2012年11月11日(日) 配信

高品質のおもてなしサービスを提供することで、お客様の強い支持を得て集客している旅館がある。なぜ、支持されるのか。その理由を探っていく「いい旅館にしよう!」プロジェクトのシリーズ第8弾は、石川県・和倉温泉「加賀屋」の小田禎彦代表取締役会長が登場。低額料金の宿泊施設が勢いを増すなか、大型旅館の経営は難しくなっている。20世紀をリードしてきた加賀屋は、来るべき時代に対してどのような変革をしていくのか、産業技術総合研究所の工学博士・内藤耕氏との対談で小田会長が将来を展望した。
【増田 剛】
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内藤:20世紀を振り返ると、女将制度や、「おもてなし」によるサービス、施設の大型化といった「加賀屋」のやり方が大成功し、「これを結果的に全国の多くの旅館が一つのモデルとしていった」と、私は感じています。
小田:私たちは「Guest is always right」「お客様の望むことをやって差し上げなさい」「お客様の望まないことをやってはいけません」ということを鉄則として教えてきました。ひとことで言うと、「ベタベタサービスの加賀屋」というやり方です。一昔前は「上げ膳据え膳」が当然でしたが、現在は大部分の人が身の回りのことを自分でやる訓練をされているため、「自分でやったほうがいい」と考える人が多くなってきています。このため、これまでのやり方が今になって時代から少しズレてきているわけです。
加賀屋としてはやり甲斐のない話ですが、一部のお客様のなかには「客室に入らないでほしい」という声もあり、客室係がなかなか客室に入りたがらなくなるといった傾向もあります。一方で、旅館の経営者も、宿の方針である「おもてなし」を現場に徹底させていく仕組みづくりが不足しています。すべてを各々の客室係の判断に任せていくと、どうしても手抜きの方に流れていきがちになります。このあたりの管理、コントロールがここにきてとても重要になっています。
宿が大型化するにつれて、それぞれの担当部門で責任者が必要となってきました。本来は旅館全体の働き方をコントロールしなければならないのですが、それがとても難しくなってきました。だからこの管理の部分が弱いためいろいろ新しい問題も出てきて、旅館にいい人材が集まって来ない状態にあるのではないかと思います。
大型旅館が高いレベルのサービスで運営していくには、いい人材の採用、社員教育、的確な評価、労務管理、福利厚生などを行う「人事」が一番大事です。この部分を、宿主や女将に代わって会社として組み立てていかなければならないのです。
加賀屋でも“額に汗をかく”現場の客室係や調理師はしっかりとやっています。しかし、不満があるとすれば、知恵を出さなければならない間接部門がまだ充分に力を発揮していないという点です。
たとえば、今のお客様は以前ほどお酒を飲みません。でも、ウーロン茶を2本売ればビール1本売ったこととほとんど同じです。今の時代に合った売る仕組みづくりは本来、間接部門の管理者が“脳みそに汗をかいて”知恵を絞るべきところなのです。
今、加賀屋が取り組んでいるのは、長い間に贅肉が付いてしまった組織全体の改革です。「本部と事業部機能の確立」「営業戦略の再構築」「人件費の不完全燃焼の解消」「集中仕込センターの活用」――という4大改革によって、人の働き方、能力開発を含めて、生産性の向上と、サービスの質を高めていきたいと思っています。
内藤:人件費の不完全燃焼という部分については、どのように捉えていますか。
小田:旅館は製造業と違って、ハイシーズンとオフシーズンがあります。1年を前半と後半で分けると、加賀屋の場合、前半は高コスト体質。つまり稼ぎづらい時期でもあります。旅館の人件費率をみると、大体、売上の30%といわれていますが、前半は数%オーバーしています。つまりその分の売上が足りない。逆にいえば、その分スタッフが多いということになります。これを人件費の不完全燃焼と捉えています。
ところが後半になると、人件費率は30%以下に下がり、利益も出ています。前半の人件費率を上手にコントロールできれば、旅館経営がもっと利益体質になっていくわけです。曜日によっても部門ごとに細かい繁閑の違いがありますし、時間でみると、夜と朝の食事の時間がピークで、それ以外の時間は、人数をかけなくても問題のない時間帯なわけです。不完全燃焼によってロスしていたコストを何らかの方法で完全燃焼させなければなりません。
