【伊豆・坐漁荘オーナー 葉 信村総裁インタビュー】人材育成、「温泉旅館文化」継承を
2026年1月4日(日)配信
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静岡県・浮山温泉郷の「ABBA RESORTS IZU―坐漁荘」は現在、春の南館新築開業に向け、急ピッチで工事が進んでいる。施設オーナーは「CIVIL GROUP」(本社=台湾台中市)の総裁・葉信村氏。同グループでリゾートホテル事業を手掛ける「ABBA RESORTS」が運営を担い、24年には10周年を迎えた。本紙はこのほど、葉総裁の来日に合わせインタビューを実施。話題は坐漁荘の運営から新しい施設に託す思い、さらには人材育成、温泉旅館文化の継承に及んだ。
【聞き手=石井 貞德本紙社長、構成=鈴木 克範】
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――一昨年開業10周年を迎え、良い方向に進化を遂げられています。
企業経営には「理念」と「利益」、2つの要素が不可欠だと考えています。これは私が(台湾で)CIVIL GROUPを創業して30年間、常に抱いてきた信条でもあります。日々の経営の中で、常にこの2つを大切にしてきました。
もしどちらかを捨てなければならないとしたら、私は利益を捨てて理念を残します。なぜなら、100年続く企業や宗教、国の多くは、理念があるからこそ永続的に存続できるのです。利益だけでは、企業は長くは続きません。理念の実現を信じるなら、人は迷わずその道を進むはずです。
「ラストサムライ」という映画があります。トム・クルーズ演じるオールグレン大尉は、南北戦争で活躍した英雄です。映画の中で、(明治)天皇がオールグレン大尉に「武士のリーダーである勝元(盛次)がどのように死んだかを教えてくれ」と尋ねる場面があります。大尉はこう答えます。「どのように死んだかではなく、どう生きたかをお話ししましょう」と。この言葉に深い意味があると思います。理念を貫くためにどう生き抜いたか。これこそ私たちが考えるべきことです。
坐漁荘を引き継いでからの10年間を振り返るよりも、実際に何が起こり、それをどう乗り越えてきたかを話したいと思います。これは私の性格でもあり、強いこだわりです。坐漁荘を引き継ぐきっかけは、1枚の浴衣から始まる美しい物語です。私は日本文化が好きで、その美しい誤解の中で坐漁荘を引き継ぐことを決意し、日本のおもてなし、温泉旅館文化を永続的に継承していくことを決めました。
――温泉旅館、日本文化の継承はどのように進めましたか。
よく坐漁荘の管理職や旅行業者に、「温泉旅館に泊まらなければ日本に来たとは言えない」と話します。日本の魅力は温泉旅館文化にあります。これが失われたら、日本には何が残るのでしょうか。世界中を見渡せば、日本にあるものは他国にもあります。高層ビルや風景、街並みなど、どの国にも独自の魅力があります。日本にしかないもの、それが温泉旅館文化です。
坐漁荘を引き継いでから、刀や着物を集め、茶道を広めることを通じて、温泉旅館文化の継承に力を注いできました。これを坐漁荘に根付かせ、外国人や日本人観光客が日本固有の文化を再認識できるようにすることが私たちの目標です。
多くの日本人従業員から「あなたは日本人以上に日本人らしい」と言われます。しかし、先ほども言ったように、温泉旅館文化を失えば、日本には何が残るのでしょうか。その継承こそ私たちの目標です。この過程には、称賛もあれば無関心もあります。企業経営において、理念は利益よりも遥かに重要です。利益ばかりを追求することは意味がありません。
――課題はありますか。
坐漁荘を引き継いでから、日本人が自国の文化を忘れつつあることに気づきました。これは非常に残念なことです。私たちが外国人に刀や着物を紹介すると、驚き、感動してくれます。一方、日本人にはそれがありません。非常に不思議で、悲しいことです。
温泉旅館のソフト面も保存、継承されていません。坐漁荘を引き継いだ当初、従業員から「坐漁荘は旅館なのか、それともホテルなのか」と聞かれました。この質問には違和感を覚えました。外国では「ホテル」という言葉は旅館も含まれていて、規模が違うだけです。私の答えは明確です。「旅館もホテルも同じです」。なぜなら、顧客へのサービス、さらに期待を超えるおもてなしの精神は、名称に関係なく共通だからです。
この10年、成果もあれば、多くの挫折も経験しました。なぜ温泉旅館の従業員は自分たちのことをホテルの従業員よりも劣っていると感じるのでしょうか。私たちはこの問題を深く掘り下げ、さまざまなことに気づきました。
