test

【特集No.311】一の湯グループ - 「人時生産制」で経営効率化

2012年6月1日(金) 配信

 お客様の強い支持を得て集客している旅館は、従業員の職場環境を整え、お客様に真摯に向かい合える仕組みができているのが特徴だ。「いい旅館にしよう!」プロジェクトのシリーズ第4弾は、神奈川県・箱根を中心に8軒のグループ旅館を展開している「一の湯」の小川晴也社長と、産業技術総合研究所の工学博士・内藤耕氏が対談。従業員1人が1時間に稼ぐ粗利益を示す「人時生産性」(にんじせいさんせい)を用いて、バックヤードの効率化をはかった成功例について語り合った。

【増田 剛】

 小川:1630年に本館のある箱根・塔ノ沢で宿屋がスタートして、私は15代目となります。塔ノ沢は箱根七湯に続く湯本から次の温泉地で、主に湯治客が来ていました。箱根では湯本の萬翠楼福住(1625年創業)に次いで2番目に古い宿です。
 私は1971年に大学卒業後、7年半の間会社勤めし、78年に宿に帰ってきました。14代目の父がまだ元気で、80年代半ばになって経営を引き継ぎました。当時、塔ノ沢は10軒の旅館があったのですが、すべて規模は小さくて、大型旅館を羨ましく思っていました。
 74年には本館(22室)のほかに、父が「別館」と称して「ホテル一の湯」を建てました。フランス料理を出す19室の洋館でしたがまったく上手くいかず、返済も覚束ないほどの危機に瀕しました。私が宿に帰ってきたのはちょうどその頃で、一番大変な時期でした。最初はこの「ホテル一の湯」を担当しましたが、そのときに腐り切った状態をすべて経験しました。お客様は一切来ないし、スタッフのやる気はまったくない滅茶苦茶な状態でした。しかし、何かを変えなければならないと思い、商品づくりの努力などをしながら、80年ごろに人員を一新し再スタートしました。「ホテル一の湯」の名前を「キャトルセゾン」に変え、料理はヌーベルキュイジーヌを提供しました。ある程度人気が出たものの、経営的には厳しかった。
 そのとき、たまたま長野でホテルを経営していた友人が勉強会に誘ってくれたのです。そこでは主にスーパーマーケットの経営者が勉強していました。色々なことを座学で習い、見学にも行きました。勉強すればするほど現実との差があって、何から手をつけていいか分からなくなりました。勉強会の教えのなかに「マネジメントをきっちりとやる」というのがあり、建て増しをする土地の余裕も、資本力も、人材もそろっていない現状で、手をつけられるのはマネジメントしかないだろうと考えたのです。
 このなかで生産性という部分に着目し、どんどん掘り起こしていくと、最終的に「人時生産性」(従業員1人が1時間に稼ぐ粗利益)に行き当たりました。「粗利益÷延べ労働時間(従業員数×労働時間)」という数式を用いる人時生産性は、一種の評価尺度であり、管理技法でもあります。
 生産性を上げるには、分母である総労働時間の短縮と、分子の粗利益高を良くするという2つの方向しかない。手をつけるポイントが2つに絞れたのです。また、粗利益高を上げるのは、売上高を多くするか、原材料費を安く抑えるかの2つだけ。しかし、売上高をすぐに2倍にしようとしても2軒を4軒にすることはできない。そこで、自分たちの人時生産性を計測したら、1700円という数字が出てきた。一方、ある大手ファミリーレストランは3700円くらいで、なんでこんなに違うのかと思いました。ハンバーグを700円くらいで売っている店と比べ、宿泊料金1万5千円で売っている自分たちの方が絶対に高いはずだと思っていたのに、このような結果が出てショックでした。この1700円という数字をとにかく2倍の3400円にしていこうと、目標を定めました。1週間に1度数字を出しながら、幹部とミーティングをしました。最初は簡単で「来週は今週よりも各自総労働時間を1時間短くしよう」と取り組みました。

 内藤 : 経営者はお金の再投資のことはよく考えるのですが、小川社長は時間の再投資を考えたのですね。

 小川 : そうですね。当時社員が10人、パートが5人程度でしたが、壁には紙に書いた総労働時間短縮の目標を貼ったりもしました。そうすると、料理長が部下に「仕事が終わったら早く帰れ」と言い出すようになりました。それまでは上司が帰るまで皆帰れない雰囲気があって、無駄に待っていることもあったのですが、いつの間にかなくなった。1年くらい続けると、数字が次第に向上していき、総労働時間に関しては1週間で約1千時間だったものが、600時間程度までに抑えることができました。同時に「労働時間を減らしなさい」と指示出したときから、1分単位で残業代を出していました。売上高を増やすには投資が必要ですが、マネジメントをしっかりやることによって、経費のコントロールができ、営業利益が上がるようになりました。

 内藤 : 残業代を払うと人件費が上がるという心配が、多くの経営者には強いですよね。

 小川 : 確かに最初は上がりました。しかし、人時生産性が上がらない限り賞与も出ないことを皆が知っていました。長時間働くのと、短時間で賞与も出る方と、どちらがいいかということが社内全体に浸透していき、ダラダラとタイムカードを押している人は次第に居づらい空気に変わっていきました。

