【特集 No.675】2026年新春インタビュー 内藤耕氏に聞く 革新「清掃・洗濯の内製化」へ
2026年1月1日(木) 配信

人手不足に加え、賃上げや物価上昇が続く旅館業界。コスト上昇に比例して売上が増えない時代において、工学博士の内藤耕氏は、経費の巨大な塊である「清掃」や「洗濯」を現行スタッフの余力を使って内製化し、固定費を下げることを勧める。ポリエステル性の新素材シーツや、浴衣に代わって作務衣の導入も提案する。洗濯業務の内製化によって「コスト上昇分を上回る利益」をつくる革新的な取り組みが、既に幾つかの旅館で始まっている。
【本紙編集長・増田 剛】
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□賃上げ、物価上昇続く時代 現行スタッフの余力で利益を
――宿泊業を取り巻く市場環境をみると、人手不足の問題に加え、賃上げと仕入れのコスト上昇分をいかに価格転嫁してそれらを上回る売上を求めていかなければならない、とても厳しい状況にあります。
おっしゃる通り、賃金の上昇や原材料などの仕入れ価格の値上げ分を何としても単価アップで価格転嫁できなければ企業経営を続けるだけでなく、スタッフの雇用や生活の質の向上も実現できません。しかし、現実としてインバウンド客が集まる一部を除いて、ほとんどの地域では人口減少に起因する地域経済の疲弊で需要が縮減し、さらに過当競争の激化も相まって、現状ではなかなか宿泊単価や売上高を増やす状況にありません。
一方で賃金や物価上昇は今後も続くことが予想されています。売上高や客単価だけに着目する方法だけではなく、これまで以上に日々の固定費をどのようにコントロールし、それを抜本的に下げていくことも同時に考える必要がますます重要になってきています。
――確かにそうですが、具体的にどのようにしたら良いのか、どこの施設も試行錯誤しています。
宿泊業において、最も大きなコストの塊が人件費で、その管理方法についてまずマルチタスクという視点から紹介します。今回はさらにそれ以外の清掃やリネン類、食材といった仕入れの固定費と捉えられるコストについても考えていきます。とくにこれらの費用は、現場のサービス品質や顧客満足の維持向上に直結しますが、どのようにそれらを毀損させず、同時にコスト削減も具体的に実現していくかの工夫がさまざまな施設で始まっています。
そもそも宿泊業の宿命としてお客がいるところで多くの業務が執り行われるサービス提供の「同時性」が存在します。例えばフロントスタッフが業務効率を上げてチェックインをよりスピーディーに対応しても、お客が次々と連続して来館しなければ、結果として手待ち時間というムダをより多く作るだけ、ということが起こります。加えて手待ち時間ができた結果、現場がその状態を基準と認識してしまうと、瞬間的に忙しい時間帯を人手不足と感じてしまい、これにより現場で働くスタッフが人員増を要求する状況をもたらします。
つまり、この問題を解決するために、業務効率化への取り組みによって生じたこのわずかな手待ち時間で「別の業務をやりましょう」ということが大事だということです。この取り組み自身は、既に多くの現場で「マルチタスク」として認識されています。しかしこのマルチタスクは、「言うは易し行うは難し」です。
仕事に慣れていないスタッフがいきなりわずかな時間だけ来ても戦力にならないだけでなく、業務方法をその都度教える時間も入れたら現場レベルでは必ずしも効果的ではないことになります。つまり、マルチタスクに取り組むには課題が意外と多くあるということです。
マルチタスク化による生産性向上で最も大事なのが業務の「単純化」と「標準化」です。これが実現しなければ教育の負担が現場のスタッフにその都度のしかかるほか、練度の高い人材にしか業務ができない状態になってしまいます。このため、昨今多くの現場で利用が進んでいるスポットワーカーの募集サイトをみても、結果的に「経験者求む」という条件が多い印象があります。このマルチタスクを行うスタッフとは、いわば社内スポットワーカーと見ることができます。
このため、お客がいないときにフロントスタッフが売店スタッフを掛け持ちし、必要に応じてレジを打つ場合などは、相互に移動しやすいだけでなく、フロントと売店が同時に見渡せるような空間レイアウトがとても大事になってきます。
