【特集No.316】 天空の森 - 地域経済の循環を創り出せ
2012年7月21日(土) 配信

高品質のおもてなしサービスを提供することで、お客様の強い支持を得て集客している旅館がある。なぜ支持されるのか。その理由を探っていく「いい旅館にしよう!」プロジェクトのシリーズ第5弾は、鹿児島県霧島市の「天空の森」「忘れの里雅叙苑」「湯治の宿田島本館」のご主人・田島健夫氏が登場。産業技術総合研究所の工学博士・内藤耕氏と、「理想的な宿づくり」へのプロセスや、地域文化産業である旅館のあり方など、観光産業の本質に迫る対談となった。
【増田 剛】
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田島:終戦の年、昭和20年生まれの私の世代は高度経済成長期になると、入学試験も就職試験も定員割れで、受験勉強もなにもしなかったですね。私は次男でしたから、本来宿を継ぐ立場にはありませんでした。中学1年生のときに父親が亡くなり、私自身は寿司屋の小僧になるつもりでしたが、母に大学まで行かせてもらいました。
1968年に東京の大学を卒業後、今後ビジネスをやっていくうえで、その基本である金融を真面目に勉強するつもりで銀行を選びました。
すんなりと地元の銀行に就職しましたが、事務的な作業では「使い物にならない」と判断され、集金係に回されました。当時の霧島は新婚旅行ブームで、そのホテル・旅館の集金を任されたのです。
母が営んでいた湯治宿「田島本館」の数十倍の宿泊料金である大型ホテル旅館の集金をするうちに、「湯治宿なんかやめて、ホテル旅館をやろうよ」と母に言うと、「だったら自分でやりなさい」と言われました。ちょうどそのころ、うちの小さな宿が台風で流され激甚災害に指定されました。当時で1千万円を借りることができ、雅叙苑を始めたのです。
その大金1千万円で新婚さんが来るような宿を建てたのですが、まったくお客様は訪れず、結局、九州電力の工事現場の飯場となってしまいました。
その工事すらあと3年しか続かないということで途方に暮れていましたが、でも、どうせ駄目になるのなら、3年の間に「理想的なものをつくりたい」と思ったのです。
それから、「なぜお客様が来ない」「旅館とはなんだろう」と日々悩み続けるなかで、「サービスは人によって異なる」ということを学んでいきました。飯場として利用されるお客様は、安くてお腹一杯ご飯が食べられ、焼酎が飲めたり、洗濯をしてくれることが、彼らにとって最高のサービスなんですね。一方、新婚旅行のお客様は、部屋にお風呂とトイレがあって設備が豪華なことが高い品質なのです。そこで、いい品質やサービスというのはゲストによって違うということが分かってきました。
その当時鹿児島空港ができ、若い人の多くはふるさとを捨て、東京や大阪など大都市に出て行きました。そのような状況で、私の宿にお客様が来る理由を考えると、「ふるさとが恋しくなって帰って来る人ではないか」と考えました。一方、その人たちが宿を訪れるという未来のビジョンが実現するまでの間、どう経営していけばいいかという現実の問題もありました。この2つを結びつけなければ私の未来はないわけです。そこで、ありとあらゆる知恵を働かせましたがなかなか答えがでません。ヒットしている旅館の経営者に話を聞くのも方策だろうと思い、同業者に話を聞きに行くのですが、「料理やビールを1品付けるから泊まってほしい」というようなテクニックの話ばかり。私は何か納得がいかず、観光ってなんだろうと、観光や消費、利益などの語源を調べていきながら、また本質を考え始めたのです。それからは辞書が私の先生になりました。そのころから私独特の哲学のようなものが出てくるのですが……。
ヨーロッパなどをみても、古いものがたくさん残っているのに、日本はスクラップ&ビルドで、ホテルという名の旅館に変わっていきましたが、私はふるさとを捨てて都会に出て行った人たちがきっと戻って来る。そのときには必ず「ルーツを探す」と確信を持っていました。そういう日はそう遠くないだろうと。そのときまでに鹿児島の集落風景、山村風景をつくることが私のビジョンとして浮かび上がってきたのです。
フランスに行けば、フランス語が交わされるカフェの雰囲気の中に溶け込もうとします。私たちは来られたお客様に、地元の歴史や風土などを感じられるような風景をつくっているのです。ブータンに行けばブータン、ハワイに行けばハワイの風景がありますが、私たちは鹿児島の風景をつくり、生活文化を忠実に再現しているのです。これが私が考える観光産業だと思います。老若男女皆がその風景になり、雰囲気をつくりだし、その生活スタイルが観光資源になる。「素材」と「資源」は別です。「素材」をお客様が必要とするものに変換できたり、つなげられたりしたときに「資源」となるわけです。だから雅叙苑では梅の時期になると、皆で梅をちぎりそれを塩漬けし、梅干しを干す風景をゲストは目にします。でもそれは私たちが日常行っているいつもと変わらぬ風景なのです。
内藤:地元の日常が非地元民の非日常になっていく。多くの人がそれを求めて行くということを、昭和40年代に気づかれて、先に手を打たれたところは素晴らしいと思います。
田島:観光産業は地域文化産業なのに、今の旅館のスタイルは今後も必要なのかというのが大きな問題だと思います。つまり、「ホテルや旅館が栄えて地元が滅びる」スタイルです。有名な旅館やホテルに多くの観光客が来たからといって、地元の農家や漁業の経済は成長しているでしょうか?
