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【特集No.336】ホテルナンカイ倉敷 居心地の良い空気づくり

2013年4月1日(月) 配信

 高品質のおもてなしサービスを提供することで、お客様の強い支持を得て集客している旅館がある。なぜ支持されるのか、その理由を探っていく「いい旅館にしよう!」プロジェクトのシリーズ第11弾は、岡山県倉敷市水島でビジネスホテルを経営する田中安彦社長と、田中正子支配人が登場。工学博士で、「サービス産業生産性革新」を専門とする内藤耕氏との対談(1月29日)で、立地条件や客層など、さまざまな特殊要因があるなかで、ニーズに合ったビジネスホテルに変化していった過程を探った。

【増田 剛】

 田中(社長):この地は、もともと父が市役所を辞めて、まったくの素人なのに割烹旅館南海という料亭を経営していた場所です。水島地区は昭和30年代後半に埋め立てを行い、企業を誘致し大規模な工業地帯となりました。ちょうどそのころ、1957(昭和32)年に企業の接待として使われるような料理屋を開業し、のちに宿泊もできる施設へと改修しました。68年に割烹料理屋、78年には居酒屋もオープンしましたが、本元の割烹旅館南海は、接待として利用する法人需要の減少により1988年に廃業し、現在も経営している。2つの料理屋に集約しました。

 田中(支配人):割烹旅館南海は客単価は9千円―1万円と高めで、私は結婚してすぐのころ、着物を着て少し手伝っていました。

 内藤:割烹旅館を廃業したのち、土地の有効活用のために95年に客室数111室のビジネスホテル「ホテルナンカイ倉敷」としてオープンされました。

 田中(社長):私たちはホテル経営の経験がまったくない素人でした。開業前に研修も経験していません。でも今から考えると、先入観のない素人から始めて良かったと思います。当時私は37歳で、妻の支配人は35歳でした。

 田中(支配人):オープンした95年は阪神・淡路大震災が起こった年で、開業した1月9日の直後に地震が発生しました。ただ、オープン直後で稼働率も低かったので震災の影響は大きなものではありませんでした。

 田中(社長):1月、2月は予約がほとんど入りませんでしたが、「トレーニング期間」と前向きに捉えていました。4月以降ようやく稼働率が上がっていきました。

 内藤:開業当時は「こういうホテルにしたい」という理想やビジョンはあったのですか。

 田中(支配人):とにかく無我夢中で、来て下さった目の前のお客様に「喜んでいただきたい」という気持ちだけでした。若い経営者である私たちも、スタッフもほとんど未経験で、ホテルとしてかたちを成すのかどうかが心配でした。何かの理想を目指すというよりも、「お客様に安心してお休みいただける」ことだけを考えました。

 ――稼働率は4月から大きく上がっていったのですか。

 田中(社長):水島は特殊な地域で、コンビナートの定期修理が年に2―3カ月あります。毎年春と秋の定期修理の時期には、全国から技術系の方が来て1カ月くらい滞在されます。
 最初の1年はとにかくお客様によく怒られました。「ビジネスホテルなので、そこまでのサービスはできない」と断ったためにお客様とケンカになったこともありました。その積み重ねが今のホテルナンカイ倉敷のかたちになったと思います。

 内藤:具体的にはどのような要望があったのですか。

 田中(社長):「客室の冷蔵庫に氷を入れておいてくれ」と言われたり、部屋からレストランに降りて来たお客様に「自分の席が確保されていない」と怒鳴られたり。今はどのような要望も受け入れていますが、最初は無茶な要求を拒否していました。でも、次第に「それではいけない」と思い、お客様との関係の中で、現在のサービスのかたちに育てられたのだと思います。

 田中(支配人):長期滞在のお客様は生活の場をこちらに移される方もいます。長ければ1年間滞在されるお客様もいます。そうするとお客様と一緒に生活しているような感覚になります。朝は「お早うございます」、夜は「おやすみなさい」と声を掛けます。ビジネスホテルなのですが、家族的な下宿のような感覚ですね。お客様にとっては「もう一つの家」という感覚でしょうか。今は「居心地がいいね」という言葉をいただくことも増えてきました。

 内藤:工場から出迎えの人がホテルに立ち寄ると、その方たちにもお茶を出していますね。

 田中(社長):最初のころは「お金がかからず、継続できるサービスをしよう」とよく話していました。それがお茶出しとお見送りでした。

 田中(支配人):開業から継続しているのは、お客様が朝お出かけになるときにホテルの外まで出てお見送りをすることと、ロビーのソファーに座られたときに、こぶ茶や麦茶を出すことです。朝はコーヒーやジュースもお出ししています。

