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「観光人文学への遡航(30)」 秘密曼荼羅十住心論②

2022年12月17日
編集部

2022年12月17日(土) 配信

 空海の主著「秘密曼荼羅十住心論」「秘蔵宝鑰」に書かれてあるのは、人間の心を十段階に分け、低い段階から高い段階へと向上するようすである。先月からこの秘密曼荼羅十住心論を具体的に読み解いている。

 

 第一住心は、欲望に従ってのみ生きている動物と同じ状態、第二住心は、道徳心は出てきたが、人から評価されたいという子供じみた自己顕示欲にあふれた状態、第三住心は、宗教心は芽生えてきたものの、癒しや安心感を求めている幼児的な状態を表している。そして、第四住心から仏教境地に入っていく。

 

 第四の唯蘊無我心とは、我をなくして生死輪廻から解脱して涅槃を実現する立場である。蘊とは積み集められた物のことで、唯蘊とは、文字通りただ物のみが実在するのだという意味である。

 

 今まで自分の幸せを追求してきたが、果たして自分というものは何者なのか、自分という存在は本当に存在しているのかと問うことにより、今までの自分の行動を客観視してみると、極めて自己中心的だったことに気づく。ほめてもらうため、評価されるためだけに生きてきたことや、宗教心のようなものが芽生えていたとしても、それは神仏に救われているという小児的な感覚に酔っていただけだったということに気づき恥ずかしくなるはずだ。

 

 これが他の宗教と仏教との大きな違いであり、仏教の導入的考え方である。我欲を捨て去ることにより、輪廻転生から解放されるのだ。

 

 第五の抜業因種心は、生死輪廻の苦しみの根本原因となる無明を退治するために修行を続け、涅槃を実現していく段階である。

 

 無明とは、無知による迷いの中にいる状態を言う。無明こそが人間の苦しみの根源であり、この無明の種を抜くことで、悪業の原因がなくなることになる。現世が不幸なのは過去の悪業のせいであり、現世で悪業を積み重ねていると、来世ではさらに不幸な境遇の許に転生する。そのような生死輪廻こそが苦であり、その輪廻から解脱し、静寂なる涅槃に至るために、その根本原因となる無明を取り去るのである。

 

 第三住心はバラモン教がこれに位置づけられるとされているが、現在もカースト制度が色濃く残るヒンドゥー教もこの生死輪廻が教義の中心となっているが、第四住心以降で説明されている仏教は、その生死輪廻の状態から解脱することを追求するのである。

 

 しかし、これらもすべて自分が涅槃に至ることを目的としているということは、結局自利の追求にとどまっている。第四住心、第五住心は小乗仏教を表しているのだが、文字通り、自分だけが乗ることができる小さな乗り物を作るのが小乗仏教で、ほかの人も乗せることができるのが大乗仏教である。次回以降は、大乗仏教の境地を紐解いていく。

 

島川 崇 氏

神奈川大学国際日本学部・教授 島川 崇 氏

1970年愛媛県松山市生まれ。国際基督教大学卒。日本航空株式会社、財団法人松下政経塾、ロンドンメトロポリタン大学院MBA(Tourism & Hospitality)修了。韓国観光公社ソウル本社日本部客員研究員、株式会社日本総合研究所、東北福祉大学総合マネジメント学部、東洋大学国際観光学部国際観光学科長・教授を経て、神奈川大学国際日本学部教授。教員の傍ら、PHP総合研究所リサーチフェロー、藤沢市観光アドバイザー等を歴任。東京工業大学大学院情報理工学研究科博士後期課程満期退学。

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