【特集 No.680】対談 大村智博士×秋山秀一氏 「韮崎」のまちづくりに力を注ぐ
2026年6月1日(月) 配信

2015年にノーベル生理学・医学賞を受賞した化学者・大村智博士と、旅行作家の秋山秀一氏は日本エッセイスト・クラブの会長と常務理事という縁で知り合った。昨秋、2人は大村氏の故郷・山梨県韮崎市を歩き、韮崎大村記念公園を訪れて意気投合した。化学者という枠を超え、「韮崎市まちなか美術館」など文化豊かなまちづくり事業にも取り組む大村氏と、世界中を旅する秋山氏が対談。「人づくりには情操教育が大切」や、「言葉によって自分の歩みや生き方を変えることができる」など、深く語り合った。
【本紙編集長=増田 剛】
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秋山:大村先生が日本エッセイスト・クラブの会長に就任され、私が常務理事というご縁で知り合うことができました。大村先生はノーベル生理学・医学賞を受賞された偉大な化学者のみならず、人間的な魅力に惹きつけられてしまいます。
大村:昨年10月21、22日の2日間、雑誌の企画で秋山さんと、私が生まれ育った故郷・韮崎市内を歩きました。
秋山:韮崎の名所で関東三観音の一つ、平和観音が立つ七里岩の上に登ると、そこからは韮崎全体の風景を見渡せます。七里岩を通り抜けるトンネルや山本周五郎文学碑などを訪れたあと、甘利沢川沿いに韮崎大村記念公園へと続く、大村先生が中学生時代に歩いた通学路「幸福の小径」を歩くのも乙な旅です。桜の名所「わに塚のサクラ」も素晴らしい。
大村:2人で韮崎のまちをあちこち歩きましたが、私がいない時間にも秋山さんは1人で隈なく歩かれ、旅行作家として本当に熱心な方だと思いました。
秋山:韮崎はもともと宿場町で、その雰囲気は今でも残っています。訪れるたびに自然や歴史、文化の豊かさや懐の深さを感じています。
いわゆる有名観光地ではないけれど、一度訪れると、その魅力に魅了される地です。
大村:大学を卒業する22歳まで韮崎に住んでいました。帰るたびに新しい発見があり、やはり故郷はいいものですね。とくにまちを取り巻く山並みの美しさが一番気に入っています。
秋山:大村先生がノーベル生物学・医学賞を受賞したのが、2015年の80歳のときでした。それから10年を経て25年7月12日、90歳の誕生日に韮崎大村美術館の隣に「大村智記念館」がオープンしました。
大村智記念館は、先生の学業や研究関係、蒐集された美術品などをゆっくりと見ることができます。とくに面白いのは、中学生のころの通信簿や亀のコレクションなど、大村先生の足跡や人柄にも触れることができる空間になっています。
隣接する韮崎大村美術館は、女性の絵がたくさん展示されています。
大村:女子美術大学との深い関わりもあり女流作家を顕彰しようという思いから、日本を代表する女性作家の作品を数多く収蔵しています。企画展、常備展のほか、鈴木信太郎記念室、陶磁器展示室なども備えています。
秋山:美術館の2階にある展望室から見る風景も素晴らしいです。富士山や八ヶ岳連峰、茅ヶ岳、そして奥秩父の金峰山などを一望できます。
大村:風景が美しく見えるように、展望室の高さも計算して建てています。美術館の絵を褒められるのも嬉しいけれど、展望室から風景を楽しんでいただけることは、もっと嬉しいですね。
八ヶ岳は色々な山が重なっているため、全貌を見ることは難しいのですが、美術館の2階からは裾野が消えるまで、シンメトリーに八ヶ岳の優雅な姿が見えます。
秋山:韮崎大村記念公園の敷地には、美術館、茶室、記念館だけでなく、日帰り温泉施設もあります。
大村:私の生家を改修して学生たちが泊まり込んで学習できようにしました。すると学生を毎晩、車で30分ほどの温泉宿まで連れて行かなくてはならなくなりました。
“温泉好き”が多い学生のために敷地内をボーリングで掘ると、良い泉質の温泉が出てきました。それが日帰り温泉「武田乃郷白山温泉」です。
今では八ヶ岳の登山客も「泉質がいい」と言って、帰りがけにわざわざ入浴に訪れています。
公園内のそば処上小路では「おざら」と言われる郷土料理、冷やしほうとうも提供しています。
秋山:韮崎のまちを歩いていると、「韮崎市まちなか美術館」という看板に出会います。
大村:その看板のある店に入ると、韮崎大村美術館が絵を貸し出しています。今はもう市内に20数カ所、100点余りになります。
秋山:先生には生まれ育った韮崎に対する愛の深さを感じます。
武田八幡宮から降りてくるところに、家が無くなっているまちの変貌に心を痛め、それが韮崎のまちづくりに力を注ぐようになった原点だとおっしゃっていました。
