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【対談】大野達氏(観光庁観光地域振興部長)×篠原靖氏(跡見学園女子大学観光コミュニティ学部 准教授)

2022年4月8日
編集部:増田 剛

2022年4月8日(金) 配信

観光庁 観光地域振興部長 大野達氏(右)と
跡見学園女子大学 観光コミュニティ学部 准教授 篠原靖氏

新時代の観光地域づくりを探る

 2022年度がスタートし、観光庁も「稼げる看板商品の創出事業」や「第2のふるさとづくり事業」など、社会環境の変化とともに、新たな取り組みが始まった。コロナ禍で厳しい環境にある観光産業の現状と課題、「住んでよし、訪れてよし」の観光地域づくりなど、観光庁観光地域振興部の大野達部長と、跡見学園女子大学観光コミュニティ学部観光デザイン学科の篠原靖准教授が対談し、これからの日本観光や地域活性化を探った。

【司会=本紙編集長 増田 剛】

 ――この数年コロナ禍で停滞していましたが、観光の現状と課題についてどのように見ておられますか。

 大野:観光業は大変厳しい状況におかれています。とくに2021年度は感染が拡大し、「緊急事態宣言」や「まん延防止等重点措置」などが発令されていない期間は、わずか3カ月間しかありませんでした。人流が抑制されている状況で、観光業の皆様は大変苦しい1年だったと思っています。
 政府全体の取り組みとしては、事業の継続と雇用の維持を第一に雇用調整助成金をはじめ、事業復活支援金、政府系金融機関による実質無利子・無担保融資などの支援を続けるなかで、観光庁もさまざまな支援事業を展開しています。
 需要喚起策としては、21年度はGo Toトラベル事業を実施することはできませんでしたが、新たに「県民割」の支援である地域観光事業支援を開始しました。
 この4月からは、「県民割」の支援対象について、都道府県間の同意を前提として、地域ブロックまで拡大できることとしました。

 篠原:おっしゃるように、21年度も観光産業は大きなダメージを受けました。運転資金の枯渇化などにより、観光業界も倒産や廃業の件数が増えています。
 国も事業の継続と雇用の維持を最優先課題として取り組まれているなかで、観光政策は中・長期的な視点から、宿泊施設や地域の「観光コンテンツの魅力増大」など、多面的に支援されていく方向性が見えてきました。
 長く観光に携わってきた有識者の立場として、持続可能な観光地域づくりに向けた体勢を作っていくことが大事だと思います。

 ――世界的な環境意識の高まりや、IT化、働き方改革など社会構造も急速に変化しています。

 大野:DX(デジタルトランスフォーメーション)に関しては、政府も「デジタル田園都市国家構想」を掲げ、地域を元気にしていくなかで、デジタル化をしっかりと進めていくことを重要な柱に位置付けています。
 地域活性化の切り札の一つが観光であり、観光産業や地域もデジタル化を推進することで、さらなる成長や発展の可能性を秘めています。
 また、持続可能な観光は世界全体の潮流でもあります。
 観光庁が設立されたときから「住んでよし、訪れてよし」の観光地域づくりを軸に取り組みを進めてきましたが、さらに取り組みを強化していく必要があると考えています。
 そのためには、観光客が地域の文化や生業に触れ、そこで魅力を感じていただく。一方で地域の方々も、観光客と触れ合いながら、自分たちの地域の魅力に気づいていく。それが地域の誇りにつながって、さらに観光客が増えていくという好循環を作っていきたいと考えています。
 こうした好循環を通じて、「地域がしっかりと稼げて、豊かさを実感する」ことができ、持続可能な観光につながっていくのだと思います。

 篠原:インバウンドが中断した状態で、改めて立ち止まって考えられる時間ができました。それぞれの地域は、観光立県、観光立市などで取り組んできましたが、そこに実際お金が落ちる仕組みができていなかったことに気づく機会にもなりました。
 こうした動きのなかで、観光庁も豊かさを感じられるように「稼げる観光」に取り組む地域を支援していく時期になったのだと思います。
 観光庁には大きな旗振り役になっていただきたいと期待しています。

