2024年6月29日(土) 配信

ホテル向けシステム開発の「タップ」(東京都江東区)は今年6月1日、新社長に吉田亮一氏が就任した。昨年6月には沖縄県うるま市に、次世代技術開発の総合戦略拠点「タップホスピタリティラボ沖縄(THL)」を開設。宿泊施設で行われているさまざまな接客サービスを、「人にしかできないサービス(ホスピタリティ)」と、「作業としてのサービス」に領域を明確化し、ロボットなど最新テクノロジーを活用した実証実験を日々行っている。吉田新社長に「THLで何が行われているのか」――など詳しく聞いた。
【編集長・増田 剛】
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□ホスピタリティサービスの革新へ
タップ代表取締役社長 吉田 亮一氏
――創業から、次世代技術開発の総合戦略拠点「タップホスピタリティラボ沖縄(THL)」開設までの経緯を教えてください。
当社は前社長の林悦男(現会長)が1985年に、ホテル向けのシステムベンダーとして創業しました。現在約1700軒の宿泊施設に利用していただいていますが、あらゆるシステム開発にとって“コモディティ化”が進むのは宿命です。当社にとっても自社のシステムだけでは性能や品質などの差異化が難しくなってくると認識しています。
そこで、新しいテクノロジーを活用して、安心・安全・清潔・エコ・コンビニエンスな宿泊体験と効率化、そして「新たな宿泊業の価値創造」に向けて取り組んでいく方向性を定めました。
これまでの宿泊施設は「おもてなしは人がやるもの」という前提に立っています。ホスピタリティの中身を分解していくと、作業としてのサービスの領域に「人」が携わっているため、最も大切な「人」がおもてなしをする領域に手が回っていない状況が多々見られます。
宿泊施設で行われているさまざまな接客サービスを、「人にしかできないサービス(ホスピタリティ)」と、「作業としてのサービス」に明確に区分し、この「作業としてのサービス」を、テクノロジーを活用した仕組みに変換することで、顧客満足と生産性の向上を追求していきたいと考えています。当社では、「ホスピタリティサービスエンジニアリング」と表現しています。今後宿泊施設が成長するうえで重要なポイントになると捉えています。
これを具現化する場所として昨年6月、自社資金によって、沖縄県うるま市に「THL」を開設しました。これまで育てていただいた宿泊業界に生業を基にご恩返しをしたい」という強い想いも込められています。
――吉田社長の経歴は。
1990年に前職の全日本空輸(ANA)に入社しました。マーケティング関連業務が長く、レベニューマネジメントや、チケットレス化、ダイナミック・パッケージなど、ITによる革新事業のほとんどに責任ある立場で関わっていました。
その時代に当時の林社長と出会い、その後「宿泊業界にも一緒にホスピタリティサービスの革新に協力してほしい」と誘われ、昨年5月に代表取締役専務として入社し、宿泊・観光DX事業など推進してきました。
――昨年6月のTHLのオープンから1年が経ち、具体的な実績は。
「ホスピタリティサービスをテクノロジーで実現する」ための実証実験の幅広さなど、沖縄のTHLに行くと当社が本気で取り組んでいることを実感されると思います。
館内には、案内や配膳、清掃サポートなどさまざまなロボットが動ける環境になっています。「HOTEL THL」の客室数は38室。宿泊施設とほぼ同じ環境で実証実験を日々行っています。このほかにもレストランやコワーキングスペース、セミナールームも備えています。
THL館内の施設を利用するには、スマートフォンが必要です。客室からスマホでドリンクを注文すると、1階レストラン調理場からロボットが客室まで運んで行きます。
エレベーターとロボットのメーカーが異なっていてもAPI(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)による情報連携で、サービスの提供が可能になっています。
客室内の空調、カーテンの開閉など電化製品のすべてをスマホアプリでコントロールできる仕組みを構築しています。
――実際に宿泊されているのは、どのような方ですか。
一般発売は行っておらず、共同研究や開発に関わっている協力会社の社員や、THLが立地している、うるま市の「沖縄IT津梁パーク」内にある企業の出張を中心に客室を提供しています。当社のスタッフが常駐し、月―金までの平日のみの営業で稼働率は現在50%程度です。
――レストランが提供する料理は。
基本的に冷凍食品ですが、障害者のスタッフも調理ができるように、例えばスマホからうどんのオーダーが入ると、うどんが入っている冷蔵庫がライトで光り、調理や盛り付けの指示がタブレットに表示されます。料理は配膳ロボットがテーブルまで運ぶシステムになっています。メニューも豊富にそろえています。
――人手不足が深刻化するなかで、宿泊施設の障害者雇用はそれほど進んでいません。
THLでは3人の障害者が働いています。レストランや、客室の清掃などに携わりながら、「技術のサポートによってどこまで活躍できるシーンを増やせるか」などを検証しています。技術サポートが進めば、飛躍的な障害者雇用の促進にもつながります。
