2025年1月1日(水) 配信

大企業や外資から資本投下される都市部のホテルと、地方の過疎地域にある旅館との労働生産性の格差が拡大するなか、旅館の未来をどのように描くか。最多人口世代「団塊の世代」のための旅館サービスを50年間続けてきたが、今、まさにこの世代特有の旅のスタイルが終焉を迎えようとしている。國學院大學観光まちづくり学部教授の井門隆夫氏は旧態依然とした考えから離れ、新たな発想による価値転換と、「地域社会とのつながり」の重要性を語る。
【本紙編集長・増田 剛】
□宿は地域社会の維持・再生を
――旅館の現状についてどのように見ていますか。
宿泊業の労働生産性は日本経済と歩調を合わせて1970年代ごろからずっと上がっていました。しかし、1993年の金融制度改革法施行以降、とりわけ大企業に外国資本が自由に入ることが可能になったことで、資本金5千万円以上の大企業と、ほとんどが5千万円未満の中小企業である旅館業の労働生産性の格差が拡大してきました。
大企業や外資から資本が投下される「都市部の不動産価値の高いエリアのホテルは稼げる」が、「地方の過疎地域にある旅館は稼げない」構図が明確化しており、同じ宿泊業であっても別業態と考えた方がいい状況になっています。
オーバーツーリズムが話題になっていますが、過疎地を切り捨てて、都市部にのみ集中して新規出店する不動産投資がこの現象を生んでおり、「株主利益の追求」に行き着いてしまいます。
一方、中小企業の大部分はオーナー企業であり、株主=経営者です。同様に誰のために生産性を上げるかを突き詰めると、「経営者(自分)の利益のため」となります。
このように考えると、旅館の労働生産性向上を最優先させることが果たして正しいのだろうか。生産性を上げて、株主のために利益を伸ばし続けることだけがすべてではないと考えるのであれば、「地域や従業員のために還元した方がいい」と割り切るのも1つの考え方です。
過疎地域にある旅館も新たな視点によって、これまでになかった需要を取り込む大いなる可能性を秘めています。地域の行政や金融機関などが一体となって理解が進んでいる観光地や温泉地には、新しい旅のスタイルに合致する旅行者がどんどん訪れています。
城崎温泉(兵庫県)や、天童温泉(山形県)などは既存のお客にしばられることなく、若い世代が引っ張って新しい客層を呼び込んでいます。
――「既存のお客」とは。
団塊の世代であり、現在75歳以上の後期高齢者の方々です。日本が国債を発行し始めた1970年代以降、現在1千兆円を超える国債(借金)があるのですが、統計上では75歳以上の個人預金に変わっただけです。こういった社会構造も大きく影響しています。
これまでの旅館マーケットはこの「団塊の世代のための旅館」というスタイルが50年間続いてきました。今、まさにこの世代特有の旅のスタイルが終わろうとしています。
しかし、残念なことに、未だに高齢の個人客に50年前から変わらない高カロリーな団体客向け宴会料理を提供し続ける宿もあります。
――新しい需要にもっと目を向けるべきだということですか。
そうです。高齢者という客層は、おそらくこの先もずっと無くなることはありません。であるならば、後期高齢者の健康づくりを推進するような宿がもっとあってもいいのではないでしょうか。
長野県・鹿教湯温泉の斎藤ホテルは75歳以上の高齢者を対象に明確なコンセプトを定めています。連泊すると大幅な割引プランを設定しているため、宿泊客が暮らすように滞在し、仲間づくりや歩くプールで健康づくりを楽しんでいます。
滞在中に上高地や養命酒酒造、善光寺参りのツアーに参加され、食事はカロリー計算された地産地消の日替わりメニューをビュッフェスタイルで提供しているため、高齢者から高い支持を得ています。
――社会の価値観の変化を感じています。
「人口減少」と「気候変動」が人類の2大リスクで、世界の潮流に大きな影響を与えています。
地球温暖化により、これまで獲れていた海産物が獲れず、輸入食材を大量に仕入れて皿を数多く並べる料理を続けています。
海外ではフードロスを出さない、サステナビリティ(持続可能性)を前面に出した観光スタイルを望む人たちが増えています。
ところが日本の旅館が提供する料理はフードロスを大量に生みがちです。無料で提供するアメニティグッズの廃棄物など、1人当たりのゴミ排出量はとても多い。外国人旅行者が多く訪れるニセコや白馬などは、むしろ豪華なアメニティグッズの提供を抑制しています。世界的な価値観の大きな転換に早く気づいてゲームチェンジすることが必要です。
――地域と旅館の関係性は。
地方の金融機関には、銀行法の改正で出資が可能になっていることもあり、古民家ばかりではなく、旅館にも出資や融資をしてほしいと思います。ただ金融機関にしてみれば、まだまだ古民家しかない状態です。
地域と旅館は「一蓮托生」であるべきですが、旧態依然とした考え方に固執している旅館は、未来への投資対象にならないのです。
現在のキーワードは、サステナビリティとコンサベーション(保護・保全)です。自然と文化を保護・保全することによって、欧米客を呼び込めるので、文化財や自然環境を活用したアドベンチャートラベルにお金を落としています。
ある地銀は、アドベンチャーにぴったりの登山道を開拓した若者に出資しました。知る人ぞ知る山小屋と新しいルート開発によるアドベンチャートラベルに未来を感じ取っているのです。旅館も新しい発想が求められています。
