持ちが落ち着いていくことを感じていました。
単に利用者を運ぶ人ではなく、目の前の人を見て、その背景を想像し、気持ちに寄り添ってくれるプロだと思いました。この体験をクライアント企業でのロールプレイ研修(ロープレ研修)でも紹介しました。「お待たせいたしました」という一言は簡単そうに思えますが、実際にやってもらうと、意外と自然に出てこないのです。現場で実践できるようにするには「やってみること」が必要です。
そこでロープレ研修では、乗務員自身にもタクシーを待つ利用者役を体験してもらいました。そのなかで「ハザードランプだけでは、運転手が気づいたことが利用者には分かりづらい」といった気づきが生まれました。
そこから、「歩道に立つ人に気づいたことを知らせるにはどうしたら良いか」という話になり、笑顔で会釈する、軽く手を挙げて合図するなど、具体的な行動案が出てきました。重要なのは、やれと言われたことをやるのではなく、自分たちが納得し、自ら生み出した行動であることです。そうしてこそ、現場で継続的に実践される行動になるのです。
タクシー業務は基本的に単独で行うため、他の乗務員の接客を見る機会が少なく、学び合いの場が非常に重要なのです。あの雨の夜の「お待たせいたしました」という一言は、ただのサービスではなく、人の心を動かす接客の原点なのです。
コラムニスト紹介

西川丈次(にしかわ・じょうじ)=8年間の旅行会社での勤務後、船井総合研究所に入社。観光ビジネスチームのリーダー・チーフ観光コンサルタントとして活躍。ホスピタリティをテーマとした講演、執筆、ブログ、メルマガは好評で多くのファンを持つ。20年間の観光コンサルタント業で養われた専門性と異業種の成功事例を融合させ、観光業界の新しい在り方とネットワークづくりを追求し、株式会社観光ビジネスコンサルタンツを起業。同社、代表取締役社長。


