観光庁「地域・日本の新たなレガシー形成事業」活用した大山阿夫利神社の挑戦 文化財を利用した新たな地方誘客へ
2026年2月2日(月) 配信

観光庁は来年度も引き続き地方誘客に向けて各地の訪日旅行の拡大をはかる。今年度、将来にわたって国内外から旅行者を惹きつけ、継続的な来訪や消費額向上につながる、地域・日本のレガシーとなる新たな観光資源を形成するための支援「地域・日本の新たなレガシー形成事業」を実施。観光庁の村田茂樹長官と同事業を活用する神奈川県伊勢原市の大山阿夫利神社の目黒仁宮司、内閣府地域活性化伝道師で跡見学園女子大学の篠原靖准教授が1月16日、文化財を観光資源として活用する価値を語り合った。
【木下 裕斗】
篠原:2025年は、好調なインバウンド需要が一層拡大し、観光振興が進んだ1年となりました。26年度に向けた観光庁の方針を教えてください。

村田:25年11月末における訪日客数は24年を上回っており、25年は4千万人を超えることが確実となっています。(※25年の訪日客数は約4268万人「26年1月21日公表データ」)消費額は9月末時点で、6兆9千億円(※消費額は暦年で約9兆5千億円「26年1月21日公表データ」)と力強く成長しました。我が国の旅行市場の中心である国内旅行の消費額は25年1月から9月期の累計で20兆円を超え、順調に推移しています。

一方で、観光客が一部地域や時間帯に集中することで、地域住民の生活への影響などへの懸念も出てきました。今後は、観光客の受け入れと住民生活の質の確保を両立していくことに重点を置きながら、地域の課題解決や、地方誘客の促進などさまざまな政策を推進していきます。観光が地域住民に裨益していく姿、観光地が持続的に発展していく姿を国民の皆様に示し、理解してもらうことを念頭に置いて、取り組んでいきます。
今年は、観光立国基本推進計画の改定を年度内に実施する予定となっています。このなかで、①インバウンドの受け入れと住民生活の質の両立②国内交流とアウトバウンドの拡大③観光地・観光産業の強靭化――の柱を掲げます。
そのための財源として、国際観光旅客税を拡充することが昨年末の税制改正の大綱に盛り込まれ、26年度の観光庁当初予算額は約1383億円と大幅に増額されました。関係省庁とも連携しながら、政策を推進していきます。
篠原:訪日旅行について、国は数だけではなく質も追求する高度化した受入体制を構築することになりました。住民との協調をはかる仕組みも整えることが重要です。
一方、コロナ禍など過去の危機的な状況で、国内旅行は観光事業者を下支えしてきました。インバウンドとの両立をどのように推進していきますか。
村田:インバウンドは成長分野ですが、まずは旅行者数と消費額の割合の多くを占める国内旅行の振興をはかり、安定した基盤を築き、そのうえで訪日客向けの施策を進めていきたいと考えております。
篠原:文化庁では、真の日本の魅力を訴求するため、多くの予算を確保しています。
村田:日本各地の文化資源を活用した観光客の誘客のため、文化庁の事業として、約200億円が計上されました。観光庁では、地域資源を活用した観光まちづくりを推進する事業や、広域連携DMOの支援事業など地域の関係者同士が連携して、魅力ある観光地づくりを行うための予算も充実させています。さまざまな事業が活用され、各地域で積極的な誘客が行われることを期待しています。
篠原:大山阿夫利神社は、日本観光の起源といわれます。約2200年の歴史を有する江戸庶民の信仰をベースに〝憧れの旅〟の目的地として繁栄し、日本の文化の発展に大きな役割を果たしてきました。
目黒:大山阿夫利神社は、2200年以上前の崇神天皇のころに創建されたと伝えられている式内社です。

また自然崇拝の元祖でもあります。山にかかる雲を眺めて、雨を予想し、農作業の日程を調整したりしていました。この雲による雨は飲料水や海の漁場の環境を整えることから、大山は日ごろの恵みに対する感謝を示されていました。
古来では別名「あめふり山」とも呼ばれ、雨乞いや五穀豊穣の祈願の対象でした。武運が長く続くよう、源頼朝公が当社に刀を納めたことから「納太刀」という風習も生まれました。
庶民からの崇敬も厚く、江戸の人口が100万人だったころには、年間20万人を超える人々が大山詣りを行ったと記録されています。さらに、参拝者は日々の感謝の気持ちとして、食料を収めることもありました。現代では、金銭に変わっています。
こうした史実が重なり、1つの山にすがる文化が築かれました。

