test

〈旬刊旅行新聞12月1日号コラム〉旅人に「贅沢」を与える旅館 バックヤードの「ムダ」を排除しよう

2019年11月30日
編集部:増田 剛

2019年11月30日(土) 配信

旅館は時間と空間の贅沢を感じられる(写真はイメージ)
 旅館で過ごす時間は、ホテルとは異なると、いつも感じる。旅館といっても、大衆向け大型旅館や、ラグジュアリー層を対象にした小規模施設など千差万別である。しかしながら、どの旅館にも時間の流れ方に共通点があると感じる。「日常から切り離された時間」と言ってもいい。
 
 「時間」と「空間」は密接に結びついている。その意味で、旅館の空間もホテルとは異なる。広大な庭園や、池のような大露天風呂、100畳の畳を敷いた大宴会場を有する宿もある。たくさんの仲居さんが働いているのも、旅館ならではの光景だ。最近は少なくなってきたが、食べきれないほどの海の幸、山の幸を提供する豪華な料理を提供する宿もある。ホテルに比べ、「ムダ」に広い客室が多いのも特徴だ。
 
 私が普段、出張で利用するビジネスホテルは、ドアを開けるとすぐ横にユニットバスがあり、奥にはシングルベッドと小型のテレビがあるだけのシンプルな部屋である。実に合理的で、潔いまでに空間にムダが一切ない。我が身の丈に合ったフィット感が心地よいのだが、たまに旅先で「空間のムダ遣い」ができるのは、旅館の醍醐味だと感じている。
 
 このように見ていくと、旅館は「旅人が時間や空間のムダ遣いを楽しむ」場所と言える。
 
 
 時速300㌔走行が可能な高級スポーツカーが一般道を40㌔で走っている姿を見かけると、「日本で300㌔を出して走れる道もないのに、ムダな性能にお金を捨てている」と批判する人がいる。しかし、そのスポーツカーの所有者は「スペックのムダ」を楽しむために、流線型の車体をゆっくりと走らせているのだ。
 
 これは、誰もが1つは持っている「ムダを楽しみたい」という欲求である。チロルチョコのチープな甘さも大好きだが、1粒数百円もするチョコレートに喜びを感じる。「価値」を共有できない人に、どんなに説明しても理解し合えない類のものだ。しかし、一見ムダに思える「贅沢さ」に「価値」を感じると、日常の必需品では考えられない大きなお金を払う。
 
 
 湯量豊富な温泉旅館では、大きな浴槽から湯が溢れ続けている。いわゆる「源泉掛け流し」の湯船に浸かって、目の前の山の紅葉などを眺めていると、まさに「時間と空間が現実世界から切り離された」気分になる。捨てられる大量の湯を眺めながら、「贅沢」を味わう。ビジネスホテルでカーテンを開くと、向かいのオフィスで働くサラリーマンが見える眺めとは180度異なる優雅な風景である。
 
 旅館では館内を歩く人も浴衣姿のせいか、「ビジネス」の空気を纏っていない。大浴場やロビーのソファでくつろいでいると、人懐っこく話し掛けてくる旅人もいる。この空気はビジネスホテルやシティホテルにはない。「日常から切り離された時間」と感じる瞬間でもある。
 
 
 宿泊客に「ムダ遣い」の楽しみを提供する旅館に感謝しつつも、実際は、経営が困難な施設も多い。客に時間と空間で「贅沢な気分」を与える旅館は、客には見えないバックヤードの「ムダ」を排除していかなくてはならない。日々自らのムダを削り続けるスポーツ選手や歌手などエンターテイナーだけが、舞台上で最上の「贅沢」を観客に見せ、感動させることができる。
 
(編集長・増田 剛)

いいね・フォローして最新記事をチェック

コメント受付中
この記事への意見や感想をどうぞ!

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

PAGE
TOP

旅行新聞ホームページ掲載の記事・写真などのコンテンツ、出版物等の著作物の無断転載を禁じます。