また、とくに大型旅館でしばしば見られますが、専任のスタッフが数人張り付き、またそれをお客がいない日中に専用の設備を使って食器洗浄している光景です。これと真逆の方法として、食事処で下膳しているホールスタッフがレストランの横に設置した小型の食器洗浄機で下膳から連続してこまめに食器洗浄する方法もあります。
この食器洗浄で問題なのが、大きな食器洗浄機を導入しようとすると広いスペースが必要となり、結果としてレストランから離れた場所に設置しなければならなくなることです。
このように場所が離れると、下膳後に食器の整理や残食の廃棄、運搬、洗浄後の分別と保管といった業務工程が細かく分割され、投入しなければならないスタッフ数が多くなるだけでなく、各工程の間で食器類が停滞を引き起こして業務量が増え、結果として会社として利益を生みにくい体質となってしまいます。
つまり、このように運ぶ距離や時間が長くなり、また業務の種類も増え、自然に分業してまとめて作業するようになってしまい、だからこれまではホールスタッフと食器洗浄は別々の専門チームが担っていたのです。
逆に、こまめに洗浄することで小さな食洗器で対応できるようになると、それを食事処の横に設置できるようになります。そうすると下膳と洗浄が同時に連続して一体になってマルチタスクでできるようになります。さらに余剰となった食器洗浄スタッフも下膳に回れるようになり、食事処に投入できるスタッフ数が増え、客回転を上げることで待ち時間を減らせてサービスレベルもより上げることができます。
つまり、このレイアウトへの設備投資と業務フローづくりに取り組まなければ、マルチタスクは細かいところで動かなくなるということです。また、施設ができ上がってしまうと施設変更の工事は難しいので、マルチタスク推進への改革には、業務方法だけでなく、施設レイアウトや設備の選択といった視点が大事になってきます。
そして誰でもその日から現場の即戦力になるよう、業務フローの単純化・標準化が必要です。旅館の厨房でその日のプランに合ったお皿を人数分そろえることを指示されても、プランごとにどのお皿を使い、どこに収納してあるかをすべて覚えるだけでも高度な技能職になってしまいます。
このため、ある旅館の調理部は、エクセル上でコース料理を管理しているので、コース名と人数を入力すると、自動的に必要なお皿のリストが表示されるようにしました。そして、次に問題となったのが、お皿の名前がすべて漢字表記だったことです。これをローマ字と数字の組み合わせによる記号表記にして食器庫に定位置保管するようにしました。
これにより、日本語に不慣れな外国人スタッフでも、プランに合ったお皿を人数分すぐに間違いなく持ってくることができるようになりました。つまり、それぞれの業務に慣れていない、例えばベテランの事務スタッフでさえも、スキルレベルだけを見ると日本語に不慣れなスタッフと同じ水準で、マルチタスク化を現場で進めていくには、このように業務の単純化・標準化が大事となり、それによって生産性向上により固定費の削減につながっていきます。
――業務の内製化を強く勧められています。
旅館やホテルといった宿泊施設では清掃や洗濯、食材の仕入れなどが外注されています。当たり前のことですが、これら費用の中には必ず人件費が含まれています。分かりやすいのが日々の清掃業務で、その大部分は人件費です。食材などの仕入れも、食材費だけでなく、それに取り次ぎや加工、運搬といった手間が掛かっていて、それらが人件費として食材に上乗せされています。
もしこのようにアウトソーシングしているさまざまな業務の一部だけでも、直雇用する社内スタッフによるスポットワークで内製化することができれば、外部に流出し続けている多くの人件費を、追加の賃上げとして支払っていくことができるようになります。
――業務の内製化についてもう少し具体的に教えてください。
既に多くの前例がある宿泊業にとって必要不可欠な日々の清掃業務で、そうしていない施設があればこの内製化を積極的に進めていく価値があります。
清掃業務の多くは一般に時給制のパートスタッフによって執り行われ、その肉体的負担から離職など流動性も高く、どこも定着率の低さに課題があります。応募者数も少なく、地域によっては人材が周辺にいないこともあります。
内製化に着手しようとしても「そもそも人手不足なので、内製化するとさらに現場が回らなくなる」と言われることもあるでしょう。
しかしながら、幾つかの施設で清掃の内製化に取り組んできましたが、結論から言えば、いずれの旅館もスムーズに移行できました。マルチタスクや業務の単純化などによって、人件費を減らして既存の固定費の中で回るようになった施設さえあります。