 田中(社長):私たちはまったくの素人でやっていたので、お客様を怒らせることが多々ありましたが、「とにかくお帰りのときには笑顔で帰ってもらおうね」と話していました。支配人がお客様に対して常に「何かありませんでしたか?」と声を掛けていました。

 田中(支配人):お客様が、何か不満があるのでしたら先に聞いてさしあげようという考えでいました。お客様も私たちに先に言われると、「ああ、気づいとったんか」と気持ちが和み、こちらがそれ以上のことをしてあげると逆に喜んで下さるということが多かったですね。そういう意味ではアンテナを常に高く張り巡らせています。お客様から、たまに「痒くないところまで手が届く」と言われることもあり、少々おせっかいな面があるのかもしれません。

 内藤:ずっと割烹をやられていたので、料理に関してはほかのビジネスホテルとの差別化は考えていましたか。

 田中(支配人):長期の出張のお客様は「晩ごはん」として召し上がる方が多いので、主婦の手料理、つまり“おふくろの味”で、きんぴらやおから、ひじき、煮物などの手作りの料理をお出ししています。メインが選べる定食など数種類の定食を用意しているほか、ビールとのセットメニューや居酒屋の一品料理などもお出ししています。

 内藤:ホテル側としては料理を提供するときに、どうしても「豪華なものを出した方がいいのではないか」と考えがちですが、家庭料理にした方がいいと考えられたのはどのような理由からですか。95年ごろは、ビジネスホテルで家庭料理という発想は一般的ではなかったのではないでしょうか。

 田中(社長):当時はビジネスホテルにレストランを入れるところが多かったのですが、大体宿泊客の1割程度しか利用しない。私たちのホテルでは、1泊のお客様の場合にはどこからかお誘いがあって、倉敷や水島の繁華街に食べに行くケースが多いですが、長期滞在のお客様にとってはホテルの周りには食堂など何もない環境ですので、だったら「いつも食べている家庭料理を安く提供しよう」と思いました。食事で利益を上げようとは考えてなく、私たちの食事を気に入ってくださったお客様に泊まっていただければいいという考え方です。

 田中(支配人):長期滞在のお客様は昼間働き、毎晩遅く疲れて戻られるので安くて親しみやすい料理の方がいいのではないかと思いました。出張続きだと、どうしても野菜不足になりがちで、ご本人も、ご家族の方も健康を気づかうなかでお惣菜などを求める声が多かったですね。品数や種類も少しずつ増えています。病気のお客様には、メニューにはないのですが、雑炊やお粥を客室に持っていってあげたりもしています。

 内藤:家庭料理をホテルで出すのは一番難しいですよね。ホテルで家庭料理を提供するとなると、どうしても肩に力が入ってしまいがちです。

 田中(社長):きんぴらをささがきにするのもすべて手作りで、家庭と違って量がものすごいですから、厨房スタッフも「お惣菜を作るのが一番大変だ」と言っていますね。

 田中(支配人):朝食に出すお惣菜もすぐになくなってしまいます。作るのはものすごく時間がかかりますが、なくなるのは一瞬です。

 田中(社長):おそらく水島という特殊な地域の客層だからこそ生き残れる独特のやり方を私たちは覚えてきただけで、これがどこか他の場所に出したからといって受け入れてもらえるかはわからないと思います。

 内藤:長期滞在が多いとか、技術系の職人が多いなど、たしかに特殊要因はありますね。しかし、どの宿にも特殊要因はあり、その「特殊要因に合った宿」にできるかどうかが勝負の分かれ目になるわけです。

 田中(社長):その意味では、私たちはたしかに水島工業地帯という特殊要因に対して精一杯柔軟に対応してきました。

 ――料理ではどのようなところに気をつかわれていますか。

 田中(支配人):たとえば、ナスがお皿に残っていたりしたら、「ナスがお嫌いでしたか?」とすぐにお聞きし、次回からは別のものに変えてお出しします。バイキングだと嫌いなものは手を付けなくてもいいですが、うちでは決まったものしかお出しできないので、嫌いなものがあれば違うものに変えてあげたいと思うのです。また、ご飯とお味噌汁はしっかりと召し上がっていただきたいので、おかわり自由にしています。
 若いスタッフもお客様をよく見ているので色々なことに気づいてくれます。フロントスタッフは全員が正社員で、お客様も、いつも同じスタッフがいる方が安心されます。

