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「街のデッサン(203)」産業観光フォーラムIN半田で出会ったものは 「残雪の中の親子狐」

2018年3月4日(日) 配信

手袋の温もりに、慈悲の心が

 子供のころ、村岡花子の創作童話を母親がよく朗読してくれた。それは彼女が村岡花子のファンであったからで、私は寝しなに聞かされてすぐ眠ってしまったから、あまり覚えていない。しかししばらくしてから手にした新見南吉の童話に、子供ながら衝撃を受けた。「ごん狐」も「うた時計」も心に残ったが、何よりも「手ぶくろを買いに」が響いた。

 森の洞穴で母狐と暮らす子狐。ある日大雪が降って、穴の外に出た子狐が雪に輝く陽の光に当たって、目に何か刺さったと訴える。出だしのその新鮮な表現に、感嘆した。雪の中を走り回る子狐の手を心配した母狐が、街に手袋を買いにやらせる。片方だけ人間の手に化けさせて、「このお手々にちょうどいい手袋下さい」と言わせる。緊張した子狐はもう一方の手を出してしまうが、帽子屋の主人は白銅貨が本物であるかどうかを確かめて、手袋を渡してあげる。ほっとして雪の中を帰っていく子狐、心配して迎えに出ていく母狐、私は子供心にその静かな雪の夜の緊張感に思わず涙が出てしまった。

 村岡花子のたんぽぽや、鈴蘭がテーマの優しい童話にも共感したが、心の底を掴み取るような南吉童話にすっかり傾倒してしまった。

 この1月の末に、知多半島の半田市で「産業観光まちづくりフォーラム」が開かれた。私も呼ばれて、まちづくり大賞の選考講評とシンポジウムのパネラーの役割を担った。進んでフォーラムに参加したのは半田が南吉の生まれ故郷だったからだ。彼の記念館が建っていて、ぜひとも訪れたかった。

 南吉の童話を読み直してみると、「おじいさんのランプ」という作品がある。岩滑(やなべ)新田で生まれた貧しい少年・巳之助(みのすけ)が、長じてランプ屋で成功するが、直ぐに電気が引かれランプ屋の未来は怪しくなる。その事業に拘泥していた巳之助も、考えを改め時代の流れを見極めて、本屋に転身する話であるが、これはフォーラムの主題である産業観光とも、深くかかわるテーマである。私は、大賞の選考講評の前振りで、技術イノベーションと産業遺産のモデルという内容で「おじいさんのランプ」の話をした。イノベーションの連続で産業遺産の大切さが創られる、ということである。

 フォーラムの次の日、「新見南吉記念館」を訪ねた。建物は半分地中に埋められたユニークなもので、珍しく知多半島に降った雪が建物や周りの野原、森に残っていた。その雪の原に、狐の親子が現れはしないかと思いつつ、情熱的に南吉を紹介する山本英夫館長の話に聞き入っていた。

 

(エッセイスト 望月 照彦)

コラムニスト紹介

望月 照彦 氏

エッセイスト 望月 照彦 氏

若き時代、童話創作とコピーライターで糊口を凌ぎ、ベンチャー企業を複数起業した。その数奇な経験を評価され、先達・中村秀一郎先生に多摩大学教授に推薦される。現在、鎌倉極楽寺に、人類の未来を俯瞰する『構想博物館』を創設し運営する。人間と社会を見据える旅を重ね『旅と構想』など複数著す。

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