――移住について。
二地域居住や多地域居住、または短期移住や、ときどき移住など、「家に戻る」という感覚で旅館を利用することが、これからの新しい旅のスタイルになるのではないかと見ています。観光庁も「第2のふるさとづくり」を後押ししており、地域や旅館もそのような仕掛けをしていく必要があると思います。
海外では働けば宿泊代が無料になる商習慣が根づいていますが、宿泊者が短期的に働ける仕組みづくりも大切です。
國學院大學には「帰る旅学生サークル」というものがあり、毎月50人ほどが新潟県の雪国観光圏に「帰り」、現地では道普請や、古民家づくり、旅館の業務の手伝いなどをしています。
交通費は自費で、働く時間は5時間が上限。報酬が出ない代わりに、宿泊料金は基本的に無料です。働いたあとの時間は現地の人との交流が大きな目的で、「人とのつながりが楽しい」と話しています。主に週末なので、学生は観光と思っているかもしれませんが、受ける側からすると短期労働者でもあり、双方にとって良い関係性ができています。
――離島に宿を開発することにも携わっていらっしゃいますね。
世界各地でアドベンチャーツーリズムやサステナブルツーリズムが大きく伸び、適したロッジも数多く生まれています。今は高級ではなく「上質な」宿泊施設が求められているのです。
例えば長崎県の対馬では、絶滅危惧種の「ツシマヤマネコ」が生存しており、それを保護・保全していかなければならないのですが、その原資がない。そこで観光の出番となります。
夜にカエルを食べるためにツシマヤマネコが現れる田んぼのエリアに、エコツアーで訪れると、7割の確率で遭遇できます。市などが、ヤマネコが現れる休耕田を買って保全し、自然環境に配慮した高床式の上質なロッジを建てるとすれば、ヤマネコ観察ができる施設になります。
このような付加価値のある宿が現れることで、世界中から対馬を訪れて固有の生態系を学ぶことができます。従来型の「海に面した高級宿」だけでは離島を訪れる理由にはなり得ません。富裕層こそ、そこでしか体験することができない固有動植物の生態や、自然の保全などに高い関心を持つ傾向にあります。
世界的に新しい観光のカタチが芽生えています。これまでに気づかなかった巨大な潜在需要が足元にあるのです。海外に目を向ければ山ほど誕生している新たなマーケットに照準を合わせ、日本も取っていけばいいのです。
従来型の観光地としてはそれほど脚光を浴びてこなかった宮城県の石巻市や気仙沼市、愛媛県の大洲市などのDMOは現在、海外のサステナブルツーリズムのエージェントの心をしっかりと掴み、ダイレクトで旅行者を受け入れています。発想を転換することで、あらゆるエリアが可能性を秘めていると思います。
――地域が活力を失うなか、旅館を核とした地域づくりを主張されています。
宿がなければ、地域と地域外の人たちの交流拠点が無くなります。だから宿は社会資本なのです。災害時には避難施設にもなります。人類の歴史とともに宿は不可欠な産業なのです。
まちに移住者を増やしていきたい自治体は多いですが、移住住宅がないところがほとんどです。経営が難しくなった温泉旅館に対して、自治体が買い受けて「移住住宅として客室を提供してくれないか」という提案をすべきだと思います。
1泊2食の観光客だけを宿泊させるのではなく、移住予備軍が住居を探すために1週間滞在する拠点として、自治体が宿泊費を補助するなど、いくらでも地域に旅館を残すやり方はあると思っています。私が関わっている温泉地にも廃業する旅館がありますが、廃屋は一軒もありません。周りの旅館が買い受けて、地元の銀行も出資するという流れが正常で、健全な温泉地だと思います。
若旦那世代が代替わりを機に、旅館のロビーを木造の風情のあるカウンター付きの居酒屋に変え、温泉街の人たちも自由に飲食できる「泊まれる居酒屋」にしました。
地元の人たちとネットワークができ、未来を見据えた行動によって業態も変わり、銀行もお金を貸します。場合によっては投資もします。旅館は地域の社会資本として、地域社会の維持・再生を目的としていく投資を目指していった方が、旅館業らしい経営の仕方ができるのではないかと考えます。
――宿泊税導入が各地で議論されています。
産官金学が上手くタッグを組むことが大切で、その中で鍵となるのが、官(自治体)です。民間だけでがんばっている地域はたくさんありますが、そういう地域ほど宿泊税の話が出てきています。
自治体が民間企業とタッグを組んでDMOやDMCをつくり若手が牽引している地域は、新しい需要を生み出し、新しい消費を誘導できています。地域には消費が回り、観光でまちは潤っている。このため、宿泊税の話はあまり出てきません。
官と民の間に、DMOという中間組織を作り、産官金学を上手くつなげることが必要で、その役割を果たす組織こそが、本来あるべき姿のDMOだと思っています。官と民だけのDMOだと、プロモーションに偏りがちですが、金融機関が入ることで投資によってまちが大きく変わる可能性を秘めています。
宿泊業は「地域社会とつながっている」ことを忘れずに大事にしていてほしいと思っています。
――ありがとうございました。
【本紙1949号または1月7日(火)以降日経テレコン21でもお読みいただけます。】