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「観光人文学への遡航(12)」 ルソーが明確に区別した自己愛と利己愛

2021年6月22日(火) 配信


 私は今年から観光地におけるガイドのあるべき姿に関して研究を始めている。スーパーガイド、カリスマガイドと呼ばれる人は、その他大勢と何が違うのかを明らかにするために、インタビューを試みている。
 
 かつて旅の主流だった団体旅行では、何かとガイドのお世話になることがあったが、個人旅行全盛の時代になると、わざわざガイドを付けたりはしないことが多いのではないだろうか。
 
 さらに、私の肌感覚では、出会えて本当によかったと思える素晴らしいガイドは全体の1割程度で、7割ははっきり言ってつまらない。日本の場合、ボランティアガイドが多いこともその要因となっているように感じる。ボランティアという言葉からは献身的といったニュアンスが発せられているが、実際のボランティアガイドはリタイア後の楽しみや、自分の知識を賞賛してもらいたいといった動機で始めている人が多い。そこに献身の発想は見られない。自分のためにやっているガイドが観光客にとって楽しいはずがない。
 
 ルソーは、「エミール」において、自己愛と利己愛(訳者によっては自尊心と訳しているものもある)を明確に区別した。ルソー以前のフランス語では、これらは区別されていなかったようだ。自己愛とは自分が生存していくための本源的な欲求であり、自己愛を求めるときは他人の存在を想定しない。一方、利己愛とは、自分が他者と比較してより優れた存在、恵まれた存在でありたいと願う欲望をいう。
 
 利己愛は、他者と比較するという性質上、一度他人よりも自分が優れていると思ったとしても、さらに優れた人が出てくるのは自明であり、そうなったら、その人よりも上位になりたいという気持ちがまた生まれてくる。これを永遠に続けていくことになる。
 
 また、利己愛が他者に求めるのは、自分を他の誰よりも愛してもらうことである。ということは、その他者自身よりも自分のことを愛してくれることをも要求することになる。それは基本的には不可能なので、利己愛は決して満たされることはない。ゴールポストがどんどん先に移動していく状態に陥るのである。
 
 ルソーは、和やかな愛情に満ちた情念は自己愛から生まれ、憎しみに満ちた苛立ちやすい情念は利己愛から生まれると述べている。そして、その自己愛こそが他者への愛につながっていくと言う。
 
 だから、ルソーは少年時代のエミールを自然の中で生活させ、都会の不自然な刺激から遠ざけたのである。まず自分の中で、人間として本源的な快、不快の感情を理解し、自我が芽生えたときには、競争心よりも、お世話をしてくれる人からの混じりっけのないピュアな愛情を知ることで、「他者のために尽くす人間へと成長できる」との確固たる教育理念を著したのである。

 

コラムニスト紹介 

島川 崇 氏

神奈川大学国際日本学部・教授 島川 崇 氏

1970年愛媛県松山市生まれ。国際基督教大学卒。日本航空株式会社、財団法人松下政経塾、ロンドンメトロポリタン大学院MBA(Tourism & Hospitality)修了。韓国観光公社ソウル本社日本部客員研究員、株式会社日本総合研究所、東北福祉大学総合マネジメント学部、東洋大学国際観光学部国際観光学科長・教授を経て、神奈川大学国際日本学部教授。日本国際観光学会会長。教員の傍ら、PHP総合研究所リサーチフェロー、藤沢市観光アドバイザー等を歴任。東京工業大学大学院情報理工学研究科博士後期課程満期退学。

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