篠原:このような文化を後世に継承することの価値は高く、将来への伝承に当たって、観光は分かりやすく文化を伝える手段であり、価値があります。
村田:山岳信仰は現代にも引き継がれています。さらに大山阿夫利神社には、先導師が参拝者に提供する宿坊や納太刀などの文化を知ることができる観光素材が多くあります。こうしたなか、大山詣りは2016年、我が国の地域の風土に根ざし世代を超えて受け継がれている、文化などを認定する日本遺産に認定され、さまざまな観光資源の一層の充実がはかられています。
今後、多くの人を惹きつけ、文化的価値を認めてもらうことが、伝統を後世に引き継いでいくことにつながります。
目黒:文化の継承については非常に難しく、悩みを抱えています。宿坊は明治―昭和ごろに、100軒以上ありました。現在は40軒ほどまで減少しています。地域の最大の課題である後継者不足を解決するため、宿坊の主人であり、参拝のお世話をする先導師を魅力ある職業に確立する必要があります。神前に奉納する伝統文化「神楽舞」の継承も欠かせません。
篠原:生まれ育った地域に住み続けたいと思っても、安定した収入を得るのが難しいため生活できないと感じ、都市部に移り住む人も多いなか、各地の素晴らしい地域ならではのレガシー(遺産)を活用できる体制を整備する必要があります。
観光庁では、「地域・日本の新たなレガシー形成事業」を展開し、将来にわたり国内外から旅行者を惹きつけ、継続的な来訪や消費額向上につながる地域のレガシー(遺産)となる新たな観光資源を形成することを目的に支援を行っています。大山の宿坊の再生と文化財登録を目指す「江戸から令和、そして未来へ ~令和版大山詣り~甦れ! 宿坊『源長坊』再活用事業」が、24年度にこの事業に採択されています。
目黒:大山の宿坊は廃業によって空き家化が進行していることを受け、観光庁のこの事業を活用し、廃業した宿坊「源長坊」を登山者の休憩と大山ならでは歴史的体験を提供する施設としての活用に向け検討しているところです。大山全体の観光の拠点として機能させることを目指します。
さらに、近隣の宿坊や店舗、歴史的スポットなどと連携し、観光客の周遊ルートを形成することで、地域全体の振興をはかっていきます。
結果として日本の新たな象徴的観光地の拠点となることも目指します。
村田:観光庁では、地域の観光資源を生かした地域活性化を支援する施策を講じています。大事なのは、観光庁の事業への応募によって、地域の方々がそのエリアの将来を考えるために集まることです。大山については、活気に満ちていた宿坊を現代で活用するための議論の場を提供することになります。
一度に意見をまとめるのは難しいものの、丁寧な議論を重ねることで方向性が定まっていくものと考えます。地域の課題は共通なので、リーダーが具体的な計画を示したうえで、メンバーのサポートや、必要に応じて計画を修正し、合意形成をはかっていくことが重要です。
源長坊は地域の拠点として情報を発信することや、観光の目玉になるポテンシャルを有しています。将来、新たなファンやリピーターの獲得につなげてほしいと思っています。
篠原:長い歴史を有するレガシーのカタチを変えずに受け継ぐことは難しいなか、歴史を守りながら、時代に沿ったアイデアで消費者のニーズに応えた商品を造成することが、持続的な伝承の可能性を高めることにつながります。
村田:新たなファンやリピーターを獲得するには、名所や景観の良さだけでなく、歴史的背景を伝えることが重要です。地域では気づきにくい価値や魅力を掘り起こすため、外部事業者ならではの視点やノウハウも活用してほしいと考えています。
目黒:宿坊に行き、白装束を着て、編み笠をかぶりながら、大山に登ることが大山詣りの原点でした。観光客がガイドから大山詣りの歴史的背景を聞きながら山を登り、頂上で美しい眺望を楽しむ一連の体験を造成できれば、地域ならではの大変魅力的な観光商品になります。この企画の運営には地域外の協力も欠かせません。
篠原:大山地域では日帰り観光客が多く、滞在時間が短いことが課題です。観光庁の「地域・日本の新たなレガシー形成事業」を活用して宿坊を再生し、宿泊需要のある訪日外国人など新たなマーケットの開拓を含め、地域観光のさらなるステップアップをどのように進めていきますか。
目黒:地域らしさを体験に盛り込むため、宿坊のスタッフが一緒に同行するなど、地域の人が観光客とコミュニケーションをはかれる企画の展開を計画しています。
篠原:観光庁はこれまで、地域・日本の新たなレガシー形成事業をはじめ、観光資源を活用した地域活性化のため、さまざまな支援を行ってきました。今後、さらなる地域の発展に向けて、どのように取り組んでいきますか。
村田:我が国の観光地の魅力を高めるためには、既存の資源に付加価値を加えるとともに、魅力を効果的に発信していくことが重要です。こうした取り組みを進める過程で、地域の人々が話し合いを重ねることは、郷土愛の醸成にもつながります。
観光庁は今後も、観光資源の魅力向上に必要な予算の確保やアイデア創出、体制構築などを支援しながら、観光を通じて地域住民の幸福度も向上する地域づくりを進めていきます。
目黒:神奈川県伊勢原市の大山地区は6町から構成され、人口は1千人以下である一方、年間100万人ほどの観光客を迎えています。行政や観光事業者などとの連携を強化することで、伝統と住民の生活の質を維持しながら、大山への登山を含む大山詣りなどの観光体験の提供を通じて、さらなる地域活性化をはかりたいと考えています。
篠原:さらなる誘客には地域内の連携を強固にしたうえで、取り組むことが不可欠です。観光庁の事業を通じて、さまざまな事業体や行政、市民など地域の関係者が協議を重ねて、地域の方向性をまとめることが、持続可能な観光地域づくりにつながります。
多くの地域が観光庁のさまざまな支援策を活用し、一層の発展を遂げることを期待しています。







