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【特集 No.675】下呂温泉の誘客 “観光は地道な取組みの繰り返し”

2026年2月1日
営業部:鈴木 克範

2026年2月1日(木)配信

 2024年度、岐阜県・下呂温泉の宿泊客数は5年ぶりに100万人を超え、コロナ禍からV字回復した。25年度も昨年12月末までに74万6229人(前年同期比99.9%)と、昨春の大型施設リブランドに伴う休館や中国の訪日自粛があるなか、100万人を超えるペースで集客している。実績の華々しさとは逆に、下呂温泉観光協会の瀧康洋会長(水明館社長)は「誘客は、地に足のついた地道な取り組みの繰り返し」と語る。下呂温泉で実践する誘客について、瀧会長に聞いた。

【営業統括部長・鈴木 克範】

国内団体の誘客に注力

 ――下呂と言えば、緻密なマーケティングに基づいた誘客です。始めたきっかけは。

 マーケティングに本格的に取り組むようになったきっかけは、2011年の東日本大震災です。社会全体が自粛ムードに包まれた結果、団体旅行のキャンセルが相次ぎました。危機感を感じた私たちは、発災直後に行政、観光協会、旅館組合、商工会が合同で、緊急会議を開きました。このとき最初に行ったのが、中小の旅行会社やOTA(オンライン旅行会社)からの情報収集です。並行して「地域を盛り上げるために何ができるか」を議論しました。

 スピード感を持って動けたのは、「観光が地域にとって大きな産業」という共通認識があったからです。会議では「不安や疲れを感じている人たちにとって、温泉が心身のリフレッシュになるのでは」という意見が出ました。そこで、多くの観光地が慎重な姿勢を続けるなか、「今こそ温泉に浸かり、心身を癒してください」というメッセージを、いち早くテレビやラジオで発信しました。イメージだけでなく「震災復興応援」と題した宿泊プランも造成しました。

 一連の取り組みで、3月の発災からわずか2カ月後には、宿泊者数が前年同期を上回るまでに回復しました。一方、その中身は従来主流だった団体に代わり、個人客が大きな割合を占めるようになりました。この成功体験が、温泉街におけるデータ活用や定期的に会議を行う契機となりました。

 ――その後、どのような過程を辿りましたか。

 月に1度の「誘致宣伝委員会」を継続開催しています。メンバーは行政や観光協会、旅館組合、商工会など主要団体の関係者30人ほどです。議題は「現在の情報共有」と「今後のプロモーション」の2つです。全員で宿泊者の年齢層や旅行形態、交通手段などを共有し、具体的なプロモーションにつなげています。それまで個々に活動していた組織が同じ目標を見据え、誘客に取り組むことで、重複などのムダも無くすことができました。

 決めた方針に則り活動するなか、想定より集客が少ない、あるいは社会情勢に変化などあった場合は、翌月の会議で再度議論し修正を加えます。これを地道に繰り返すことで、24年度は年間宿泊者数が5年ぶりに100万人を超えるなど、温泉街は活気を取り戻しています。

 ――温泉街での食べ歩き企画「素肌美人スイーツ」も顧客ニーズを知ることから生まれました。

 きっかけは15年、観光客1万人に実施したアンケートです。温泉街に求めることとして、1位が食べ歩き、3位はスイーツでした。当時は温泉街でスイーツを提供する店がほとんどありませんでした。そこで「食べ歩き用スイーツ」をゼロから企画し、16年度に4店舗で販売を始めました。

 このプロジェクトでは、各店舗が開発した地元特産品スイーツを、持ち歩きしやすい透明カップに入れて提供しています。19年度には販売11店舗、売上も約6倍に拡大し、街の新たな収益と雇用を生み出しました。現在は12店舗で販売し、食べ歩きは温泉街の風物詩になっています。

 スイーツ開発のポイントは「街を歩いてもらう仕掛け」をつくれたことにあります。温泉街の回遊性が高まり、若者や女性グループを中心に飲食店や土産物店への立ち寄りが増加しています。観光客が街歩きを楽しむことで、商店街などで地元住民同士や住民と観光客の交流も活発化しています。新しく開業した店舗が住民向けの割引サービスを提供するなど、観光と日常生活が上手く共存するようになりました。

 ――24年度の国内プロモーションでは、遠方からの集客を伸ばしています。

 観光協会のホームページにアクセスした人の居住地をみると、47都道府県のなかで、21年に10位だった北海道が22年には6位、23年には5位と年々順位を上げていました。コロナ禍をきっかけに(近距離で旅行を楽しむ)「マイクロツーリズム」が注目されましたが、北海道から「行ってみたいという潜在需要」があるということが判りました。

 一方、地元客は中部圏から出ていく傾向も予測していました。この見立てに基づき、遠方に加重したプロモーションを行うことで、中部圏の集客は減りましたが、北海道や東北、関東、北陸、関西、中四国、九州・沖縄からの誘客を合わせると前年度比で2万人ほど増えました。結果、国内総計もプラスになりました。

 ――エコツーリズムの理念にDMOをプラスした「E―DMO」も下呂の特色です。

 地域の自然や文化、歴史といった資源を生かしながら、観光振興と環境保全を両立させたいという強い思いがE―DOM誕生のきっかけです。観光協会は、下呂市全体のDMOとして活動しています。そのエリアは下呂地区をはじめ、萩原、金山、小坂、馬瀬の5地区で構成されています。

