2025年4月1日(火) 配信

奥出雲多根自然博物館(島根県・奥出雲町)は、旅行新聞新社が取材活動などを通じて見聞きした観光業界の取り組みのなかから、創意工夫の見られるものを独自に選び表彰する「日本ツーリズム・オブ・ザ・イヤー2024」(2024年12月1日号発表)の優秀賞を受賞した。同館は「暮らせる博物館」を掲げ、奥出雲の風土や文化、食の魅力などを多彩な切り口で発信する一方、学生のインターンシップの受け入れなど新しい取り組みにも積極的だ。今後の博物館の方向性について、同館の宇田川和義館長に話を聞いた。
【土橋 孝秀】
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□地方の価値を見直す時代 奥出雲ならではの博物館目指す
――博物館の概要を教えてください。
メガネの全国ブランドで知られるメガネの三城(現パリミキHD)の創業者多根良尾氏が「自分が育った故郷への恩返しと、子供たちの想像力と夢を育みたい」との強い想いを抱かれ、その遺志を継いだ2代目の多根裕詞氏により、1987年、自身の化石コレクションをベースに「宇宙の進化と生命の歴史」をテーマとする自然史博物館を、良尾氏の出生地に建設されました。
この博物館は人間として生まれた奇跡や、人との出会いの不思議を知ってほしいと、恐竜の実物大骨格標本や古代の生き物の化石など約2千点を展示するほか、研修室や図書室などを備え、子供から大人まで楽しめる博物館となっています。
現在は3代目の多根幹雄氏が理事長に就任され
「本来の日本の良さが奥出雲にある」「大きな時代の流れの最先端に奥出雲はある」と奥出雲の魅力を生かした地域ミュージアム構想を描かれています。
日本で唯一、登録博物館に宿泊施設を併設していることから、「泊まれる博物館」として話題になりました。宿泊者限定の「ナイトミュージアム」や探険グッズ、博物館クイズなど子供さんに大人気です。1、2階が博物館、3―5階が客室、6階は展望レストランという構成です。恐竜グッズに装飾された3階の「恐竜ルーム」、奥出雲の風景を楽しむレストランでは土鍋で炊き立てを提供する仁多米が喜ばれています。
――昨年、インターンシップの受け入れや出張レストランの開催など新しい取り組みを行いました。
博物館をさらにブラッシュアップさせようと、島根県観光誘客プロモーターなどを務め、県内外に多くのパイプを持つ、門脇修二氏が専務理事に就任し、昨夏には國學院大學(神奈川県横浜市)の学生3人のインターンシップ受け入れが実現。2週間にわたり博物館業務や宿泊業務に携わってもらいました。終了後のレポートから若者視点の情報などを得ることができ大変良い刺激になりました。
10月には松江市にある松江栄養調理製菓専門学校と連携し、博物館のレストランで「1日限定出張レストラン」を開催しました。学生が奥出雲の食材を使用したランチメニューを考案・調理し、満席のお客様に提供しました。学生たちにとっても貴重な学びになったと思います。これらの取り組みを通して、将来奥出雲で働こう、仕事をつくっていこう、という志ある人が出てきてくれることを願っています。
――宇田川さんは町職員を経て2010年に館長に就任されました。
就任した当時は、来館者が年間2千人余でしたが、町職員時代にご縁のあった日本宇宙フォーラム(JSF)の間宮馨理事長(当時)に協力を依頼し、まず「夏休み宇宙展」を開催し、期間中1千人余のお客様をお迎えし博物館の活性化を試みました。
また、ある朝、宿泊のお客様から「そういえば、ここは博物館もあったのですね」と言われ、せっかく奥出雲に来てお泊まりいただいて、せめて博物館を見ていただきたく思い、現理事長に相談しました。そこから「泊まれる博物館」プロジェクトをスタートさせました。そして翌2011年4月、老朽化した施設を全面的にリニューアルし、昼間とは違ったライティングで夜の博物館を楽しんでもらう「ナイトミュージアム」を始めました。
――現在は「暮らせる博物館」プロジェクトを進めています。
「泊まれる博物館」を経て、次に目指すのは「暮らせる博物館」です。かつて、日本古来のたたら製鉄で1千年以上の歴史を持つ奥出雲では、砂鉄採取跡地を棚田に再生し稲作や林業、和牛飼育など、人も自然も共生する資源循環型農業が受け継がれています。19年には中国地方で初めて、日本農業遺産に認定されました。ブランド米に成長した「仁多米」の産地であり、たたら時代の役牛は改良を重ね、肉質の良い奥出雲和牛につながっています。