旅館は、パソコンで世界中から安い食材を探し出す。円高ですから、海外から半値で輸入できる。そのことによって地元の業者が潰れていく。この国で観光産業が本当に大切な社会になっているにも関わらずです。
地域文化産業である観光産業と、カラオケを歌ったりする娯楽産業との定義の違いを根本の部分で取り違えたのかもしれないですね。日本文化を確実に守り切ることができれば、永遠に観光客が訪れ続けるだろうと思います。日本人の人口は今後減り続けるなかで、主要なマーケットはボーダーレス化する海外だと思います。ただ、現在日本を訪れる外国人の主な目的はショッピングですね。アウトレットモールなどでのショッピングを「ソフト観光」という方もいますが、いずれ韓国や中国など安い方に流れていくと思います。
内藤:同じであれば価格競争になってしまう。歴史、風土、生活文化は移動できないので「オンリーワン」となり、価格競争から回避できる。その方が経営的にもいいと思うんですね。
田島:そうです。今まだホテル旅館が余力があるうちに、どこか別なところでもいいから本質的な観光の施設をつくっていくべきでしょうね。「雅叙苑」と「田島本館」は文化産業。「天空の森」は文明産業なんです。そこでカテゴリーは別なんですね。田島本館や雅叙苑は過去の日本の歴史の再現と伝承ですが、天空の森は疲れ果てた人たちを、本質的に人に戻す場所、つまり「心療内科」のようなものです。人の気配がしない環境を求められる天空の森では稼働率は上がるより、低い方がいいんです。
内藤:天空の森に行くと本当に気持ちいいですね。すべてのものが剥がされ、人間の素に戻っていくことができる空間です。これは、今までの旅館業がつくり得なかった大きな価値だと感じました。
天空の森や雅叙苑のスタッフの話を聞いて面白いのは、「1回来てくれるとあとはリピートしてくれる」ということ。リピートしてもらうためにどこの宿も努力しているのですが、むしろ1回来てもらう新規のお客さんの方が大変という。そして、田島社長の特徴は、いきなり大きくつくるのではなく、つくりながら考えること。考えながら経営していくという姿勢を繰り返されています。いきなり理想的な大きなものをつくろうとすると、結果的に上手くいかないことが多いのですが、少しずつ理想の状態に近づけていく改善活動の積み重ねが完成度を高めているのではないかと思います。
内藤:旅館には色々な価値があると思うのです。料理や温泉、施設だというところもある。雅叙苑は文化、風土、歴史みたいなものが非常に大きな価値として提供されています。天空の森は人間の原点に戻っていくという雰囲気が大きな商品価値として提供されています。では、それぞれの旅館は何を提供しているのか。すべて同じことをやっても競争になるだけなので、料理なら料理を徹底的にやっていくべきです。
田島:雅叙苑は連泊客を別にして、基本的にメニューを替えません。お客様は、おそらく前回食べた料理が美味しかったから来ているわけで、もし他のものが食べたければ他の店や宿に行けばいいのですから。年に何回か、あの料理を食べたいと思うからこそ遠くから来て下さるのです。
ビジネスホテルは昔の商人宿ですが、旅館は地域文化産業。旅館は「泊食分離」というのは絶対にありえません。1泊2食というのが基本ベースなんですよ。地方文化というのはそれにご挨拶の仕方、お茶の出し方、お話の仕方というものがプラスアルファで付いているんです。それが旅館文化なのです。
内藤:有名旅館の卵焼きにしても、コンビニ弁当のような工場で作った卵焼きが出てきます。サラダドレッシングもどこかのメーカーの商品をそのまま出されたり。そうではなくて、自分たちの味を作っていくという努力をもっとしていかなければいけない部分があると思いますね。中途半端な、間違った方向のコスト削減をやられている宿があるのは残念ですね。「労働集約型産業は駄目だ」という主張も多いですが、人的サービスは最大の価値です。自動販売機よりも人間が手で持っていったほうが価値は高いのですから。
田島:地方にあり余っているのは労働力です。
内藤:モノは買った瞬間から悪くなっていくけど、人は雇った瞬間から良くなっていく。機械は一つのことしかできないが、人間は無限の可能性がある。そういう意味で労働集約性を高めていくことも一つの効率化に成り得ると思います。
田島:雅叙苑には心配りと気配りがある。「ここには視線を感じない。まなざしを感じる」とお客様におっしゃっていただいたときはうれしかったですね。
内藤:雅叙苑や天空の森は農園や養鶏場を持って素材を自分たちで生み出し料理をつくっています。
ふつうはどこかから買って来るのですが、買ってくる値段の中に作っている人たちの人件費が入っているのです。人を減らすと一見コストダウンのように見えても、ただ単に人件費を外に払っているのにすぎない。地元の人を雇うことによって地域のお金が外に流出することを減らしているのが大きな特徴ですね。