大村:私が子供のころは、びっしりと軒並みがありましたが、上京してしばらく経って戻ってみると、過疎化と言われる状態になっていました。「これを何とかしなければならない、私ができることは何だろう」と考え、韮崎大村記念公園の事業に取り組み始めました。
美術館や記念館の事業を進めていくと、追い風も吹いてきました。
例えば、「螢雪寮」と名付けて学生のセミナーに使っていた私の生家が全面解体修理後に登録有形文化財に認定されるなど、すべてが良い方向に流れていきました。螢雪寮は地域の集いやトークショー、コンサートなどにも活用され、山梨県の文化の一部を担うくらいの場所になっていると自負しています。
秋山:大村先生は、まちおこしをしている若いグループの活動も、応援されています。
大村:若い人たちには、「同じものであっても、見方や角度を変えると、まったく別のものに見えてくる。モノを見るときに柔軟性が必要」などと話しながら、人間力向上を目指しています。
秋山:大村先生自身はどのように教育され、育てられたのですか。
大村:母親はいつも「情操教育が大事」と言っていました。今になってその意味がよく分かります。感性が涵養された、情緒の豊かな人は既存の知を超えた創造力を発揮し、化学者であっても大きく違ってきます。
情緒は日常生活や人間関係においても、すべてに表れてきます。情緒を豊かにするために、絵を見なさい、習字をやりなさいと言われました。しかし一度も勉強しなさいと言われたことはありません。
つまり母は子供たちに早くから、情緒豊かな人づくりを目指したのだと思います。そのような環境で育ってきました。
意識をしていなくても、ふとした瞬間にアイデアが出てきたり、動作として表れたりするのは、それぞれの人が培ってきた情緒、感性だと思います。
秋山さんが旅先で瞬間的に小さな特徴を捉え、しっかりと心に掴まれるのも、情緒が豊かだからではないでしょうか。
秋山:ありがとうございます。色々な場所を旅して、多くの人との関わりのなかで、知らずうちに情緒が養われていたのかもしれません。「素直に感じる心」が大切だと、大村先生の話を聞きながら感じました。
先生は旅先をどのように決められていますか。
大村:テレビや新聞、人との会話の中で行ってみたい場所をメモして引き出しの中に入れています。旅行に行ける時間ができたときに「行ってみたいところ」と書いた引き出しの中から選びます。直感で選ぶのではなく、蓄積したものの中から旅先を選んでいます。
秋山:大村先生は「実践躬行」など、言葉に強いこだわりを持たれています。
大村:私は何か物事に向かうときには、中心となる言葉を選びます。
今回は旅をテーマとした対談ということで、一つ浮かんだのが、「居は気を移す」=住まいは気を移す。私の大好きな言葉です。
研究中など忙しくなると、考えがまとまらなくなります。そんなとき、少し移動するだけで新しい気持ちが生まれます。小さな旅に出る、少し歩いてみる、電車に乗ってみる。そうすると、「気」が変わり、新しいアイデアが湧いてくることが多くあります。研究中にはよく歩きました。1―2日、時間があると旅に出ました。今はそれもできないほど、忙しくなってきました。
言葉を大事にすると、自分の歩みや生き方も変えることができます。私は文学者でもない、化学者の端くれですが、「言葉を大事にしよう」と日ごろから心掛けています。最初から言葉を覚えているわけではないし、子供のころはスキーや卓球で遊んでいたのですが、次第に言葉の持つ深い意味が分かるようになってからは、いい言葉と出会ったらメモしていくといったことを続けてきて、今日に至っています。
――ありがとうございました。
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□大村智氏プロフィール
大村 智(おおむら・さとし)氏 化学者。日本エッセイスト・クラブ会長。1935(昭和10)年山梨県韮崎市生まれ。北里大学特別栄誉教授、学校法人女子美術大学名誉理事長、韮崎大村美術館館長。微生物の生産する天然有機化合物の研究を専門とし、50年以上の研究生活を通して約520種類の新規化合物を発見。うち26種類が医薬、動物薬、研究用試薬として実用化され、感染症などの予防や撲滅、さらに生命現象の解明などに貢献している。そのうちの一つであるイベルメクチンは、オンコセルカ症(河川盲目症)やリンパ系フィラリア症、糞線虫症、疥癬といった寄生虫感染症の多くを予防・治療する特効薬となった。その業績が評価され、2015年、イベルメクチンを共同で開発した米国メルク社のウィリアム・キャンベル博士とともにノーベル生理学・医学賞を受賞した。