 5つの地区は04年に下呂市として合併する以前は、別々の自治体でした。このため、住民の多くは近隣地区の観光資源を知らない状況でした。行政区分上は1つになりましたが、全体の活性化に向けては一致団結していなかったように思います。

 地域全体で旅行者に魅力的な資源を提供することで、地域が活性化し、資源も守られていくというエコツーリズムの理念を取り入れることで、全体の合意が得られると考えました。地元自治体や旅館組合、各観光協会・商工会などに声を掛け、16年9月に下呂市エコツーリズム協議会を設立しました。DMOとエコツーリズム協議会を融合させた取り組みが「E―DMO」です。

 ――取り組みでは住民が地域に誇りを持てることを目指しました。

 E―DMO最大のテーマは、市民に新しい観光資源「地域の宝」を発見してもらい、自らの暮らしに誇りを持ってもらうことでした。具体化するために取り組んだのが、18年度に実施した「宝探し事業」です。

 全市民を対象に「あなたが思う地域の宝」を推薦してもらうもので、実に1054人の市民が地域資源2714種類を発掘してくれました。地域の宝を活用したフェノロジーカレンダー(暮らし暦)や宝の地図を作成し、各地区が発表することで、連携や地域の誇りの醸成につながりました。

 旅行商品も開発しました。温泉以外の資源を掘り起こせたことで、「新しい下呂市の価値」が生まれました。市民向けには500円と低価格で参加できるワンコインツアーも催行し、地域の魅力を体験してもらいました。参加者にはアンケートに協力してもらい、事業改善に役立てたほか、ツアーの質を上げるため人材育成講座も開講しました。

 このほか24年度は、市民向けに観光が市の経済に与える影響や、観光にまつわるさまざまなデータを小中学生向けにまとめた冊子「ここがスゴイよ 下呂温泉郷」を発行し、全戸配布しています。

 ――官民連携も下呂の特徴です。

 観光振興には官民連携が不可欠です。双方が対等な立場で議論し合い、それぞれの強みを生かして補完し合うことが重要です。下呂温泉の場合、観光協会が民間主体であるからこそ、宿泊客の動向や飲食店の利用状況など、現場の動きを敏感に捉えることができます。

 一方、広域観光やインフラ整備などは、行政のサポートなくしては進まない局面もあります。民間が主体的にデータを示し、「なぜこれをやる必要があるのか」を明確に提案しながら行政を巻き込むことが重要です。

 行政が進める観光施策に対しても、やみくもに乗っかるのではなく、マーケットの動向を踏まえ、「効果が見込めるか」を見極めることが重要です。データを活用し、民間主導で行ってきたプロモーションが結果を残し続けたおかげで、「街づくりは行政で、誘客は民間に」という役割分担ができました。

 現在は、行政と民間が対等な立場で協力し合い、それぞれの強みを最大限に生かせるようになりました。民間が計画し、行政がそれをサポートする。そこに市民が関与し、互いを尊重しながら企画を練り上げていく。この流れは、多くの地域が学ぶべき観光振興の在り方だと思います。

 ――現在、注力していることは。

 全体の宿泊単価が漸減傾向にあることを受け、国内団体の誘客に取り組んでいます。

 25年4―8月実績ですが、宿泊単価が前年度同期比で88・5%と落ち込みました。1泊2食、1泊朝食、素泊まり、それぞれの単価は上がっているが、全体でマイナスになるのは、単価の低い1泊朝食、素泊まりでの受け入れ比率が増えているからです。

 このような傾向が続き、価格競争に陥ると、経営的に厳しくなるのは小規模の宿泊施設です。負のスパイラルは宿泊施設だけでなく、取引業者にも及び、やがて地域が疲弊することになります。

 昨年9月からは下呂温泉旅館組合が「団体受け入れリスト」を作成しました。会員の6割にあたる22施設が担当者名付きで、団体(15人以上)の受け入れを表明しています。旅行会社からは「問い合わせの段階で(団体を)受け入れているのか分からないことも多いなか、ありがたい」という声をいただいています。団体なので動いてくるのは少し先になりますが、「下呂温泉の姿勢」を旅行業界に伝えていきます。

 もう1つ。昨年11月から観光協会のホームページにAI(人工知能)を活用したモデルコース提案を実装しました。観光地情報をAIに学習させ、閲覧者が選んだ選択肢に応じてモデルコースを生成する仕組みです。旅の形態や好みなど、3つの項目それぞれに当てはまるものを選択するだけで、おすすめコースが示されます。

 イベントやグルメ情報など、ホームページ上のさまざまなコンテンツがあるなかで、「モデルコース」の閲覧が多いことから、旅行者側のニーズを加味した提案ができるよう、開発しました。「穴場」と「定番」、どちらが好きかを調整できるなど、遊び心も持たせています。

 ――最後にひと言お願いします。

 観光協会では現在、地域内総生産のうち、観光や旅行による需要で生み出された付加価値の総額「観光GDP」の算定を進めています。これを把握することで、観光産業が地域経済全体にどれだけ貢献しているのかを定量的に示すことや、その増減から観光産業の成長性評価なども可能になります。地域の観光の力を最大限活用し、持続可能な観光地づくりを目指してまいります。

 観光の力で地域を活性化するという世界が本当にあるのか。まだ明確な成功事例は無いように思うなか、とことんやりきりたいと思います。

 ――ありがとうございました。

【本紙1967号または2月5日(木)以降日経テレコン21でもお読みいただけます。】

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