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〈旬刊旅行新聞4月21日・5月1日合併号コラム〉時間をかけて築く―― お互いを知り尽くした良い関係

2022年4月28日
編集部:増田 剛

2022年4月28日(木) 配信

 子供のころ、父親に町の小さなスポーツ店で、ミズノ製の青い野球グローブを買ってもらった。真新しいグローブは革の匂いがプンプンして、何度もグローブの中に顔をうずめて、大人っぽい匂いを嗅いだ。

 

 しかし、新品のグローブの革は硬い。たとえグローブにボールが入っても上手く収まらず、ポロリと落としてチームに迷惑を掛ける。そうするとグローブを恨めし気に眺め、「今の情けないエラーは自分の技術不足ではなく、この硬くて、思うように動いてくれないグローブのせいなんだ」と仲間や、相手チームのメンバーにもアピールして見せた。

 

 ベンチに座っているときは、グリップ力が上がるようにグローブをお尻の下に敷いて声援を送った。家に帰ると左手にグローブをはめ、右手にボールを持って、何度も繰り返して取りやすい位置にボールが収まるように、一人キャッチボールをしながらテレビを観ていた。その甲斐もあって、グローブは徐々に自分の手のひらや指と連動して動くようになり、ようやく自分愛用のグローブとなった。

 

 

 革製品は自分に馴染んでいくので、長く持てばエージング(経時変化)も楽しめる。

 

 去年、沖縄の古着屋さんで購入した革ジャンパーも、最初は私の体形にフィットしていない部分も若干あったが、着続けているうちに、少しずつ自然な着心地に近づいているのを感じている。先日、この革ジャンパーのポケットに何か小さな紙切れが入っていることに気づいた。よく見ると、ドイツ語で書かれた動物園の入場券の半券だった。おそらくドイツに駐留していたNATO軍の米国兵が沖縄に赴任して、またどこかに行くときに古着として売ったのではないかと、勝手に想像して楽しんでいる。

 

 

 モータージャーナリストの徳大寺有恒氏が、長年自分とともに走ってきた、少しヤレた感じのクルマでドライブする味わい深さを書いていた。

 

 人であろうと、クルマであろうと、最初は「はじめまして」だ。しかし、ハンドルの握りやギアシフト、フットブレーキを踏むタイミングや強度などが「付き合っていく」うちに、少しずつ持ち主はクルマの個性を理解していく。気難しさや、脆さ、逆に、絶対の信頼をおける頼もしさなど理解していく。一方、クルマにも魂があるかのように、持ち主のクセや欠点なども理解しながら順応していくように感じるのはなぜだろうか。

 

 出張などでレンタカーを借りることもあるが、最初はイグニッション・キーの位置や、ブレーキの利き具合、カーナビの操作の仕方、シートの位置など勝手がわからず、ぎこちない運転が続く。

 

 これが長年ともに時間を過ごしたクルマであれば、目を瞑ってもキーの位置やスイッチの操作もできる。この親密な関係性は、他人から見ると羨ましく感じる。バイクと一体感のある乗り方をするライダーを見ると、「お互いを知り尽くした良い関係をこれまでずっと築いてきたのだな」と、いつまでも目を離せなくなる。

 

 

 人と人、あるいはペットともお互いの「心のかたち」を分かり合って、労わり合っているような場面に出会うことがある。それは、行きつけの店で常連面する驕った客の態度とは対極にあり、知性も問われる高度な関係だ。

(編集長・増田 剛)

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