せっかく訪れていただき、博物館だけ見て帰られるのはもったいない、ぜひ滞在して奥出雲の持つ魅力を感じてほしいというのが現理事長の思いであり、暮らせる博物館プロジェクトの核心です。
21年には近接地にある古民家を改修し、1棟貸しの体験交流施設「奥出雲百姓塾」を開設しました。地域の協力者とタッグを組み、宿泊しながら農業体験や奥出雲の食材を使った料理体験などのコンテンツを提供しています。昨春にはプロジェクトの一環で、地元農家と連携して仁多米スーパーブランド米「SAJIRO米」の栽培を始めました。博物館のある佐白地区において、環境が確保された棚田で農薬や除草剤を使わず、地元和牛の完熟堆肥を投入する自然農法栽培のお米です。収穫したものを博物館のレストランで提供しています。
世界的規模で健康食を普及されたマクロビオティック創始者・故久司道夫氏の故偕子夫人は、奥出雲の出身です。私は偕子夫人の顕彰碑建立委員会のお世話もさせていただきました。そのお弟子さんの高橋美恵さんが偕子夫人の故郷奥出雲の食材を生かした健康食を皆様に紹介したいと、当館のレストランや百姓塾で、現在、「奥出雲のめぐみランチ」と題した料理を提供しています。
――町職員時代は「仁多米」のブランド化に取り組んだと聞きました。
「島根米」として流通されていた仁多米を、販売を区分し「仁多米」としてブランド化し、生産から販売まで一貫体制により、農家所得の向上をはかることが定住対策の基本と当時の岩田一郎町長が考えた施策でした。まず、仁多米を集荷する「仁多郡カントリーエレベーター」を建設し、籾のまま低温貯蔵し、出荷直前の精米によって年中新鮮なお米が産地直送できる態勢を整えました。
私は町の仁多米振興課長として首都圏の有名スーパーなどを訪ね歩きセールスしたところ、産地や町が責任を持つ本物ということで評価を受け、百貨店や各社のギフトカタログに取り上げられるとともに、産地直送の魅力で個人の通信販売も増え、何とか4年間で希望価格での販路の開拓を達成し、仁多米の知名度と農家の所得向上にもつながりました。
もう1つはロケ誘致です。04年に奥出雲亀嵩が舞台の松本清張原作「砂の器」のテレビドラマ化(TBS)のときに、当初奥出雲での現地ロケが行われないと聞きました。それは困ると、僭越を顧みず福澤克雄監督に直談判し、さまざまなリスクがあるなかで奥出雲ロケが実現しました。実際のロケの際は役場や町民挙げて迎えました。監督から「日本の原風景がある!」と絶賛していただき、以来、一昨年の「VIVANT」ロケまで6作品、20年以上のお付き合いです。
――今後の構想について。
2031年1月23日に2代目・多根裕詞氏の生誕100年を迎えます。現理事長はそこに向け、30年までに暮らせる博物館プロジェクトの全体構想を具現化し、ある程度施設を整備するという絵を描いています。奥出雲に長期滞在し、自然や文化、歴史を体感することを通じて、違った価値観を認め合うこと、異質な価値観の出会いが新しい可能性を創造することを学べる場所――奥出雲をそういう場所に育てていくというのが未来ストーリーです。テーマは「子供の輝く笑顔と、ご家族の楽しい想い出を育む」です。
博物館展示施設などもこのテーマに沿った地域と一体となった新しい設備をはかることを検討しています。
私自身77歳になり、ここまで長くやるとは思っていませんでした。現理事長は海外生活が長く世界を渡り歩いておられます。2代目もそうでした。そうした世界を見ている人が奥出雲の価値を認めてくれています。
私の役目は初代、2代、現理事長の奥出雲に対する思いを地域の人々に伝えていき、そのなかで地域づくりに全力投球することだと考えています。
つい先日も千葉県からお越しいただいお客様が1週間滞在してリモートで仕事をされていました。仕事の合間に地域の魅力を体験するというワーケーションも増えています。さまざまな面で奥出雲の魅力を発信していきたいです。
――ありがとうございました。
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