「もてなし上手」~ホスピタリティによる創客~(182) 人にしかできない行動へ勇気を出して 機械には生み出せない価値
2026年3月22日(日) 配信

人は、機械に置き換えられてしまう存在なのでしょうか――。
先日、あるビジネスホテルに宿泊したとき、私はその問いに対する一つの答えを体験しました。初めて利用するホテルで部屋に荷物を置き、約束のために外出しようとしたときに、フロントに立ち寄りました。目的地まで行くのに最も便利な最寄り駅を尋ねるためです。
スマートフォンのアプリを開けば、数秒で分かることでした。しかし、私はあえて尋ねました。便利さを優先するあまり、人に頼らなくなったとき、人の力は確実に衰えていくのではないか。普段から頼られない人は、本当に力を発揮すべき瞬間に応えられなくなるのではないかと思っているからです。
だからこそ私は、人の接客を受ける機会を自らつくりたいと思っています。
フロントの前に自動チェックイン機が置かれ、スタッフはカウンターの内側でパソコンに向かっている光景が当たり前になりましたが、そのホテルには自動チェックイン機はありませんでした。私が声を掛けると、フロントスタッフはにっこりと笑い、目を見て応対してくれました。そして最寄り駅を尋ねると、こう言ったのです。
「そちらに参りますので、少しお待ちいただけますか?」次の瞬間、そのスタッフはフロントという盾の内側から出てきました。手に地図を持ち、私の隣に立ち、地図の向きを実際の方角に合わせて説明を始めたのです。
地図は実際の向きと違うだけで分かりにくくなります。その小さな配慮が、どれほど安心感を生むかを想像してみてください。さらに、最寄り駅が2つあること、それぞれの徒歩時間、乗換駅、目的地までのおおよその所要時間まで、横に並びながら丁寧に教えてくれました。正面ではなく、隣に立つ。それだけで不思議と距離が縮まります。対峙ではなく並走。説明ではなく伴走。その姿勢が、安心感と信頼を生み出していました。ほんの数分の行動が、「このホテルを選んでよかった」という確かな印象を私の中に残しました。
人がサービスを提供するとは、単に情報を渡すことではありません。相手の立場に立ち、同じ方向を向き、ほんの一歩踏み出す勇気。その一歩が、体験を価値あるサービスへと変えるのです。フロントの内側に立ち続けることもできたはずです。地図を差し出すだけでも済んだはずです。しかし彼女は、一歩外に出てきました。その一歩が、人にしか生み出せない価値でした。人を配置する以上、そこに意味を持たせなければなりません。
機械にできることをするために人がいるのではない。機械にはできない心の動きを生み出すために人がいるのです。それを忘れてはならないと考えます。
コラムニスト紹介

西川丈次(にしかわ・じょうじ)=8年間の旅行会社での勤務後、船井総合研究所に入社。観光ビジネスチームのリーダー・チーフ観光コンサルタントとして活躍。ホスピタリティをテーマとした講演、執筆、ブログ、メルマガは好評で多くのファンを持つ。20年間の観光コンサルタント業で養われた専門性と異業種の成功事例を融合させ、観光業界の新しい在り方とネットワークづくりを追求し、株式会社観光ビジネスコンサルタンツを起業。同社、代表取締役社長。