田島:多くの旅館経営者はコストを下げることに必死になっていますが、コストは利益を出すためのツールです。コストは削ってはいけません。コストは利益を上げるためにあるので、そこに頭脳が必要になってくるのです。どこかに殖産興業の時代の回路が残っており、「安いところから材料を持って来て加工費を下げるしかない。安い所から安い物を持って来てやるしかない」というのが経済の原則だと思い込んでいるのではないでしょうか。サービス産業と製造業は別だと考えなければならないと思いますが。
それと、天空の森をつくろうと思ったのは、雅叙苑を次々につくっていくなかで、後ろを振り向くと同じような施設が全国あちこちにできていた。観光業はコピー産業なんですね。それで真似ができないように、広い敷地の中で都市国家を作ろうと考えました。一つひとつの切り取ったものはコピーができるかもしれないが、全体はつくれない。
もう一つは、阪神淡路大震災が起こった時に、神戸でたくさん物を買っていた人たちがなぜか雅叙苑に訪れました。「豊かさ」と「幸せ」の違いに初めて気づいたという人がたくさんいました。
私にとってリゾートの定義は「人間性の回復」としかいいようがありません。天空の森は「人間性の回復」なのです。1泊2人で40万円を5連泊される方も多いのです。自然との共生などが欧州の方々にはアフリカ的だとも言われたりします。人間も自然の中の一つであるということです。建物も私が自分でつくると自然に調和してくるのです。デザイナーに頼むと建物が目立ってくるのですが、目立つと疲れます。
不快害虫が出るので木の葉を集めると今度それが腐葉土に生まれ変わる。これが有機肥料になり、そこで育て余った野菜は薩摩鶏に食べされるという循環ができています。その間に土は大地に馴染んだ土となるからお客様は「ここで食べる野菜は大地の味がして美味しい」といわれます。
この循環が始まると、畑を作るのは私1人ではどうしようもないので、村の人たちに耕してもらい給料を払います。これによって地域の生活文化が馴染んできて、旅館と地域とのつながりができてきます。これが本来の観光の地域内循環です。観光産業とは、地域内クローズ経済システムなのです。雅叙苑の周辺の人たちがお客様に親切なのは、自分たちがお客様に関わっているから。そこの宿屋で自分たちのつくったお米やお味噌も使ってもらっているから自然に「ありがとうございます」という姿勢になる。その循環を創り出すのが旅館業の役割なのです。観光は文化産業ですから、「保護する開発」だと私は思っています。日本文化をずっと守り、次の世代につなぐというのが私の役割だと考えています。
人間が都会で生活する中で一番衰えるのは嗅覚です。「ほら、春の香りがするでしょう」と言っても、「僕たちにはわからない」と答える。365日エアコンディショナーの空気清浄機の中にいるから、野菜の食べ頃の匂いなどはわからない。五感を失った人たちが雅叙苑に来ると朝ごはんを食べるときに、まな板の上で包丁の音がしたり、薪の割る音などがして美味しく感じるのではないでしょうか。雅叙苑には料理の鉄人がつくった豪華な料理はありませんが、御馳走はあります。
今天空の森の敷地の中に川を作っているんですね。プライベートリバーを。得も言われぬ美しさで、そこで読書をするために、そこでエステをするために、お客様はお金を払ってきてくれます。「この匂いがお野菜の一番美味しい匂いですよ」「もう雨が降りますよ」と言ってお客様がその香りに気がついたとき、感動が始まるのです。五感を取り戻すのが私たちの仕事なんです。
観光は「地の果て産業」と呼ばれています。製造業の工場を作るには狭すぎる。何か作ろうとすると硫黄が出て腐る。作物を作るには土壌が悪い。平地がない。そういうところにしか観光は成り立たない。そこに少しの田や畑で取れるソバ粉をソバにして観光客に食べてもらうことで、少しの畑で採れたソバが「ここの名物」となり、経済的にメリットを生み出すのです。観光は安いものをどこかから持ってくるのではなく、そこでしか採れないものを提供するものだと思います。そうするとそこの段々畑も美しいものに見え、利益を生みだしていく。北海道の観光と沖縄の観光は本質的にまったく違う。観光は絶対に競争しないはずなのです。私は観光の最大のポイントは緯度にあると思っています。これによって気候、風土が違ってきます。そこでの暮らし方が違ってきます。だから東北や箱根、熊本の黒川温泉などと、私たち鹿児島の宿屋が競合するはずがないんです。
内藤:田島社長の話を聞いてはっきりと分かったのですが、旅館は競争しなくてもいいのに競争してしまっているのですね。
田島:「欲しいものをあげればいいのに」と思います。お客様が必要としているものはたくさんあります。
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