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「観光人文学への遡航(38)」 信念に従って言いたいことを言う

2023年8月26日(土) 配信

 ある日曜日の早朝、寝つきが悪くてたまたま目が覚めた。そのまままた眠ろうとしたけれど眠れなかったので、テレビをつけたら、短歌の番組をやっていた。この番組に、山本一成という人が登場していた。初めて名前を聞く人だったが、将棋のプログラミングを作って人間の名人に勝った人らしい。その後、自分のプログラミング能力を生かして、交通事故のない世界を実現したいとの思いから、車の自動運転技術の会社を立ち上げた。

 

 このバリバリ理系脳の人が、見事な短歌を作る。「短歌は初めて」だと言いながら。

 

 私が見た回で課せられたお題は「予約」。私たち観光関連産業に関わる人間ならば慣れ親しんだ言葉だ。予約という言葉を普段私たちはなにも意識せずに使っている。その脊髄反射的に使っている言葉である予約の意味をここまで深く考究したことは今までもなかった。それをこの山本氏は見事に料理した。

 

 自動運転ハンドル捌き穏やかに心ざわめく歯医者の予約      山本一成

 

 自動運転で歯医者に向かっている。自動運転のハンドルさばきはとてもスムーズなのに、予約時刻が迫り来るごとに歯を失う悲しみで、心が穏やかではいられない気持ちを表現した。人の運転は感情によって往々にして乱れるものだが、自動運転ならば常に安定して運転できる。これにより事故を減らせるのではないかという思いを込めたと背景を語っていた。

 

 それを踏まえて、選者であるプロの歌人が返歌をした。

 

 たましいをやすめて車を走らせる抜歯を終えて蛻の帰路に     岡野大嗣

 

 抜歯の前と後、その心情の大いなる変化をこの“返歌”は対比している。岡野氏は単に歯が抜けてあるものがなくなったその喪失感を表現したと同時に、私は、人間だって機械に頼らずとも自分で感情の制御もできるんだぞという決意にも感じた。走らせるという強い意志を感じることばを使うことにより、あくまでも自分にイニシアチブがあることを主張している。あたたかくほんわかと、争いとは真逆の雰囲気の中で番組は終わりを迎えたが、私はこの両名のそれぞれの仕事に対する誇りと確信を痛いほど感じることができた。2人に共通するのは、自分のイニシアチブで自分の信じた道を進むという点だ。これはほかでもなく自由の追求だ。

 

 言いたいことが言えないこんな世の中にいつからなってしまったのだろう。

 

 反町隆史がこのフレーズを唄に込めてからもう25年も経ったが、あのころはまだ人を許す大らかさがあった。そのころよりもずっと生き辛い世の中になってしまったが、それでも一人ひとりのちっぽけな市民が信念を主張できる世界でありたい。

 

島川 崇 氏

神奈川大学国際日本学部・教授 島川 崇 氏

1970年愛媛県松山市生まれ。国際基督教大学卒。日本航空株式会社、財団法人松下政経塾、ロンドンメトロポリタン大学院MBA(Tourism & Hospitality)修了。韓国観光公社ソウル本社日本部客員研究員、株式会社日本総合研究所、東北福祉大学総合マネジメント学部、東洋大学国際観光学部国際観光学科長・教授を経て、神奈川大学国際日本学部教授。教員の傍ら、PHP総合研究所リサーチフェロー、藤沢市観光アドバイザー等を歴任。東京工業大学大学院情報理工学研究科博士後期課程満期退学。

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