 内藤:スタッフとお客が会話し、交流することで喜んでもらえる一方、宿としてはお客様の情報が得られ、より深く理解できるメリットがありますね。

 田中(社長):そうですね。お客様と会話できる機会は大きなチャンスだと捉えています。冬の時期は朝、フロントガラスが凍った車にお湯を掛けると、仕事に急がれるお客様にすごく喜ばれます。そのときにも少し会話ができます。
 旅館などでは玄関前でお見送りをされることがありますが、日常の意識の強いビジネスホテルから職場に向かうタクシーや車に向かって、スタッフが笑顔で見えなくなるまでお見送りをすると本当に喜ばれ、感動されます。そして嫌いな食べ物を、好きな物に変えてもらえたらうれしいと感じていただけるのです。

 田中(支配人):「お仕着せ」は嫌いなんです。お客様が嫌いなものを一方的に出して、嫌いなものがそのまま残って戻って来るのは本当に申し訳ないと思うんです。ごはんの量もお客様に合わせたかたちでお出ししたいので、お客様の好みなどはレストランホールスタッフからすべて私やフロントスタッフに伝わり、すぐにデータベースとして、フロントにも調理場にも伝わるように情報を共有しています。
 長期滞在されるお客様の中には最後に奥様を呼んで宿泊され、周辺を観光して帰られることも多いですね。奥様から「主人がホテルの食事でお野菜もきっちりと取れる」と感謝されることもあります。最近はインターネットの関係で、家族連れのお客様も増えてきています。

 田中(社長):食事はできるだけ相席にはならないように心がけています。でも、大規模な定期修理のときは朝の7時ごろは社員食堂のように混み合います。朝食のときにはフロントのスタッフも全員で手伝います。

 内藤:カウンター横でシャンプーも貸出していますね。

 田中(支配人):最初は入浴剤などを置いていたのですが、お客様が喜ばれたので、シャンプーや他のアメニティをたくさん置くようになりました。最近の若い男性はおしゃれで、男性用ではなく、あえて女性用の化粧水(乳液)や洗顔フォームを持っていかれる方もいらっしゃいます。

 ――ホームページを作られたのは最近のことだと聞きました。

 田中(支配人):2008年12月からです。これもお客様から言われて始めました。それまでは電話で受けていました。

 内藤:ホームページを作る前はお客様はどうしてこのホテルを知ったのですか。

 田中(支配人):インターネットの口コミではなく、それこそ昔ながらの口コミです。広告宣伝もしていなかったので、お客様が同僚などに「良かったよ」と伝えてくださる宣伝マンになってくださっていたようです。「タクシーの運転手さんが『ここはいいよ』と言っていたから来た」というお客様もいました。

 内藤:広告宣伝に力を入れる施設もありますが、ホテルナンカイ倉敷では「来ていただけるお客様に全力を尽くすのがベスト」だという考え方ですね。

 田中(社長):うちのような小さなホテルが大手チェーンのように知名度を上げようと、どれだけ多くの広告宣伝費を使っても無理です。

 内藤:ハード面はどうですか。

 田中(支配人):施設自体を大がかりに変えることはできませんが、浴室は瞬時にシャワーの温度調整をできるようにしたり、部屋のコンセントの数を増やしたり、すぐ沸くポットを入れたり、こまごましたところでお客様が少しでも快適に過ごせるように改善していっています。お客様アンケートでは、客室の評価は「普通」が一番多いですね。ですから、そのほかの部分で満足してもらえるように、サービスと食事の部分を特化していきたいと思っています。 私たちが目指しているのは「なんかこのホテル居心地がいいね」と言われることです。お客様が「ここは空気がいいよね」と施設ではなく、空気を褒めてくださったことがとてもうれしかったです。

 田中(社長):どんな店でも、特別何かがあるわけでもなく、新しいわけでもないのに、なぜか居心地の良い空気の店ってありますよね。そういうホテルでありたいと思っています。

 内藤:どの施設でもそうですが、日々清掃をしていると、いつまでも清潔な状態を維持できる。ホテルにとって清潔であることは極めて重要だと思います。初めてここを訪れたときに、細かいところをきちっと清掃されているなという印象が強かったですね。何か特別すごいことをやっているのではなく、地道に当たり前のことを積み上げているところが、ホテルナンカイ倉敷のすごいところだなと思っています。

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