2025年8月1日(金) 配信

山口県・長門湯本温泉は、2016年1月に温泉街全体を再生するまちづくり計画「マスタープラン」が策定され、活性化に向けて日々進化している。公民連携と、地元住民を巻き込んだ「温泉街の魅力創出→各施設の収益向上→地域への再投資」のサイクルが機能し、今、最も注目すべき温泉地の一つとなっている。温泉地再生への取り組みの中心的な役割を担う、老舗旅館「大谷山荘」社長の大谷和弘氏に、まちづくりの中核となる公衆浴場「恩湯(おんとう)」への想いや、今後の目指す方向性などを聞いた。
【本紙編集長・増田 剛】
◇
□「恩湯」核に暮らしを大事に
2020年3月、大谷和弘氏は大谷山荘の5代目社長に就任した。同時期に「星野リゾート 界 長門」が開業、公衆浴場「恩湯」のリニューアルオープン、そして新型コロナ禍への突入が重なった。
長門湯本温泉の再生への流れが動き始める契機となったのは、2014年に破産した老舗名旅館の跡地に、長門市の前市長・大西倉雄氏が星野リゾートの誘致に乗り出したところからだ。
星野リゾートの星野佳路代表は単なる旅館の出店でなく、温泉街全体の再生へ、まちづくり計画の草案を提案。これを基に、長門市は「マスタープラン」策定に動き出す。
同市は、経済産業省から地方創生人材支援制度で派遣されていた木村隼斗氏(当時・経済観光部長)が牽引し、「温泉街の魅力創出→各施設の収益向上→地域への再投資」といった持続可能な仕組みづくりを進めていった。
「マスタープラン」は16年1月に策定された。これにより、衰退に向かっていた長門湯本温泉の再生への道が敷かれた。「恩湯」を中心に散策ができるように、飲食店の誘致や文化体験、憩える空間づくりなど、そぞろ歩きが楽しい「オソト天国」をコンセプトに、地域を巻き込んだ“歴史と未来をつなぐ”壮大な実験が始まった。
「明治時代の写真を見ると、音信川と温泉を中心に、暮らしを大事にしているようすが残っている。元々この街には歩く生活動線の構造があった」と大谷氏は長門湯本温泉のルーツを辿る。
ワークショップや社会実験は85回、専門家会議55回、推進会議(意思決定会議)10回など住民との対話を重ねていく。「専門家会議は毎月8時間ぶっ通しで開き、事前の準備や反省会も含めると、回数は3倍ほどになる」と振り返る。
「将来出店してほしい飲食店」などを集めたイベントを開催すると、想定以上に若い人が多く訪れた。「温泉街に座る場所が無かったので実験的にベンチを置くと、実際に多くの人が座ってくつろいでいました」。
河川と道路を散策し、憩いの空間として活用できるように、協議会を設立。道路にベンチを置く「歩車共存」は警察とも交渉を続けた。通行止めのエリアを設けるなど、しっかりとした管理体制のもと運営している。
川床の管理には水量などのデータをとり、常設化を実現。「昭和初期までは音信川に沿った旅館の前に、住民たちがテラスを作っていました。そのような文化が根付いていたので、懐かしさもあったのでしょう。高齢者の理解も得やすかった」と話す。
そして、長門湯本温泉再生の核となる「恩湯」のリニューアル事業に対して、長門市は「民設民営」で公募した。1920年代に温泉組合が解散し、温泉の権利をすべて市に渡していた。それ以来、恩湯は行政が設営していたが、年間約数千万円の赤字が続いていた。
「大寧寺第三世住職、定庵禅師の時代、1427(応永34)年の伝説から約600年続いている恩湯なので、私たちがやらずに手放してしまうと、お寺や神社、住民との関係が希薄になっていく。地元の有志が集まって『長門湯守株式会社』を立ち上げました」。
大谷氏が「兄のように頼りになる」と話す楊貴妃浪漫の宿玉仙閣の伊藤就一氏に相談すると、伊藤氏は「このまま放っておくと、温泉街ごと滅ぶから」とスクラムを組んだ。さらに山口銀行が無担保、無保証で融資してくれたのも大きかった。
恩湯広場や川床、竹林の階段などハード整備が進み、コンテンツがそろってくるなかで、エリアマネジメント会社「長門湯本温泉まち株式会社」も地元有志のメンバーで設立した。代表には伊藤氏が就任し、経産省から長門湯本温泉に派遣されていた木村氏は、同省を辞め、マネージャーとして舵を取る。
持続可能なまちづくりには、積み立てによるハードの修繕や、マーケティングも必要となる。その原資は「入湯税」だ。
従来150円だった入湯税を、300円に引き上げた。心配の声もあったが、12軒の旅館と何度も議論を重ねた。増額した150円を基金として次年度の観光予算に計上している。年間約20万人が訪れる想定で、毎年3千万円規模の予算を魅力的なまちづくりに再投資するサイクルを作った。
「自分が社会人になって帰ってくると、恩湯に子供は入っていないし、川で泳ぐ姿も見られなくなっていた。昔に戻すのはムリですが、ここでなければ味わえない温泉をつくろう」と大谷氏は考えた。そのためには「歴史と物語性にこだわること」。20年3月、川と温泉と広場、さらに飲食棟とレストランがひとつながりとなった空間として、恩湯はリニューアルオープンを迎えた。