内藤:おっしゃるように、繁閑による現場の細かい不完全燃焼=アイドルタイム(無駄な部分)の解消というのがサービス産業にとって一番大切なところです。
小田:前半の人件費率30%をオーバーしている人員を上手く管理することが大事で、たとえば1つの事例ですが、間接部門のスタッフが「ある時間だけ現場でお客様におもてなしのサービスを提供している客室係を、後ろから支援する」こともやらなければなりません。外注している仕事の内製化も1つのオプションです。農場で作物を作り、それを加賀屋で提供する。このようなマルチジョブ化も考えていくべきだと思います。
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――今後の方向性について。
内藤:加賀屋は日本の伝統的な旅館というイメージがありますが、実は歴史的に湯宿から料亭旅館へ、さらに大型旅館へと世代交代するたびに変貌していった改革の歴史でもあると思います。そういう意味で、加賀屋の次の改革にすごく関心があるのですが。
小田:それは次の世代を担う人たちが真剣に考えていかなければなりませんが、これまでにないまったく新しい視点で旅館経営を見ていく必要があると感じています。そうしなければ旅館自身がこの世の中から消えていってしまうと思います。
内藤:加賀屋の「おもてなし」のサービスは今後どのようになっていくのですか。
小田:若干の強弱、手直しは必要だと思います。基本的には今はセルフサービスの時代ですから、お客様がすべてを自分でやられると、低額料金の施設と差別化ができなくなります。ある程度、押しつけまではいかなくても手厚く「おもてなし」をしていくという根底の部分は変わらないと思います。それよりも、「お酌しましょう」というかたちの部分ではなく、サービスの本質である「正確性」と「ホスピタリティ」という人の心の部分がもっと大事になってくると思います。たとえば、「声をかけ忘れたので出発が遅れた」ということがないようにすることがサービスの正確性です。もう一つは、相手の立場になって思いやる心がホスピタリティです。また、着物を着せてあげるといった“ベタベタサービス”よりも、会話の面白さなどが大事になってくると思います。能登の見どころや、調理長がお客様を唸らせるような料理の説明を添えて食べていただく「インフォメーション」の部分が大切だと思っています。
宴会中心の団体旅行から「癒し」「体験」「健康」「学習」というようなものを目的に訪れたお客様にも満足していただけるようなサービスが必要です。今までとは違ったかたちでの質の高いサービスを磨いていくことが、今後の課題になってきます。
一方で、「客室係とお話をしたい」というお客様もたくさんいます。「話し相手がほしい」お客様には、「聞き上手」になってあげることも大切です。サービスの内容、質をしっかりと見極めて社員教育につなげていかないと、食い違いのサービスになってしまいます。
内藤:実際に「客室に入ってほしくない」お客様がどのくらいいるのかというと、本当はそれほど多いわけではなく、むしろ人との触れ合いを求めて旅館、とりわけ加賀屋に来ているのだと思います。
客室に「入る」か「入らない」の二者択一ではなく、お客様が求めるなら入り、求めないのであれば入らない。それができるかどうかが本質的なサービスだと思います。
小田:多少の修正はありますが、加賀屋の流儀は貫いていかないと、わざわざ加賀屋までお越しいただく意味がなくなると信じています。
それから、私は7800円という低額料金の宿泊施設に見習う部分が大きいと思っています。バイキング方式など人件費を使わない1泊2食のシステムで今の時代のお客様に支持され、利益を出せる骨組み、仕組みづくりをしっかりとされています。
一方、我われは、あれもこれもと肥満体質になっている。コストが決まっているから「宿泊料金はこれだけいただかないと合わない」という風になっています。だから、一つの基準となる7800円をしっかり見ながら、「これに何を足したらお客様に本当に喜んでいただけるか」「選んでいただけるところはどこなのか」と見定めていかなければならないと思っています。
高度経済成長期のなかでは、「いい旅館に宿泊して1泊2食をフルに楽しみたい」というのがお客様の大きな選択基準でした。温泉の良さや、温泉地の環境によって選ばれるより、旅館の施設の良し悪しが旅を楽しむための主たる選択肢であったと思います。
