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「街のデッサン(198)」古いものに魅せられる観光市場創造、「オールドニューの哲学」

湧水の町・大野に知恵も湧き出る

 日本商工会議所の地方都市再生を支援する事業があって、そのアドバイザーとして初めて、福井県大野市を夏の初めに訪れた。織田信長の家臣が治めた城下町で、周囲が山々で囲まれた落ち着いた風情の盆地の町である。大野商工会議所ではこの案件の担当者が待ち受けていて、目下計画している事業の概要を説明してくれた。「周囲の山脈から流れてくるミネラル分をたっぷり含んだ名水の町であるから、地ビールの特産品開発を、やる気のある町の若手起業家たちと計画している」ということだった。

 熱意をもって町の元気づくりを語る若い担当者の考えに好感を持った。が、地ビールが日本の各地で盛んに醸造されたのは20年前の事。以前、小樽のびっくりドンキーの地ビール工場を訪ねて聞いた話では「メジャーな旨いビールが一般化している市場では、採算的にロットの小さい地ビールは太刀打ちできない。ブームは一巡して、最盛期の1割程しか生き残っていないのでは」ということだった。地ビールを生かすには、別の事業舞台の創出が必要となろう。

 大野市を訪ねる前に、少々資料を調べた。そこで、大きなヒントになる人物の名前に出会った。町の出身者にブックオフの社長だった橋本真由美氏が載っている。彼女は創業経営者の坂本孝氏によって、ブックオフのパートからトップに抜擢されたのだ。驚きの人事はマスコミを騒がせた。水脈も大切であるが、地域づくりで重要なのは人脈である。

 ブックオフの社是には「社会を幸せにするための会社」を目指すとあった。この事業背景から、私が想起したのはイギリスのかつては無名の田舎町ヘイ・オン・ワイであった。

 ヘイの町にも小さな城があったが、「本の王様」と自称したリチャード・ブースが、廃業した映画館や旧消防署の建物を購入し、「古本の町」の舞台にした。1971年には古城のヘイ・キャッスルも買収し、今では世界中の古書ファンがやって来る観光地だ。すなわち、大野市もブックオフと提携して古本都市とする構想である。

 しかし、これだけではブースの発想のコピーで終わる。私のコンセプトは「オールドニュー」。古いものこそが新しい価値を生む。そうなると、古着も、古道具も事業にラインアップされる。東京・裏原宿で古着事業をゼミの教え子が大成功させているが、例えば彼にも出店を依頼する。若手のオールドニュー・ベンチャー起業家の集積が、大野の町を劇的に変えていく。そんな町にこそ、「観光地ビール」は似合うはずだ。

(エッセイスト 望月 照彦)

コラムニスト紹介

望月 照彦 氏

エッセイスト 望月 照彦 氏

若き時代、童話創作とコピーライターで糊口を凌ぎ、ベンチャー企業を複数起業した。その数奇な経験を評価され、先達・中村秀一郎先生に多摩大学教授に推薦される。現在、鎌倉極楽寺に、人類の未来を俯瞰する『構想博物館』を創設し運営する。人間と社会を見据える旅を重ね『旅と構想』など複数著す。

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