恩湯は長い歴史のなかで、何度も洋風、日本建築と建て替えられてきた。「以前の建物を解体するときに、一番関心があったのは湧出形態でした。設計図は残っていたのですが、湧出形態は記録に残っていなかった。解体して分かったのですが、自然湧出温泉でした。恩湯の真下に泉源があり足元湧出泉として湧いていたのです」と興奮を隠せない。「私も生まれて初めて岩から湧いている泉源を見ました。あまりに感動して、浴槽から誰でも見ることができるように剥き出しにしました」。
源泉の温度は39度。冬期の浴槽は36度となり一部加温しているが、春から秋は約38度と体温に近い「不感温浴」。身体に負担がかからず、ゆっくりと入れる。温泉成分が肌から入っていくので、保温効果は高い。
「源泉の湧出量は1分当たり130㍑。循環システムを入れず、常に鮮度の良い状態でオーバーフローさせる源泉掛け流しにするには、男女それぞれ8平方㍍、計16平方㍍との計算でした」。広くはないが、「足元湧出泉の生まれたての源泉で勝負したい」と大谷氏は信念を貫いた。泉質はアルカリ性単純泉で硫黄成分が少し入っている。
恩湯のコンセプトは、「神聖な入浴体験」だ。入浴を“神聖な行為”と捉え、浴槽と洗い場を完全に切り離した。「神社では清めてから拝殿に行きますが、同じコンセプトで、まず洗い場で体を清め、細い通路を歩いていくと、浴槽が現れる設計です」。
長門湯本温泉の神話や物語にも出てくる仏像は大寧寺に安置していたが、岩から温泉が湧いているのだったら、岩に座ってもらおうと、恩湯の泉源の岩の上に鎮座している。岩はご神体に見えるため、住吉神社の宮司にお願いして注連縄を作ってもらった。
「竣工式には長門国一宮住吉神社の宮司が祝詞を奏上し、大寧寺53代目住職も出席。「長門湯本の温泉物語が復活していることを感じました。小学校の課外授業での温泉のワークショップや、物語の復活を通して、地域の人が恩湯や川を親しみながら使っていくことが大事」と大谷氏は語る。
コロナ禍の4年間も地元利用者のために営業を続けて赤字だった。それでも年間数千万円の赤字から1千万円ほどに赤字幅は大幅に圧縮し、5年目の24年度はようやく黒字になった。今後コロナ禍の累積赤字を減らしていく計画だ。
エリアマネジメント会社は、それぞれの季節に核となるイベントをしっかりと作り、宿泊者の平準化に取り組んでいる。
4月は従来、閑散期だったが、近年は外国人旅行者も訪れ温泉街の綺麗な桜を楽しんでいる。春から川床がスタートし、初夏はとても爽やかな季節となる。川辺でのアフタヌーンティー企画や、初夏からの蛍観賞も人気だ。秋には5窯が集まって萩焼を楽しむイベントや、「紅葉ごろ寝BAR」も長門湯本温泉の特徴の一つだ。
とくに効力を発揮しているのが、冬の灯りのイベント「音信川うたあかり」。竹林の階段や、恩湯広場などで地元の童謡詩人・金子みすゞの詩をテーマとした「音と光の演出」で、アジアからもツアー客が訪れる。これらが奏功し、「旅行会社も面白がってくれてツアーも組んでいただいています。まち会社が運営する温泉街の駐車場稼働台数も閑散期だった2月が一番多くなりました」。
今後の方向として、大谷氏は「温泉街にもっと飲食店が増えてほしい。目標は滞在型温泉地です」と力を込める。「まだ圧倒的に1泊2日が多く、日本人の旅行スタイルも変わっていけばいいなと思っています。旅館に2―3泊滞在すると移動がない分、温泉にゆっくりと入れるし、散策する時間も生み出されます」。
温泉街には、焼き鳥店、ピザショップ、瓦そば屋、カフェなどもある。「地域全体でお客様のニーズを満たすために、分かりやすく作成した『まち歩きマップ』などを活用して案内していきたい」考えだ。
器好きには、歩いて15分ほどのところに360年続く萩焼の作家の里を紹介している。「最低2泊は滞在していただきたい。温泉街で過ごす滞在の楽しみ方を皆で連携しながら創り上げていきたいですね」と話す。
今年3月、恩湯に隣接する場所に食・温泉・自然体験の複合施設「SOIL Nagatoyumoto」が開業した。昔の旅館の文脈に戻す考えで、大浴場を作らず宿泊客は恩湯を利用している。11月には移住者が雑貨屋をオープンする予定で、移住者も増加傾向にある。「うれしいのは平日でも多くの人々が歩き始めたこと。人が歩くと温泉街の気が良くなります」。
地元の旅館や飲食店のスタッフも含めて、住んでいる人が温泉街を自然に使いこなしていくには時間がかかる。「今は夏に子供が川で泳ぎ始めました。地元の子供たちが川で遊んでいる風景に観光客は『ここはいいねぇ』と感じるのではないでしょうか。子供たちがまちを離れても、長門湯本温泉には『恩湯があるんだ』と誇りに思って、友達を連れてきて一緒に入ってくれたらいいなと思います」と未来を見据える。
「暮らしが文化を創り、経済を回す流れができると住民の生活も楽しくなる。丁寧に、ゆっくりとまちづくりをしていきたい」と大谷氏は語る。
【本紙1958号または8月7日(木)以降日経テレコン21でもお読みいただけます。】