 ――このような流れのなかで22年度観光庁予算と、21年度経済対策関係予算のポイントは。

 大野:4つの柱として、①国内交流の回復・新たな交流市場の開拓②観光産業の変革③交流拡大により豊かさを実感できる地域の実現④国際交流の回復に向けた準備・質的な変革――を掲げています。
 まずは、コロナ禍により甚大な影響を受けている観光の復興に向けて、「新たなGo Toトラベル事業」などを実施して、観光需要の喚起をはかるとともに、ワーケーションや「第2のふるさとづくり事業」などにより、新たな国内交流需要の掘り起こしを行っていくことが基本方針です。
 併せて、デジタル化などによる生産性向上、宿泊施設を核とした観光地の再生・高付加価値化など、観光産業や地域を多面的に支援していきます。さらに国際交流の回復に向けた準備を進めていきます。
 このなかで、「交流拡大により豊かさを実感できる地域の実現」では、旅館やホテルの改修や、廃屋撤去などの支援を重点的、集中的に実施することで、宿泊施設を核とした「観光地の再生や高付加価値化」に取り組んでいきます。
 さらに、「地域独自の観光資源を活用した地域の稼げる看板商品の創出」(看板商品創出事業)として、地域の幅広い関係者の連携による「稼げる看板商品」の創出を支援することとしています。

 篠原:観光庁は、補正予算を活用して20年度に「誘客多角化等のための魅力的な滞在コンテンツ造成実証事業」(誘客多角化事業)、21年度は経済対策関係予算で「地域の観光資源の磨き上げを通じた域内連携促進に向けた実証事業(域内連携事業)を通じて、コンテンツの造成や資源の磨き上げを支援してきました。
 そして、今年度の「稼げる看板商品の創出事業」へと、継続的に進化してきているように思います。
 政府が地方分散を進めるなかで、自然や食、歴史・文化・芸術、さらには地場産業(生業)、交通などに携わる方々が十分に観光と深く関わっていない部分がありました。「どのような場面で観光と関われるか」というところが、これまでも課題として挙がっていました。

 大野:「稼げる看板商品の創出事業」は、これまでの事業の蓄積や、課題も見えてきているなかで、「しっかりと稼ぐ」ことを重視し、地域ならではの観光資源を活用したコンテンツの造成から販路開拓まで一貫して「伴走」しながら支援していく点が大きな特徴です。

 篠原:これらの取り組みが有名温泉地や人気観光地だけでなく、日本中の今まで観光とは無縁であった地域にも大いにチャレンジしていただき、面で広がっていくことを願うばかりです。
 今年からは地域密着で、地方運輸局と地域の連携も大きな特徴ですね。

 大野:これまでは観光庁の直轄の事業が多かったのですが、より地域に近いところにある運輸局の観光部もしっかり関与し、地域ごとの実態に応じて対応していくかたちにしたいと思っています。

 篠原:文化財の活用など文化庁との連携も必要になってきます。

 大野:文化財の魅力はインバウンドが再開してきたときに重要なファクターの1つとして、「保存だけではなく稼げる視点」で、文化財をどう活用していくかを積極的に議論し、観光資源化をはかっていきたいと思っています。

 篠原:2020年に東京オリンピックが開催できていれば訪日外国人観光客4千万人は達成できたかもしれませんが、観光消費額は目標値の6割程度という状況でした。
 数を追うよりも質を高めていくことの重要性が改めて認識されるなかで、今の時期に地域がしっかりと稼げる仕組みをつくることによって、インバウンドの再開を見据えた基礎固めの時期だと思っています。

