【特集No.347】割烹の宿 美鈴 段階的に宿泊単価10倍に上昇
2013年8月1日(木) 配信

高品質のおもてなしサービスを提供することで、お客様の強い支持を得て集客している宿がある。なぜ、支持されるのか、その理由を探っていく「いい旅館にしよう!」プロジェクトのシリーズ第14弾は、三大民宿の一つとしても名高い「割烹の宿 美鈴」の主人・中野博樹氏が登場。工学博士で、サービス産業革新推進機構代表理事の内藤耕氏との対談で、“陸の孤島”とまで言われた三重県・紀伊長島の僻地で、宿泊料金を10倍にまで高めた料理などについて語り合った。
【増田 剛】
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内藤:1泊2500円からスタートした宿泊料金が約40年かけて約10倍になった「割烹の宿 美鈴」。宿のスタートはどのようなものでしたか。
中野:もともとは民宿を経営する予定ではありませんでした。名古屋の大学を卒業して、高校教師や水泳のコーチなどの道もあったのですが、大学時代に結婚した妻との間に子供が生まれたこともあり、地元の漁業組合長をやっていた漁師の父の跡を継ぐことを決意しました。
当時、最盛期だった養殖業でしたが、将来を考えると、漁師の仕事だけで子供たちを学校に行かせるのは難しいだろうと思い、漁師という生業を利用した民宿をやろうと思いました。ただ、当たり前の民宿をやっても面白くないので、私は名古屋の老舗料亭「か茂免(かもめ)」で4年間、板場の修業をしました。27歳になった1974年に、鉄筋コンクリート建ての7部屋の民宿としてスタートしました。宿泊料金は1泊2500円でした。
最初の宿は工務店の言われるままに建てたので、洗面所や風呂の位置も納得できず、11年後の1985年に、和と洋を組み合わせた当時としては洒落た6部屋の民宿にリニューアルしました。さらに、2005年に現在の数寄屋風の宿に改築しました。リニューアル当時は5部屋でしたが、今はさらに1部屋減らして4部屋です。
部屋数を減らしましたが売上高は変わらないので、人件費も、材料費のロスも減った分、結果的に純利益は上がりました。パートさんを雇いたくても簡単には見つからない環境なので、私たちの身体も楽になりました。客室を減らした理由の一つに女房の負担を少なくさせてあげたいというのがありました。
余った時間で手作りのお菓子を作ったり、野の花を摘んで飾ったりしています。
私たち夫婦と、宿を継ぐために地元に戻ってきた息子夫婦の家族だけでお客様を受け入れられるのは、4部屋15人で限界です。
内藤:客室もきれいに清掃されていますね。
中野:宿として建物が古くなるのは構わないのですが、ゴミや埃が落ちていることは許されません。私も時間を見つけては掃除機を持って館内を歩き回っています。最終的には妻がしっかりと客室を点検しています。
内藤:美鈴は、段階的に宿泊料金を上げて来られました。
中野:民宿にして11年目の1985年に最初に建て替えたときに、料金を8千円コースから2万円コースまでに設定しました。05年に改装したときには、8千円のコースをなくし、1万円コースから2万円コースまでとしました。その1年後には風呂を改装して今度は1万円コースをなくし、1万2千円と1万5千円、1万8千円、2万円の4コースにしました。
数年前には1万2千円コースを切りました。そして1万5千円、1万8千円、2万円コースに加え、昨年から2万3千円のコースを新たに作りました。
内藤:経営者としてまず客室数を減らし、そこから宿泊料金を上げることに勇気と決断が必要だったのではないですか。
中野:実は、むしろお客様の方から「この料金でこの料理を出しては採算が合わないだろう」と言われていたこともありました。最上プランの2万円コースは20年以上変わらずにやってきましたので、8千円、1万円、1万2千円といった一番安いコースが1カ月に2―3人のお客様しか予約がなくなった時点で、段階的に切ってきただけです。現在では、最も安い1万5千円コースのお客様が一番少なくなっています。最ボリュームゾーンは2万円のコースです。関東から来られるお客様は2万3千円のコースが多いですね。
2万円のコースであれば、常連さんには好きなように料理を提供できます。するとお客様から「料金をもう少し上げてくれ」などと言われますが、こちらとしてもある程度の採算が取れますので「大丈夫ですよ」とお答えすると、今度は新しいお客様を紹介してくれるのです。
内藤:今の料金設定が完成形ですか。
中野:部屋にバス・トイレが付いていれば別ですが、それらが共有の民宿という形態を考えると、この辺りが妥当だと認識しています。
内藤:40年近くかけて、長期的に現在のかたちにされたのですね。宿泊料金を上げていくというのは当初から考えていたのですか。
中野:そうですね。当時は親父が漁師として現役だったので、魚もタダみたいなものでしたが、さすがに1泊2500円では経営できないので、最初から料金を上げることは考えていました。
内藤:多くの旅館は「宿泊単価を上げたい」と思っていながら、「値下げをしない努力」で精一杯です。宿泊料金を上げるときに一番気を遣われたことは、何だったのですか。
