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富士山が危機的状況へ悪化、山梨県の長崎幸太郎県知事が説明

2023年9月21日
編集部:長谷川 貴人

2023年9月21日(木)配信

富士山5合目は人が多く、人工的景観が目立つ(2023年9月2日午後1時ごろ撮影)

 世界遺産「富士山」は、2013年6月にユネスコ(国際連合教育科学文化機関)の世界文化遺産に登録され、今年10周年を迎えた。以来、国内外から非常に多くの人が押し寄せ、自然環境などに悪影響を及ぼす「オーバーツーリズム」をはじめとした深刻な課題が顕在化し、現状はかつてない危機に見舞われている。コロナ規制が緩和されて観光客が急増し、ますます悪化が懸念されるなか、山梨県の長崎幸太郎知事が9月2日、富士山の現状や取り組みについて説明した。

長崎幸太郎知事

世界遺産登録10周年、本来の「信仰と芸術の源泉」取り戻す

精進湖から見える富士山(山梨県提供)

 日本を代表する霊峰・富士山(標高3776メートル)は、世界文化遺産に「富士山―信仰の対象と芸術の源泉」として登録されている。古代から、日本人の自然に対する信仰のあり方や山岳信仰の対象となった点に加え、富士を描いた絵画を通じて世界に影響を与えるなど、芸術の源泉といえる点も高く評価された。

 一方で、世界遺産登録時にユネスコ世界遺産委員会の諮問機関であるイコモス(国際記念物遺跡会議)から、富士山の保全状況をより良いものに改善していくうえでの指摘・勧告を受けていた。懸念点として「人が多いため来訪者のコントロールが必要」「環境負荷が大きく排気ガスが心配」「人工的景観が目立つため信仰の場にふさわしい景観を」――の3点。県としてこれらの課題に対応すべく、富士山保全の理念として「富士山ヴィジョン」を制定した。懸念点に対して、登山者の混雑緩和に向けた目標設定と啓発、マイカー規制期間の延長、建物の修景ルールの作成などを実施してきた。しかしながら、長崎知事は「現状では課題解決とは逆方向」と明かした。

富士山頂でご来光を待つ人たち(山梨県提供)

 世界遺産登録前の2012年当時の富士5合目で既に年間約230万人が来訪していたが、コロナ禍前の19年は約2倍となる年間約500万人を超えた。そして、富士登山は今シーズンから新型コロナウイルス感染症の規制緩和などの追い風を受け、再び来訪者数が増加傾向に向かっている。

 環境負荷の低減、富士山の自然保護と交通渋滞解消のため、山梨県・富士河口湖町から吉田口5合目までをつなぐ有料道路「富士スバルライン」では、夏の登山シーズンにマイカー規制をかけている。これにより、普通自動車の通行台数は減少したものの、規制対象外の大型バスなどのガソリン車の通行台数が増加した。ハイヤーやタクシー、軽車両、指定車両、許可車両なども規制対象外。道路法の管轄下のため、交通を制限できない。マイカー規制が富士山での排気ガスの排出を抑制しきれず、解決策に至っていないのが現状だ。

 ただし、これは富士5合目に“ライフライン”が無いという特殊な環境が一因とみてとれる。上下水道や電気が引かれていないため、飲食店や土産物屋などの建物ごとに自家発電機や貯水槽が備えられ、発電機の燃料や水を供給するための運搬車両が不可欠だ。このうえで、来訪者の増加が進めば、発電量の増加が求められ、燃料・水の運搬回数も増加し、必然的に排気ガス排出量の増加も進んでしまう。上下水道もないため、公衆トイレの水洗便所は機能低下で詰まりやすく、故障の原因になっている。環境負荷の増大が懸念される。

5合目公衆トイレの個室にゴミを放置する人も(山梨県提供)

大きな課題となる「オーバーツーリズム」

 このような状況のなか富士山でも、環境・景観破壊や満足度低下につながる「オーバーツーリズム」が大きな問題になっている。長崎知事は「トップシーズンは東京や渋谷のスクランブル交差点のような人混みとなり、5合目から山頂に登るまでの道を人が連なって歩いているような大混雑状態。これが信仰の対象であり、芸術の源泉として相応しい状態なのか」と声を荒げて訴えた。

 また、県にもさまざまな声が届いているなか、オーバーツーリズムが原因で“来訪者の満足度”が極めて低い状態に陥ってしまったという。

 本来の富士山の姿は、「信仰の対象と芸術の源泉」。登山者はもちろんだが、それ以外の来訪者にも伝えていきたい。富士の麓にある「富士山世界遺産センター」では、富士山の魅力と情報を発信し、未来に向けて守り伝える保全の拠点、観光を中心とした地域振興の拠点として、展示を通して語り継いでいる。詳細を多言語対応の展示やガイドシステム、VR映像で楽しめ、これから向かう富士山観光に対する期待感を高めてくれる。しかし、実際に訪れて目にするのが大混雑では、来訪者の満足度を高める効果を得られないと示す。

満足度の低下で「ゼロドルツーリズム」

 長崎知事は来訪者の満足度の低下により、地元にお金が落ちない「ゼロドルツーリズム」につながっていると主張した。コロナ禍に入ってから富士山への来訪者数も下がったが、山梨県内全体の訪日外国人観光客における観光消費額が大幅に減少するものではなかったと語る。つまり、富士山に多く来訪者が来ていたにも関わらず、ほとんど地元にお金を落としていなかったと説明した。

 唯一無二の場所である富士山の維持に、このままでは地元の負担が増すばかりで、富士山を守っていくための担い手が持続可能でなければならないと強調。「疲労する前に『量』から『質』への転換が必要。そして来訪者の満足度を高めていく方向に、観光のあり方の舵を切らなければならない」と長崎知事は呼び掛けた。

次世代に向けて「富士山登山鉄道構想」

吉田口5合目の現状(山梨県提供)

 山梨県では、このような問題に対する解決策として「富士山登山鉄道」の実現に向けて構想を練っている。既存道路である富士スバルライン上に軌道を整備し、LRT(次世代型路面電車システム)を敷設するという構想だ。現在の自然環境を傷つけることなく、既存道路を利活用するのが基本的な考え方となる。

整備後、地形を復元し、周囲の風景に溶け込むグラウンドルーフをイメージする(山梨県提供)

 富士山登山鉄道構想がもたらすメリットは、懸念点の解消につながると話す。決められた時間・本数で運行するため「確実な来訪者コントロールが可能」で、軌道整備と一緒に地面からの給電方式や上下水道などの「ライフラインも整備可能」。自然と調和した駅舎整備など、5合目を「信仰の場にふさわしい景観に改善」でき、結果として“観光客の満足度向上”につなげる。

富士スバルライン上に軌道敷設し、LRTを運行する構想イメージ(山梨県提供)

 富士山を「信仰の対象と芸術の源泉」の世界文化遺産として、本来の姿を感じられる状態に取り戻せるように、長崎知事は「構想実現に向けた課題の調査・検討、地元住民・関係者などとの合意形成に取り組み、構想推進の本格化を進める」と締め括った。

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