 ――稼げる看板商品づくりに向けた具体例は。

 篠原:例えば、秋田県の大館市は十和田湖への通過点という一面もありました。「大館市が持つ観光資源のなかで何を売り出していくか」と模索した結果、「秋田犬」というコンテンツを深堀してさまざまな取り組みが始まりました。秋田犬をベースとしたミュージアムを作り、「忠犬ハチ公」のドラマの舞台でもある渋谷駅を模したカタチのミュージアムをデザインするなど活発に動き始めました。
 さらに、食では比内地鶏が有名ですが、単価が高いため、観光客が食べたくても市内にお店が少なかった。このため、訪れた観光客に消費してもらうために観光客向けのメニュー開発などを研究する民間のプロジェクトクトチームが発足し、観光とは遠かった市民も稼ぐ観光の立役者になりつつあります。
 これまで行政が動いていた部分を、地域の民間事業者たちが「比内地鶏」を看板商品にして、「観光と消費をつなぎ合わせていく工夫」によって、ほかのエリアにはない魅力として売り出しています。
 秋田名物のきりたんぽ鍋も「今だけ、ここだけ、あなただけ」と価値を高めることで、秋田でしか味わえないものに仕上げていくことが大事だと思います。
 地域にお金が落ちる仕組みにするには、販路開拓までつなげていかなければなりません。
 百貨店のバイヤーとのマッチングなど、東京をはじめ、都市部の百貨店でPRしてもらえるように、有識者会議で全国のバイヤーを対象にプレゼンするというのも、1つのアイデアです。有識者や専門家が地域と伴走し、助言しながら、販路開拓までバックアップしていくことがこれからの観光地域づくりに必要だと考えています。

 ――主体となる観光地域づくり法人(DMO)の課題について。

 篠原:ようやくDMOという名前は知られるようになってきましたが、行政主導で組織化を促してきた現実もあります。「観光で稼ぐ」という根底の部分が欠落しており、地域の伝統的な文化を踏襲している職人さんや農業、漁業従事者の皆さんなど観光とは無縁だった民間の力を活用しながら「お金を落としてもらえる」仕組みづくりの必要性を感じています。

 大野:DMOの財政的基盤が自治体の補助金に頼らざるを得ない状況で、持続可能な事業や人材の確保が難しいという課題があります。
 このため、観光庁としても、自主財源の導入に向けた関係者の合意形成などの取り組みにも支援を行っているところですが、本来的には、DMOは収益事業を行うことが目的ではなく、観光地を稼がせるための存在です。DMOがマーケティングなどの能力を高めて、「地域を稼がせることに貢献している」と理解されれば、自治体からだけでなく、地域の関係者による会費収入も増えてくることが期待されます。
 DMOのMにはマーケティングとマネジメントが含まれており、双方の役割が求められています。DMOが本来の役割を果たせるよう、外部人材の派遣や、能力向上の仕組みづくりなどの支援も行っています。

 篠原:旅行者の旅のスタイルや価値観の変化が長期化するコロナ禍で一気に加速したと実感します。さらなる旅の目的化が加速し、従来の周遊型のスタイルに限定されず、旅を通して自分の生き方を追求し新たな非日常を楽しむ旅のスタイルなど旅の定義が拡大されている傾向があります。
 その背景には、テレワークなどの社会環境の変化により、どこにいてもビジネスや社会貢献に参画できるような環境変化が作用して、日本観光がこれから大きく変わっていく道筋にもなっていくのではないでしょうか。

 大野:昨年10月に立ち上げた「第2のふるさとづくりプロジェクト」は、国内観光の新たな需要掘り起こしを目指し、有識者会議を設置して議論を深めております。今後、モデル地域を対象とした事業を実施し、課題を整理し、必要な施策を検討する予定です。
 コロナによって「密を避ける」「自然に触れたい」という動きが顕著になってきました。若い世代の中でも、とくに都市部の方々は「地方にふるさとを持ちたい」といった傾向も見られます。篠原先生がおっしゃるように、テレワークや働き方改革が進むなかで、「何度も地域に通う旅、帰る旅」が定着するように、背中を押しながら応援していきたいと思っています。
 こうした新しい需要を掘り下げていくことで、地域の活性化、ひいては関係人口、定住人口の増加につながることを期待しています。

 篠原:さまざま考え方や生き方を自由に選択していけるような環境づくりが広がることによって、「一極集中」から「地方分散」に向けて、「第2のふるさとづくり」は豊かさを感じる個人の多様化という観点からも、社会環境の変化に非常に適応しているのではないかと思います。

 大野:「住んでよし、訪れてよしの観光地づくり」は我われの目指すところではありますが、「稼げる地域をどう作っていくか」を含めて、多面的に観光産業や地域を支援していきたいと思っています。ぜひ皆様と一緒にそのような観光地づくりを目指していければと思っています。

 ――ありがとうございました。

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