〈旬刊旅行新聞10月11日号コラム〉新しい旅の相棒 「早く目的の小さな旅に出たい」
2019年10月11日(金) 配信
先日、東京・練馬のホンダドリーム店に、新しい旅の相棒を迎えに行った。
自宅のある小田急沿線から新宿まで電車に乗り、都営大江戸線に乗り換えて練馬春日町で降りて、30分ほど歩いた。秋なのに気温が33度まで上がった灼熱の日で、喉が渇き、片手に持ったヘルメットすら重く感じた。
ようやく辿り着いた目的の店でいくつかの手続きを済ませ、裏側のガレージ前に案内されると、太陽の光を浴びた赤いオートバイの姿が見えた。「新しい友人」が私を待っていた。
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「旧い友人」のことにも触れなければならない。9月の台風が訪れる前日、3年間ともに過ごした2005年製のスズキのオートバイは「鬼籍に入った」。降りしきる雨の中、スパナやレンチを持って格闘したが、エンジンは動かなかった。翌日、晴れ渡った空の下、「旧い友人」を押しながら、近所の買取店に向かった。
30分ほどの査定のあと、3万5千円という数字が電卓で示された。私は「ありがとうございます」と言って、お札を握りしめた。店を出るときに、「旧い友人」と“目が合った”。
私は感傷的な気分は好きではない。さらりと、笑顔を向けて「さよなら」を言った。台風が過ぎ去った新鮮な陽光を受けた「旧友」は、とても〝べっぴんさん〟に見えた。
「旧友」との思い出は、山ほどある。あれやこれや、慣れない手つきで色々なことを試して、傷つけたことも、1度や2度ではない。「旧友」の最後の息の根を止めたのも、実は私なのである。
「旧友」の細い背中に乗って、北海道を一緒に走ったことは、いつまでも忘れないだろう。宗谷岬や納沙布岬、襟裳岬にも行った。北海道一周を走り終わって、神奈川の自宅近くのガソリンスタンドの小さな段差で、伸び切ったチェーンが外れた。「よくぞ北海道を走っている間に外れなかった」と、その根性を称えたものだった。「旧友」には感謝の言葉しかない。
早く再生して、優しいパートナーを見つけて、「末永く幸せになってほしい」と心から思っている。
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さて、「新しい友人」は少し体格がいい。「旧友」に慣れた私には、まだ大柄な車体を持て余し気味である。ブレーキの利き具合や、半クラッチの微妙なつなぎのポイント、押し引きの重点の掛け方など、まだよく分かっていない部分が多い。
それでも、少しずつお互いが理解し合えている手ごたえはある。最初はよそよそしかった2人(?)だったが、道路を走りながら、コミュニケーションを深めている。そして今や私は、スマートフォンに撮った「新しい友人」の写真を見ながら、「一緒に旅をしたい」という想いが日々強くなりつつあるのだ。
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1人旅は大好きであるが、やはり寂しくなるときがある。人間だとケンカになるが、オートバイは寡黙であり、頼もしい最高の旅の相棒である。「新しい友人」にはETCが備え付けてある。もう、どこへでも行ける気分だ。
オートバイの旅の目的は、小さければ小さいほどいい。
「枯れすすきを見に、箱根仙石原に行く」「たこ焼きを食べに、大阪に行く」「ウミネコを見に、誰もいない海に行く」。どれもカッコイイ旅の理由である。
(編集長・増田 剛)