伝統的な温泉旅館では女将が「軸」であるという考えが根強いです。ほかの従業員は自分の意志を持たずに、女将の指示に従い、動いているだけです。これでは「お客様第一」ではなく、「女将第一」のサービスです。
ただ、私は女将を否定しているわけではありません。女将は非常に大変で、尊敬される仕事です。しかし、企業が女将を中心に据え、他の従業員がロボットのように指示通りに動くだけでは、顧客のニーズを満たすことはできません。
――問題を乗り越えるために取り組むべきことは。
日本の伝統文化、さらにはマネジメントの知見をもった人材の育成が必要です。
私は大学にホテルマネジメント学科があるのに、なぜ「温泉旅館学科」がないのかが疑問です。世界中のさまざまなホテルに宿泊してきましたが、日本の温泉旅館は特別です。家族のような温かいおもてなしを提供し、心の安らぎを与えてくれます。一般的なホテルでは、チェックイン/アウトのときしか従業員に会いません。だからこそ、ここで強く訴えたいのです。温泉旅館の人材を育成する団体や第三者機関が必要です。
育成機関で温泉旅館文化を支え、継承することで、持続的な発展が期待できます。1つの企業が永続的に経営できるのは、ハードではなくソフトに支えられているからです。
今ならまだ間に合います。育成機関を設立し、温泉旅館の従業員がホテルマネジメント学科の卒業生と同等の評価を受けられるようにすべきです。育成機関の課程を修了すれば、「文化師」や「日本文化継承者」などといった資格を取得できるようにします。これこそが、激しいブランド競争や多店舗展開競争の中で生き残るための重要な法則です。
経営が厳しくなっていく宿も多いなか、資源を共有し、その独自性をアピールしないと存続は難しいでしょう。今こそ、温泉旅館の皆さんが一致団結してほしいと思います。温泉旅館文化の継承は、我われ世代にかかっています。その協力は惜しみません。
――温泉旅館の本質は。
坐漁荘の従業員は非常に忠実に職務を果たしてくれています。とくに調理部門は、和食文化や創作料理を通じて、坐漁荘のこだわりを表しています。しかしながら、温泉旅館は食文化だけではありません。館内施設や庭園の紹介も重要です。これは世界中を見渡しても、ほかには見られない、特別な意味とスタイルを持っています。
温泉旅館の従業員は、「四季折々の庭園の美しさを紹介できますか?」「料理人が和食に込めた思いや、おもてなしの心を料理で表現していることを説明できますか?」。
これは私が最も痛切に感じる部分です。今回のインタビューを通じて、旅館業界全体に提案をしたいと思います。旧態依然とした考え方に縛られるべきではなく、現状を打破するのです。
国際化やAI時代の到来に対応しながらも、人と人との触れ合いの中で感じる温かさや熱意を伝えることができるのが、テクノロジーではなく、温泉旅館です。これこそが温泉旅館の本質です。
――今春には南館が新装開業します。
南館は築50年以上が経過し、老朽化が進んでいました。坐漁荘の規模を考慮し、より多くの子供たちが文化に触れられるよう、家族向けにメゾネット客室(4部屋)と露天風呂付きヴィラ棟(2棟)を新築します。
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「知は力なり」という言葉があります。私は台湾で子供たちにたくさん本を読んでもらいたいという思いから、図書館を設置しました。幼いときから、さまざまな知識を得ることは、人の成長に大いに役立ちます。南館での宿泊体験が、より多くの子供たちに、日本の温泉旅館文化を理解してもらうきっかけになればと願っています。
さらに、日本の若者たちにも、祖先や両親がどのように歩んできたかを知ってもらいたいです。温泉旅館でスローライフを体験し、文化の雰囲気を感じてほしいのです。
新しい南館は、日本の古典文学である「和歌」に着目し、宿泊客に単なる滞在以上の、奥深い日本文化の体験を提供します。コンセプトは「和歌に誘われる日本文化の旅」です。
館内デザインは万葉集の世界観を取り入れます。6つの客室はそれぞれ異なる和歌の世界を表現し、宿泊客の五感に訴えかけます。泊まること自体が、豊かな日本文化に触れる旅となるでしょう。
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――コンセプトがどのようなカタチになるか楽しみです。ありがとうございました。
2014年設立。台湾をはじめ、中国や日本で事業を展開。傘下企業の事業分野は、旅行業、ホテル運営のほか、投資や電子商取引など幅広い。
■ABBA RESORTS
2014年設立。台湾をはじめ、中国や日本で事業を展開。傘下企業の事業分野は、旅行業、ホテル運営のほか、投資や電子商取引など幅広い。






