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「観光人文学への遡航(37)」 一体関係としてのホスピタリティ

2023年7月30日(日) 配信

 観光学の教員になって20年近くが経った。その間、ずっとホスピタリティの概念に疑問を持っていた。

 

 ホスピタリティという言葉をよく口にする人ほど、どこかにあざとさやずるがしこさが見えてしまうことが多く、その人たちが、相手の立場に立ってとか、感謝の心とか、利他の心とかと巧みに言葉を紡ぎ出しているにも関わらず、どこか自分が中心になった物事の捉え方にずっとずっと違和感を覚えていた。そのような人々は、単に表面的に感じがいいだけで、その人々からは、慈愛の心など微塵も感じられなかった。

 

 「情けは人の為ならず」という日本の古くからの諺も同じだ。情けをかけたら人のためにならないという意味ではなく、情けをかけたら巡り巡って自分のところに返ってくるというのが本当の意味だ。だからこそ、人に情けをかけましょう……って、相手のためを思ってと言いながら、実は見返りをもらうことを最優先に期待しているではないか。

 

 結局、この違和感は、「利他性」なんて綺麗な言葉を使っていても、まだ相手を「対象」として自分とは一線を画して見ているところにあることに気づいた。そして、相手は対象ではない、相手はすなわち自分であり、お客様と自分とは「一体」であるという考え方が福祉施設で実践されていることをつきとめた。

 

 それ以来、相手は対象ではなく、自分と一体であるという考え方の源流を辿っていくと、宗教に行き着いた。まずは神道、そして、キリスト教、さらに、もっともそれをわかりやすく示していたのが、仏教、それも密教である真言宗の教えである。日本に根ざしている伝統宗教がそろいもそろって人間同士の関係性のあり方として一体関係を説いていたとは思いもよらなかった。

 

 とくに真言宗では、人間の心のありようを10段階に整理して、最終的な悟りの境地に至るまでのプロセスを明確に示している。「秘密曼荼羅十住心論」とそのエッセンスをまとめた「秘蔵宝鑰」の10段階に当てはめてみると、利他と言いながら、結局は自分の幸せのために行動するのは、その10段階のうち第2住心のレベルでしかない。この第2住心は儒教がここに当てはまるとされている。まさに、道徳心と言いながらも最終的には自分のためを考えていることを喝破したのはさすが空海である。

 

 それこそ、それぞれの宗教が最終形態として、相手を対象と見ず、対象との一体的な関係性に行き着いているのが興味深い。ただ、この一体的な関係性という概念がなかなか伝わらないのだが、秘密曼荼羅十住心論を用いて、一体関係に行き着くまでのプロセスを詳しく説明することで、ようやく伝えることができた。ホスピタリティは単なるおもてなしではないとの概念を、秘密曼荼羅十住心論でさらに解き明かしていきたい。

 

島川 崇 氏

神奈川大学国際日本学部・教授 島川 崇 氏

1970年愛媛県松山市生まれ。国際基督教大学卒。日本航空株式会社、財団法人松下政経塾、ロンドンメトロポリタン大学院MBA(Tourism & Hospitality)修了。韓国観光公社ソウル本社日本部客員研究員、株式会社日本総合研究所、東北福祉大学総合マネジメント学部、東洋大学国際観光学部国際観光学科長・教授を経て、神奈川大学国際日本学部教授。教員の傍ら、PHP総合研究所リサーチフェロー、藤沢市観光アドバイザー等を歴任。東京工業大学大学院情報理工学研究科博士後期課程満期退学。

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「「観光人文学への遡航(37)」 一体関係としてのホスピタリティ」への1件のフィードバック

  1. 前回ホスピタリティと神道(天皇)との関連性を引き合いに出したあたりから「アレッ」と思っておりました。が、新たな研究領域に入られたようで、これからの展開が楽しみです。

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