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「街のデッサン(230)」 私の耳は貝の殻、海の響きを 海洋ファンが集う潮騒都市

2020年6月6日
編集部:木下 裕斗

2020年6月6日(土) 配信

貝たちは海の響きを奏でている

 ジャン・コクトーの1行詩を、詩人・堀口大学が日本語に訳した。その1行は元々コクトーが「カンヌ」という詩を書き、その第5節にあるから「カンヌ5」と呼ばれている。堀口はこの1行詩の題を「耳」と表現した。詩は“私の耳は貝の殻、海の響きを懐かしむ”という本当に短いものであるが、私はこの詩に中学生のころに出逢った。

 そのころから萩原朔太郎や中原中也などの詩集を手にしていたが、本当は詩とは何かよく解っていなかった。しかし、このコクトーの1行に触れて詩が解るような気がした。耳のメタファーとして貝があり、貝の殻は海の響きをそのまま小さなコンサートホールのように抱擁している。浜辺に転がる貝が、自分の耳になって海の響きをまるごと伝えてくれる虚空の共振が詩なのだと思った。そして、その虚空の協奏が言葉の音楽となる。

 列車が志摩(三重県)に近づき、車窓から運河状の海や小さな湾が見え始めたとき、なぜかこのコクトーの詩のことを想っていた。地中海にあるカンヌは滑らかな海岸線に面している。しかし、志摩は複雑な幾つもの湾や浦や磯を持つリアス式の海岸の町。入り組んだ浜に多くの貝殻が転がっている。それらがそれぞれの海の響きを抱え、私は貝殻たちからどんな響きを聴くことになろうか、と夢のようなコンサートがもう始まっていた。

 志摩を訪れたのは、「海女の文化」が日本遺産に認定され、記念のシンポジウムに参加するためであったが、地球の生命を最初に合成した磯と海女が共生していることから、私には彼女らの存在に「母」のようなイメージを持った。

 漢字の「海」には「母」が包摂されている。フランス語の海=mer(メール)は、母=mere(メール)と綴りは違っても同じ発音で、やはり共通の意味性を持つ。母なる海の持つ大切さを、海女は私たちに伝承する役割を持っている。海の響きはすなわち命(いのち)の響きでもある。

 私は、「海女文化」を守り育てていくために、海女小屋での海産物販売や料理のサービスも大切であるが、ジャン・コクトーの力も借りなければと考えた。

 それは詩のフレーズを使った“私の耳は貝の殻”という名の、「海の響き(潮騒)」を音楽にし、「貝の殻」をアートにしたミュージアム構想である。殻を模した施設は、地中海や北海、ホーン岬、ケープ岬での海や風の響きが聞け、世界中の珍しい貝に出逢える博物館だ。カフェ「ラグーン」では、命を共鳴させる海洋ファンの“溜り”ができるのは必至であろう。

コラムニスト紹介

望月 照彦 氏

エッセイスト 望月 照彦 氏

若き時代、童話創作とコピーライターで糊口を凌ぎ、ベンチャー企業を複数起業した。その数奇な経験を評価され、先達・中村秀一郎先生に多摩大学教授に推薦される。現在、鎌倉極楽寺に、人類の未来を俯瞰する『構想博物館』を創設し運営する。人間と社会を見据える旅を重ね『旅と構想』など複数著す。

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