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「街のデッサン(218)」ローマの充日 なぜスペイン広場は永遠の観光地か

2019年6月2日(日) 配信

頭脳に刻印されたスペイン広場

 海からのローマに入る玄関口は、近郊のチビタベッキア。すべての道がローマに通ず、という謂れからするといかにも海からのアクセスは鄙びた港町だ。MSCメラビリア号のクルーズでの最後の訪問都市がローマ。迎えに来たバスで、ローマの中心地まで1時間ほど、のどかな田園風景が古代遺跡まで続く。

 ローマ観光は定番のコロセウムとフォーラムから始まりトレビの泉に続き、最後はスペイン広場となる。12月初頭の季節であるから端境期のように思えるが、どの観光地も人々で溢れている。

 とくに驚いたのはスペイン広場だ。この広場と階段が観光名所として有名になったのは、言わずとも知れた名画「ローマの休日」のお陰である。このウイリアム・ワイラー監督のアメリカ映画が封切られたのは1953年。ある王国の女王様がヨーロッパの親善旅行に出かけ、公式行事に疲れ切った彼女は宿舎の宮殿を抜け出し、しばしのローマの休日を楽しむ。そこで、アメリカの新聞記者に出会いはかない恋をする、というシンプルなストーリーである。しかし、この半世紀以上も前の1つの作品がなぜ今でも世界中の人々を魅了させ広場と階段のシーンに足を向けさせるのか、私はその究極の秘密を求めてすでに10回以上も訪れているのであるが、訪れるたびに増え続けている観光客にもまれながら呻吟していた。

 今では、TVが蔓延しSNSなどで世界の情報が即座にどこにいても手に入る。しかし70年も前の世界では、映画が多くの人々にとって海外の実情を知る唯一の手段だった。そこに、オードリー・ヘップバーンという清楚で美しい女優が突如として現れ、女王様を演じ、憧れのグランドツーリズムを体験、夢のような初恋に落ちる。結局、ハンサムな新聞記者との恋は実らなかったけれども、ローマという街に素晴らしい想いを残して旅を終える。実はこの映画にこそ、グランドツーリズムの本質が描かれていたのではないか。

 かくして、オードリー・ヘップバーンは実際の生活もローマで送ることになり、私たちも何度もローマを、スペイン広場を訪ねることになる。日本でも、アニメに出てきたシーンを巡る聖地巡礼や、TVの大河ドラマのロケ地を訪ねる旅が盛んだ。しかしながら世界遺産や日本遺産にしても、年を増すごとに観光客も増すような名所はどこにあるのだろうか。あっという間に廃れてしまうそれらの名所や施設を想うとき、「ローマの休日」ならぬ「ローマの充日」に私たちは今でも学ぶことは多いはずだ。

コラムニスト紹介

望月 照彦 氏

エッセイスト 望月 照彦 氏

若き時代、童話創作とコピーライターで糊口を凌ぎ、ベンチャー企業を複数起業した。その数奇な経験を評価され、先達・中村秀一郎先生に多摩大学教授に推薦される。現在、鎌倉極楽寺に、人類の未来を俯瞰する『構想博物館』を創設し運営する。人間と社会を見据える旅を重ね『旅と構想』など複数著す。

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