さらに、安全性の観点からロボットをどの速度で動かせば最適なのか、ロボット同士の距離の置き方など、館内で動いているロボットを一元的に制御し、集中管理できるシステム「FMS」(フリート・マネジメント・システム)を導入しており、統合監視センターで安全性の検証など行っています。当社の基幹システムと、ロボットのFMSを高度に連動させる共通規格化にも力を入れています。
――清掃の負担軽減について。
現状では、ロボットが人間以上に浴槽の清掃を上手にできるレベルにはありません。しかし、人が浴槽清掃している時間に、公共スペースや客室の床を清掃することは可能です。人とロボットの作業領域をより明確化することが大切なのです。
古いリネンを片付けて、新しいリネンを入れる運搬も、ロボットが次に清掃する客室が分かっていれば、適切な場所で待機していてくれます。さまざまな実証実験の中で「1フロア、全館でどのくらい時間を短縮できるのか」などのデータを取って検証しています。
生産性が低い「重たいものを運ぶ」という作業は、ロボットが得意とするものです。ロボットの得意分野を今も人が作業しているので、人手不足や生産性の低下につながっています。実際に施設の中で実証して、「これだけ生産性が上がった」という明確な数値を表せれば、大きな説得力を得ることができます。THLが開業してわずか1年ですが、レストランのオペレーションや宿泊客のご案内などの部分でも、多くの成果を上げています。
――食事の多様化への対応は。
食材アレルギーに加え、グルテンフリーの食材のみを使ったメニュー、ハラール用、ビーガン用などの冷凍食品をあらかじめ用意しておくことで、ある程度は対応できるのではないかと思っています。
そのほか、遠隔診療の問題にも取り組んでいます。リゾートホテルで急病人が出ると、即座に診断や治療は難しい。一つの考え方として、システムを基にマイナンバーカードの病歴や投薬の状況など情報を参照しながら遠隔診療ができるようになれば、ある程度対応ができます。沖縄の医師会と連携し、THLを利用して実際に遠隔診療問題をどうやって取り組んでいくのかを検討しています。
近隣エリアの宿泊施設による共同仕入れも、システムをつなぐことで可能になります。「競争ゾーン」と「協力ゾーン」に区分して、お互いに協力し合うことで生産性を高めていけます。
システムスペックで競い合うよりも、ある程度共通化したシステムを上手に使って、システムを使わないところでそれぞれの旅館やホテルが付加価値を出していく考え方がいいのではないでしょうか。コスト面でも利点があると思います。
――建物のDXについて。
THLは消費する一次エネルギーの収支をゼロにすることを目指した「ZEB」認証も取得しています。使用する電気や水道は客室ごとにデータが取れるので、宿泊客がエコに関心の高い方であれば、明細書に滞在中の消費量を提示することも可能です。チェックアウト後に水道の蛇口の閉め忘れなどのケースにも、集中監視センターから警告が出る仕組みになっています。
「宿泊施設は地域における災害時の緊急避難所になるべきだ」という考えに基づき沖縄県うるま市と災害時協定を結び、災害時にはTHLが避難施設になります。ドローンポートがあるので、緊急物資も運び込まれる仕組みにしています。これらもテクノロジーよって宿泊施設が進化している分かりやすい例ですね。
また、手話ができるホテルスタッフが少ないので、沖縄高専と産学連携して、手話の情報を映像認識でロボットに読み込ませて、ロボットが文字化して返す研究開発などを行っています。障害者の方が安心して宿泊できる施設になれば、同行者も含め、旅行機会の創出にもつながっていくと思います。
――宿泊施設関連協会(JARC)について。
コロナ禍明けに観光庁も人手不足対策などでロボットの導入や、サービスを効率化するためのDX補助事業なども政策として打ち出しています。 観光業界でこのような分野を得意とする団体はあまりありませんでした。
7年前に創設したJARCの立ち上げに、当社は深く関わっています。会長は元観光庁長官の本保芳明氏で、理事長は当社の林悦男会長が務めています。誘客目的ではなく、宿泊施設に関わる技術や関連企業などが加盟しています。
さまざまな宿泊施設の課題に対して、JARCが受け皿となり、「どのようなサービスをトータルソリューションとして提供できるのか」という部分を開発していく流れを作ることで、業界の課題解決に役立っていけるのではないかと考えています。
THLの実証実験に共同で取り組んでいただいている企業のほとんどがJARC加盟メーカーです。自前のコストで自社の技術や、ロボット、システムをTHLに持ち込まれ、多種多様な検証を行っています。
――タップの進むべき方向性は。
創業30周年のときに「ホスピタリティサービスエンジニアリング」を標榜しました。
サービスではなく、「ホスピタリティ」の追求を、自らがしっかりと研究開発に関わり、実現できるまでやりきることを大切にしています。ホテルシステムをベースに、宿泊や観光のさまざまな課題に、DXを通じて解決していく。その「挑戦していく精神」を今後さらに育んでいく拠点がTHLです。このバックグラウンドを基軸に、未来のホスピタリティサービスをリードする会社を目指していきます。
宿泊施設の方にもぜひTHLでの宿泊を体験していただき、「このレベルまで達すると自館にも導入したい」といったニーズ出しをしてほしいと思います。
――ありがとうございました。
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