この清掃業務を外注しますと、旅館側は清掃業務の生産性向上への取り組みに関心が希薄になりがちです。それは、清掃業者と1部屋当たりの清掃単価で契約していることが多いためで、生産性向上に取り組んで清掃業者にメリットがあったとしても、宿泊施設側にそれが無いからです。
そのうえで、清掃方法に手を付けて外注業者の負担が少しでも増えると値上げ交渉されてしまうケースもあります。パートスタッフ中心の清掃業務は最低賃金が上がっていけば、その経費も価格転嫁されて上がっていきます。
このように清掃のアウトソーシングは課題山積です。この意味でも清掃の内製化は、売上が増えない時代における会社全体の生産性向上によって生まれた人員の余力を使って、マルチタスクで進められる、とても大きな業務となります。この外注している清掃はとても大きなコストの塊のため、内製化し、清掃自身の生産性向上によって固定費をさらに下げることができれば、会社にとってすぐに大きな効果が出てきます。
――タオルやシーツ、浴衣といったリネン類の洗濯も、経営コストの大きな塊として存在します。
洗濯の内製化に取り組む宿泊施設はまだほとんどありませんが、ゴルフ場では自分たちでタオルを洗っている施設は多い。健康ランドではタオルだけでなく、作務衣(部屋着)も自分たちで洗濯しています。
このように他業種で洗濯業務を内製化している施設を数多く見てきた経験から、それほど難題だとは思っていません。ただし宿泊施設で問題となるのはシーツ類と浴衣です。これを上手く対応できれば、内製化へのハードルは一気に突破できます。
旅館の部屋着は浴衣が中心ですが、多くの健康ランドでは作務衣を導入しています。浴衣の素材は綿製がほとんどで、洗濯後に糊付け・プレス(アイロン掛け)をしなければならず、どうしても大型の設備が必要になってきます。
一方、作務衣は生地の特性上、プレスをする必要がない。近年は作務衣を導入する旅館も増えてきており、これにより洗濯業務の内製化のハードルの一つを解消できます。
もう一つのハードルが敷き布団・ベッド、掛け布団、枕用のシーツ類ですが、最近大きな解決策が見つかりました。プレスが不要な伸縮性のある業務用にも耐えられるシーツを、ある繊維メーカーと共同開発しました。これを現在2つの宿泊施設で使用していて、この前例に触発されて、さらに複数の宿泊施設が洗濯業務の内製化の検討を始めています。
一般的に使われているシーツ類の素材は綿です。綿は浴衣のようにしわができやすいため糊付け・プレスが必要ですが、今回開発したシーツの素材はポリエステル製です。最近のスポーツシャツはほとんどがポリエステル製になっていて、その肌触りも絹(シルク)のように滑らかで、最大の特徴である伸縮性によってしわになりづらいため、プレスせずにそのまま使えることが大きなメリットとなっています。
一般にベッドメイクや布団敷は2人がかりの大変な肉体労働です。シーツをプレスしないため、4面立方体の3面を箱型の形状のベッドマット用のフィットシーツが実現しました。これはベッドの四つ角にそれぞれひっかけて覆うだけのベッド用フィットシーツで、ベッドメイクの肉体的負担も大幅に軽減されただけでなく、1人でベッドメイクができるようになりました。同様に敷布団や掛け布団用のシーツも同時に開発しました。
専門業者と開発したこのベッド用のフィットシーツは1枚4千円(税別)ほどで、毎日使用して洗濯したとして、長期間は繰り返し使用できる耐久性もあります。業務用洗濯機などのランニングコストを入れても、ベッドメイクの負担軽減も加味すれば、これまでの洗濯の外注費に比べて圧倒的に経費が圧縮できます。
――内製化により、洗濯のコストや作業負担が増えるのではないでしょうか。
これまでの実績として作業負担はそれほど増えていません。
まずベッドメイクが非常に楽になること。もう一つは、外注の場合、すべてのリネン類を種類別に仕分けし、外注業者に引き渡す通用口までは施設側で運ばなければなりません。
つまり、通用口まで運んでいたリネン類を、洗濯機まで持っていくことの違いで、あとはこれらシーツ類の仕分けの代わりに、洗濯機への出し入れがあるだけです。既に洗濯を内製化している施設では、フロア単位で仕分けすることなく色々なリネン類を同時に洗濯し、洗濯・乾燥後に同じフロアに戻すため、在庫保管も不要となるメリットがあります。
光熱費についても、省エネ化への取り組みが進んでいることもあって、導入した施設ではコストが上がったという認識はありません。