中野:うちの場合は、「食材がかかった分だけ請求してくれ」というお客様も随分いらっしゃいました。2万円コースも20数年前からあったので、値段を上げたのではなく、物価や時代の流れを見ながら、下の価格を切っていったのです。
気を遣った部分では、いきなりではなく、最初は「季節限定」というかたちでお客様の様子を見ながら決断をしました。
内藤:料理は漁師風ではなく、「1品出し」の懐石料理風ですね。料理はどういうところにこだわっているのですか。
中野:地元の熊野灘で獲れた新鮮な海の幸がメインですが、今は息子が中心になって新鮮な野菜にも力を入れています。息子の友人が米や野菜を作っているので、収穫時期が来れば、息子が畑に行って玉ねぎやニンジンを仕入れてきます。
民宿といえば舟盛料理や活造りなどをイメージされるかもしれませんが、料亭で修業した身としては、注文されてもお出ししていません。リピーターのお客様が多いので、ヤドカリや自家製カラスミなどのメイン料理は変えませんが、素材を少し変えています。料理人のお客様も多いですね。完全な懐石料理ならば都会でいくらでも食べられます。私たちが提供しているのは、田舎の「民宿風懐石料理」です。食材はその日にならないと分からないので、うちにはメニューはありません。
内藤:メニューを決めてしまうと、無理をしてでもベストではない状態の食材も仕入れなければならない。そうすると、結局「台風が来るから」などの理由から多めに仕入れてしまう。メニューを食材で入れ替えていくというのはロスがないですよね。
中野:数日先の天候などを考えながら、干物や焼き物も工夫します。ただ塩をまぶすだけでなく、4―5時間、日に当てるだけで全然味が変わってきますので、そのあたりも加減しています。海女さんとも仲良しですし、「こんなの獲れたけど、どう?」と漁師から電話がかかって来ることもあり、市場を通さずに買うことも多いです。
内藤:旬のものを美味く、安く買うことができるのが強みですね。宿の横にカラスミ工場もあります。
中野:冬の閑散期の収益力を強化するために2003年に工場を作りました。カラスミはでき立てが美味しいという人もいますが、1年くらい凍結して寝かしておいた方が塩が練れてきて美味しくなります。
内藤:客層も変わられたのではないですか。
中野:2時間かけて「1品出し」の懐石料理風の料理をお座敷で提供するようになったため、我慢できないお子さんが走り回って他のお客様との間でトラブルになったため、貸切客は別にして、小学生以下のお子さんを受けることをやめました。お客様が減る不安もありましたが、逆に静かさを求められるお客様に支持をいただけるようになりました。また、カラオケを導入したこともありましたが、料理がなかなか進まないので、窓から全部投げ捨てました。忘年会、新年会のお客様は一切入りませんでしたが、食事を楽しみに静かに過ごしたいというお客様からの予約がたくさん入るようになりました。
内藤:布団も捨てられていますよね。
中野:封も切っていない、いい布団でしたが近所の人に全部あげたり、処分しました。布団があればどうしてもお客様を受け入れてしまいます。私たちの手に負えない、20枚を超える布団は置かないようにしました。
内藤:今後、宿をどのようにしていく予定ですか。以前伺ったときに、「3部屋に減らす」ということもおっしゃっていましたが。
中野:息子たちが戻って来なかったら、最終的には女房と2人で2部屋だけで経営していこうと話していましたが、息子たちが帰って来ましたので、いずれは彼らに任せたいと思います。ただ、「美鈴を引き継ぎたいのであれば、私の料理を引き継げ」と言っています。「代が変わると料理も変わった」と言われることが一番怖い。「一からお客様を探さなければならなくなるぞ」と息子には強く言っています。1品、2品を変えるのは構わないのですが、すべてを変えて、都会でも食べられる料理を出しては意味がありません。「東京や大阪で食べられないものをこんな田舎までわざわざ食べに来てくれているんやから」と言い聞かせています。鮮度がいいから来てくれているのであって、こんな漁師町でフランス料理なんかを出しても仕方ないのです。
世間でいう高級な食材を食べたければ、世界中の食材がそろう東京の築地に行けばいい。築地にないものが田舎にはたくさんある。それを利用し、メイン料理に持ってくればいいのです。高級マグロやヒラメは東京でいくらでも食べられます。それよりも「いいイワシが入った」と言った方がお客様には喜ばれるのです。
内藤:都会では食べられないけど、ここでは食べられるもの。かといって漁師料理でもないというのが美鈴の料理の特徴ですね。
中野:技に驕ってはいけませんし、素材の鮮度に寄りかかってもいけません。
うちのような宿は全国にたくさんありますが、「どうやって来てもらうか」というところが一番難しいですね。一度来てもらえれば、口伝てなどで紹介してもらえますが、まず、来ていただくまでが民宿の経営者の仕事なんです。今では関西から5割、首都圏から3割近くのお客様が訪れていただけるようになりました。フランスなど海外のお客様もよく来られます。