 内藤 : 1分単位で残業代を出すということは、1分単位で仕事を管理するということの裏返しなのです。これは仕事か、休憩なのかを一つひとつ判断できていくのでお互い真剣になっていき、無駄が省けていく。そうすると労働時間が減っていき、人件費も減っていくという好循環に入っていく。だけど、最初に人件費が一瞬上がることを経営者が恐れてしまう。

 小川 : マネジメントをきっちりとやるうちに、労働時間と売上高、仕入高が1週間ごとに分かるようになりました。なかでも仕入高を下げることが一番難しく、システム改革が必要でした。八百屋さんの伝票には単価も書いてなく、会社が把握するのは大変な努力がいりました。ただ、仕入高を削減しようとしても大した影響はないんです。宿というのは、粗利益率が85%くらいはあるものなんです。仕入高はたかだか17―25%。そこで1割がんばってもたかが知れていて、そこの部分の努力は大きな実を結ばない。また、それが納入業者をいじめることになるので、あまりよくない。それよりも分母である総労働時間を下げた方がはるかに影響が大きい。そういうような理屈が最初は分からないけど、やっているうちに次第に分かってくるのです。

 内藤 : 一の湯は、高価格帯が多かった箱根で思い切った安売りも行いました。

 小川 : 勉強会では「安く売らないと、会社が大きくなれない」という考え方が共通認識としてあり、旅館も安く売らなければだめなんじゃないかと先入観念が植え付けられました。それで、1泊2食1万6千円、夏は2万円程度で売っていましたが、バブルの真っ最中の88年10月に「キャトルセゾン」を9800円(税・サ別)にしました。当初は1カ月で止めようと思いましたが、正月もその料金で通していくと、生産性向上への取り組みも加わり、これまで“お荷物”だった「キャトルセゾン」の営業利益が大きく改善されました。94年9月には「一の湯本館」も同水準に値下げしました。ちょうどテレビ取材も来て「箱根の老舗旅館が価格破壊!!」という取り上げられ方をされたこともあって大きな反響がありました。同業者からは「箱根で安売りをやっちゃだめだ」などの批判も凄かったですね。当時の箱根の宿はほとんど2万円台以上でしたが、お客様だって、箱根に来るときに、高級宿に泊まりたい日もあれば、安い宿でいいやという日もあるはずなんです。料金を下げましたが、営業利益は悪くなく、稼働の方は、雪の日も台風の日も空室ゼロが2年半も続きました。そして、キャトルセゾンを担当していた澁谷基之総支配人に「一の湯本館」の改革に着手してもらったのです。

 内藤 : 旅館は「お客様にあれこれやってあげたい」と情緒的な部分が大きいので、サービスをやめていくというのは難しい。そのことが現場に負担をかけていくという流れがあります。旅館に限らずサービス産業全般に当てはまることですが、引き算の経営って難しい。しかし、小川社長は断行されました。

 小川 : 作業というものを根底から考えると面白い。つまり、作業そのものが独立して存在していることってあまりない。モノがあると作業が発生してくる。作業の発生元から取ってしまうといいんです。そういうのを一つひとつ見つけています。トップが「やめていいよ」という許可だけを出し、何をやめるかについては気がついた人から発する方法がいいのではないでしょうか。 

 内藤 : 性悪説の立場からみると、大事なことをやめて現場がサボるのではないかという心配もあるのではないですか。

 小川 : 不思議なんだけど、接客に絡む人はサボらないことがわかりました。私が宿に帰って来た一番ヒドイ状況でも、お客様がいれば、スタッフは一種のプロ意識から、一生懸命対応していました。彼らにとって「サービスをやめろ」という方がきついだろうと思います。

 内藤 : やめたサービスは具体的にどのようなものがありますか。

 小川 : 通常の旅館では客室係が布団を敷きますが、私たちは布団をお客様がいつでも敷けるようにシーツを事前に掛けるなど工夫しています。引っ張り出せばすぐに敷けるので、すごく便利だと思います。もちろん、お客様の要望があればスタッフが敷きます。しかし、入浴後にゴロゴロしたいというお客様も多くて、95%のお客様は自分で好きな時に敷きたいみたいですね。多くの旅館では夕食後まで布団を敷くことはできない。
 現在箱根を中心に8軒あるグループ宿では店舗の中のセクションをなくし、全員がフロントも調理の盛り付けもやっています。狙ってやったのではなく、生産性を上げるために自然にそうなっていきました。調理場もグループのセントラルキッチンで作っています。予約もセンターで受け付けています。経理も、購買もセンターで行っています。下足札をつける人もやめ、銭湯や居酒屋のような下足箱に変えました。客室の冷蔵庫も早くにやめました。冷蔵庫はそのままにして、選択肢が多い自動販売機を入れ市中価格で販売し、好評をいただいています。

 内藤 : これまでは館を大型化するのが旅館の手法でしたが、一の湯グループは小規模な宿を多店舗展開していくやり方ですね。

 小川 : 立地条件などによって大型化できなかったので、多店舗展開は夢でした。箱根に絞り込んで20軒くらいに広げていきたいですね。

※ 詳細は本紙1463号または日経テレコン21でお読みいただけます。   

 

いいね・フォローして最新記事をチェック

PAGE
TOP

旅行新聞ホームページ掲載の記事・写真などのコンテンツ、出版物等の著作物の無断転載を禁じます。