洗濯を業者に頼むと引き渡し、洗濯、納品に数日要しますので、各施設ではどうしても数日分の在庫を抱えることとなります。一方、洗濯業者はできるだけ保管したくないので、施設側は繁忙期にタオルなどが不足する事態も発生するとも聞きます。内製化すると、その日に施設内で洗って再びお客に提供することを繰り返すことで、その不足を心配することもなくなります。
――専従のスタッフは必要ですか。
社内の既存スタッフのスポットワークによるマルチタスクで対応できています。洗うのは洗濯機なので、基本的な作業は出し入れと部屋着やタオルの畳みだけとなります。外注の場合でも、タオルを客室に入れる場合には、スタッフが畳まなくてはなりません。どうせ畳む作業があるのであれば、内製化しても作業量が大きく増えることはありません。
フロントの裏側や事務所で、スタッフの手待ち時間にタオルや部屋着などを畳むことも可能です。また自ら洗濯することで、お客がタオルを何枚使っても会社は経費を心配しなくて済むようになり、顧客満足も上げられます。
――洗濯機の導入コストは。
業務用の洗濯機と乾燥機を一台ずつで設置工事も合わせても数百万円ほどの初期費用で、これに消耗品となるリネン類の購入費用が継続的に加わります。
大型旅館の場合、当方の経験ではそれぞれ洗濯機と乾燥機が2台ずつあれば対応可能で、洗濯の外注コストに年間数千万円を支払っている状況を考慮すれば、これらの初期投資は短期間で回収できる試算になります。
――物価高騰により、旅館では食材コストも大きな塊となっています。
食材も清掃や洗濯と同じように、生産者や卸売事業者の人件費が上乗せされています。ということは、加工品ほど人件費が多くなります。できるだけ加工品を使わず、材料から調理をしていく。社内に調理人という職人を抱える旅館は、このような問題点も解決できます。
料理のお品書きは、どこまで決めなくてはならないのか。最近は料理の写真も〈イメージ〉と書いておけば許容されるようになってきました。
作ったメニューを基に食材を仕入れるのではなく、仕入れた食材からメニューを組み立てることを幾つかの旅館で議論し、実践し始めています。
旅館側は食材原価率を下げたい。しかし、メニューが先に決まっていると、季節が多少ずれるだけで、遠方から食材を取り寄せなければならなくなります。つまり、各日に仕入れた「安くて美味しい旬の食材で何を作るか」を考えた方がコストは小さくて済みます。
ある大型旅館では、刺身にどんな魚種を盛るかをお品書きにも事前に特定せず、地元でその日に水揚げされた旬の魚を仕入れによって提供するようにしました。
野菜や魚といった食材の旬と言われる期間は一般に短く、おおよそ2週間ほどです。四季ごとにメニューを変えている旅館も多くありますが、そのほとんどの期間が地元の旬を外れています。そうすると遠方から運ぶこととなり、仕入れ値はどんどん上がっていきます。
仕入れ業者に定額の予算の中で旬の食材をお任せするやり方もあり、それを始めた旅館もあります。厨房スタッフも箱を開けるまでどのような種類の食材が入っているか分からないのですが、原価率を下げる有効な取り組みの一つと言えます。安くて美味しい旬の食材を使って原価率を下げつつ、旬の良い材料を使った方が調理人のモチベーションも上がります。
私は美味しさの定義を「出来立て」と、もう一つは「好きな料理を出すこと」と割り切って考えています。つまり、肉が苦手な人に肉を出しても喜ばれません。好きなものを食べてもらうには、お客自身が食べたい料理や好きな料理を選択できた方が良いに決まっています。
ある旅館では、肉や魚、野菜といった原価率の異なる食材の料理の選択制にしたところ、どれも均等に選ばれました。お客は食べたい料理を選ぶ人も多く、必ずしも原価の高い食材を選ぶとは限らないのです。
さらに、お客が食べているときに調理することで、出来立て料理が提供できるようになるだけでなく、好き嫌いだけでなく、量への対応も可能で、結果として残食も減らすことができます。ある旅館で、好きな量だけ提供するようにしたら、お客の多くが「一口だけ」と言い、結果としてこれまで作り過ぎだったことが分かりました。つまり、お客の嗜好に合わせていくことも原価率を下げる方法の一つとなります。
このような新たな視点も取り入れて食材仕入れコストをコントロールする取り組みも始まっています。
――ありがとうございました。
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