そのなかで、我われは、「とにかく選ばれる旅館」を目指してきたわけです。旅館の中ですべての用が足りる「囲い込み旅館」という誹りもあったわけですが、またそういう旅館でなければお客様に来ていただけない時代でもありました。
しかし、今は日本の経済がデフレ基調の中で「付加価値」を省いた、利益の出にくい体質のものに代わっていっているのだろうと感じています。そういう環境のなかに旅館も置かれているのだと思います。
付加価値のない、贅肉の付かない「実質本位」を追求した7800円の低額料金の宿泊施設は、ハードの良さを生かしながら人件費を掛けずに、バイキング式で楽しんでもらい、バスでの送迎まで付いてクレームが起こらないレベルのリーズナブルな料金帯で組み立てています。これが1つのビジネスモデルとして、家族連れなどに人気を得ています。この7800円の低額料金の路線に入っていき、その中で勝負し合うと、我われ旅館は到底生き残っていけない。これが旅館の宿命だと思います。しかし、消費者はこのスタイルでこの先もずっと満足されるのかという疑問もあります。それだけでなく、付加価値によってお客様に選ばれるような特徴を出せる分野を我われとしては狙っていかなければならないと思っています。
企業のマーケティングコンセプトの原点は、「お客様が抱えている問題解決」なんです。それぞれの分野で、問題を誰よりも上手く解決してくれるところにお客様はお越しになられると考えています。
内藤:サービス産業の「人と人の触れ合いを求める」という部分がますます大事になってきているなかで、きちんとできている旅館が意外と少ないという問題もあります。
小田:昔からの旅館の仕組みが今の世の中には合わなくなってきています。お客様が望まないものまで押しつけて料金が高くなっていたり、望むものが与えられなかったり……。時代に合った、ビジネスとして成り立っていく接点をどこに求めてお客様のニーズをくみ上げていけるかというのが、これからの課題となっていくと思います。
もう一つ、大きな変化として、これまでは旅館が旅の「目的」となっていた時代がありましたが、今は何かをするために、旅館が「手段」として選択される時代に変わりつつあるようにも思います。
内藤:目的地となりえない旅館が増えてきたというのは、非常に大事なポイントだと私も思います。ただそれをきちんと理解すれば、実は旅館の次の経営戦略が見えてきます。
小田:「○○旅館に泊まりたい」――。旅館は本来はここを目指すのが一番いいのでしょうが、なかなか難しい。また、「和食よりもハンバーグの方がいい」という方が増えています。この先、若い世代が和食や、畳、布団、着物から離れた生活が主流になっていくと、日本旅館よりもホテルの方がきっといいはずなのです。加賀屋では輪島塗のテーブルで和食をお出しするなど、本物の日本文化を提供しています。そうすると、ターゲットマーケットは「団塊の世代」といったところになるわけですが、ターゲットを絞ると、必然的に市場が狭くなり、我われのような大型旅館は苦しくなります。
このような難しい状況のなかで、旅館は目的として選ばれるだけではなく、地域の特性や観光資源などに合致するような宿泊施設のあり方を組み立てられるのかどうかが重要になってくると思います。
たとえば、和倉ではサッカーの合宿ができる環境やマラソンコースがあり、ヨットハーバーも行政の協力によってできあがりつつあります。MICE誘致にも力を入れています。
「料理が美味しい」「サービスがいい」「温泉がいいから来て下さい」というだけでは、なかなか動いてくれない時代になっています。だから、合宿や医療的な療養や、エステなどと複合的に組み合わせて宿泊の部分を旅館が受け持つといった“行かざるを得ない”環境づくりもこれから必要だと思います。
内藤:サービスを複合的にしていくことや、地域全体を良くしていくということは大事だと思います。しかし、旅館で過ごす時間が一番長いので、やはり個々の旅館が良くなければ、地域全体の印象が悪いものになってしまいます。
私は地域における個々の施設の「サービスの品質」の積分(足し算)が最終的には全体の良さになっていて、内部の改革を抜きにした全体の改善は難しいのかなと思います。
そのなかで、加賀屋さんは効率化だけでなく、弛まず品質を上げていこうとされている努力が素晴らしいと感じています。
――ありがとうございました。
※ 詳細は本紙1483号または11月15日以降日経テレコン21でお読みいただけます。


