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【特集 No.637】富士レークホテルResort&Village シフトを可視化 業務シェア進む

2023年7月1日
編集部:増田 剛

2023年7月1日(土) 配信

 高品質のおもてなしサービスを提供することで、お客の強い支持を得て集客している宿の経営者と、工学博士で、サービス産業革新推進機構代表理事の内藤耕氏が、その人気の秘訣を探っていく対談シリーズ「いい旅館にしよう! Ⅲ」の15回目は、山梨県・富士河口湖温泉郷「富士レークホテルResort&Village」社長の井出泰済氏が登場。今年3月、夕食を会席料理から和洋ビュッフェに移行。また、シフトを基準に勤怠管理を行うことで、休日数の増加や時短が進む。現場スタッフを交えて改革を語り合った。

【増田 剛】

 ――宿の始まりはいつからですか。

 井出:元々は富士山信仰の「御師(おし)」の家柄で、1932(昭和7)年に祖父が創業しました。祖父は渡米して帰国後、東京・日本橋で歯科医を開業しました。その後、河口湖に戻ると、米国滞在中にホテルなどを見ていたこともあり、「これからは観光業だ」と、ホテル業を始めました。
 当初は7部屋からのスタートで、木造の瀟洒な建物でした。帝国ホテルのインテリアをデザインされた先生に設計してもらいました。
 父の代になり、1964(昭和39)年の東京五輪の年に河口湖まで高速道路が伸び、富士山の5合目まで富士スバルラインが通ると、大きな観光ブームが湧き起こり、周辺も観光地化していきました。当館は延べ床面積約1万平方㍍で、河口湖畔では最大規模になります。
 バブル崩壊後の1994(平成6)年、28歳のときに常務として宿に入りました。観光業にとって厳しい時期で業績も下がり続けていました。 
 生命保険業界にいたため、数字至上主義の世界から自館に入って驚いたのは、月次損益計算もなく、年に一度の決算時に、赤字なのか、黒字なのかが分かるという状態でした。

 内藤:まずは何から着手されたのですか。

 井出:若くて、肩に力が入っていた私は、売上目標やコスト削減などを社員に求めましたが、空回りするばかりでした。
 ユニバーサルデザイン(UD)という言葉が出始めた98年に、山梨県内の講演会に参加した際、「これだ」と思い、翌99年には1部屋UDルームを作りました。
 しかし、当時は販売チャネルもなく、まったく売れませんでした。
 宿の状態は、社員が長続きせず寄せ集め集団だったため、軋みは強くなるばかりで、2000年にすべての部署の部長、支配人、料理長が一斉に辞めるという危機的状況に直面しました。その後、社員に長く定着してもらおうと、大卒の新卒採用を始めました。
 富士山が世界文化遺産に登録された13年からインバウンドが飛躍的に伸び、14年の売上高は約9億円でしたが、19年には12億円まで順調に推移していました。

 内藤:社長に就任されたのはいつですか。

 井出:09年で43歳のときでした。10年後の19年7月に会長の父が他界しました。その直後にコロナ禍に突入しました。トップの私に責任が集中し、ずっしりと重く感じました。今から振り返ると、コロナ禍に全責任を負ったため、背水の陣で思い切った変革ができたのかなと思います。

 ――思い切った変革とは。

 井出:コロナ前までは増加するインバウンド需要と併せて、当館には大きな宴会場や会議室がたくさんあるため、従来型の団体旅行も受け入れていました。婚礼需要を含め、すべてのお客様を受け入れるという、欲張りな「多方面戦略」でしたが、現場は疲弊していました。コロナ禍になって団体旅行が完全に消滅し、「個人旅行に絞った経営」へ進むべき方向性が明確になりました。

 内藤:個人客に絞るとは具体的にどのように変えていったのですか。

 井出:主に団体客向けの客室を、個人客が滞在できるような客室にリニューアルしました。
 大きな決断は、料理をビュッフェに変え、団体は取り扱わない方針を決めたことでした。清水総料理長から「ビュッフェで勝負しましょう」と言っていただけたことも背中を後押ししました。昨年夏に決断し、冬には西館を閉館して改装し、今年3月1日から夕食を会席のコース料理から和洋ビュッフェに変えました。朝食は元々ビュッフェでした。

 内藤:休日も増やされたのですか。

 井出:以前は94日だった年間の公休を、昨年12月から105日としました。そのタイミングでタイムカードをやめ、シフト編成システム「OPSPLOT(オプスプロット)」を導入しました。残業代は支払いますが、残業をしなくても給料は改革前以上の水準のため、労働時間も大幅に減少しています。
 パートスタッフの時給も上げ、賃金体系も変えました。週1回のシフトミーティングで、業務シェア(マルチジョブ)を決めています。

 内藤:休日が増えると、全体の出勤者数が減ります。

 井出:最初は不安もありましたが、現場のスタッフは会社の方針が決まれば一生懸命に業務シェアに取り組んでくれています。総務部が布団上げやベッドメイク、夜はレストランを手伝うなど、継続していくことが大事だと思っています。

 内藤:一般的に出勤人数が減ると、仕事の量は変わっていないので皆困り、知恵を出し合い、改善が進むようになります。人が余っているとセクト主義になり、縦割りが多くなり、縄張り争いをして業務シェアも行われず、「人が足りない」という声ばかりが聞こえてくる悪循環に陥ります。
 さらに、「専門職でなければできない」と思っていた仕事が、専門職でなくてもできるということが分かってきます。例えば、調理部の一番大事な仕事は仕込みや調理と思いがちですが、厨房スタッフでなくても、しっかり教えることでそれなりに天ぷらを揚げ、出汁巻卵を作れるようにすることで、セクショナリズムが解消します。そのためには、調理部のレシピづくりや、教育が大事になってきます。
 客室案内について、現場はどうですか。……

【全文は、本紙1905号または7月6日(木)以降日経テレコン21でお読みいただけます。】

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