2017年9月21日(木) 配信

高品質のおもてなしサービスを提供することで、お客様の強い支持を得て集客している宿の経営者と、工学博士で、サービス産業革新推進機構代表理事の内藤耕氏が、その人気を探っていくシリーズ「いい旅館にしよう!Ⅱ」。第15回は、大分県・別府温泉のホテルニューツルタ(鶴田浩一郎社長)の鶴田宏和経営企画室長が登場。インターネット予約とインバウンド対応から改革をはじめ、現在は、“宿はマッチングサービス業”と捉え、宿が抱えるさまざまな制約の中から最適なターゲットを見つけている。
【増田 剛】
◇
鶴田:もともとは別府北浜の網元でした。明治に入って北浜に観光港ができ、主に四国、そして関西や中国地方からも船を利用した行商や湯治客が増えました。そこで半漁半宿というかたちで、行商や湯治客向けの宿泊も生業としていました。
別府北浜エリアの宿が整備されていくのが、1900年代に入ってからです。温泉を掘る技術「上総掘り」が開発されて、一気に源泉の汲み上げが広がり、温泉が商用で利用され始めました。鶴田旅館は第1次世界大戦後の1918(大正7)年に創業し、来年100年を迎えます。
内藤:当初は小さな宿だったのですか。
鶴田:創業時は木造3階建てでしたが、その後モダンで洋風の鶴田ホテルに建て替えました。
――当時からにぎわっていたのですか。
鶴田:別府は国際観光都市の認定を受け、30年代は第1次最盛期として栄えていたようです。冬の避寒地という位置付けで、当時満州国に住む人たちも多く訪れました。すでにインバウンドブームがあったのです。
その後、第2次世界大戦後にホテルは米国進駐軍の宿泊地として接収されました。48年夏に解除され、そのときに合資会社から転じて株式会社鶴田ホテルを設立しました。
別府は60年代から70年代にかけて、もう1つの最盛期を迎えました。高度経済成長期に宿の大型化が進み、また、団塊の世代の新婚旅行ブームの中で開発されていきました。
高度経済成長期の68年には本館が建てられ、88年には鉄筋コンクリート8階建ての新館「明亭(あかりてい)」が完成し、現在のかたちになりました。
本館の客室は44室、南側の別館の明亭が12室で計56室です。宴会場は5つあります。
内藤:戦後からどのようなサービスを提供されていたのですか。
鶴田:60年代後半に宿が大型化したあとは、1泊2食型です。客室で料理を提供していたので、各フロアにパントリーがあり、仲居さんは大変だったと思います。
内藤:旅館の「1泊2食付きで部屋食」というサービスは1970年代以降に急速に広まっていったスタイルで、日本の古くからの旅館のやり方ではないですね。
鶴田:70年代にかけて、核家族化が進み、「大人2人、子供2人」を想定した定員4人の客室が主流になっていきました。これが90年代になると2人客へと移っていきます。
内藤:時代とともに宿のビジネスモデルは大きく変化していきます。高度成長からバブル期は人口が増え、個人所得も上がり、宿の単価も上げることができた時代。今は逆の動きになっているから単価も上げられない状況になっています。
高度経済成長期や、バブル期のビジネスモデルのまま、現在の客層へと変化したので、多くの宿では生産性ギャップが生じてしまっています。
バブル崩壊後はどのような状況だったのですか。
鶴田:絶頂期の88年に明亭を建て、直後の91年にバブルが崩壊。95年くらいまではなんとかお客様も来られていたようですが、その後97年のアジア通貨危機あたりからお客様が急減していきました。団体旅行の流れが減少し、別府温泉全体の宿泊客数も大きく減っていきました。
一方で、由布院、そして黒川温泉が脚光を浴びてきました。旅行形態のサイズがさらに小さくなっていき、別府の旅館の多くは定員4人を想定した宿の設備が、お客様の旅行形態のサイズと合わなくなりました。
内藤:インバウンド拡大と、鶴田室長が宿に入った時代が合致していますね。
鶴田:私が宿に入ったのは、4年半前の2013年4月です。東京で宿泊業とは違うビジネスをしていましたが、ホテルニューツルタの現・若女将と知り合い、結婚を機に移住してきました。
内藤:宿に入った当時の印象はどのようなものでしたか。
鶴田:国内マーケットが大部分を占めていましたので、国内の休日、休暇に大きく左右され、季節波動がもっとはっきりとしていました。また、前向きな設備投資に回せるキャッシュフローの余裕がなく、宿に投資しづらい財務状況で、 “マンパワー”でなんとか収益を出している状態でした。
私は宿泊業の経験がまったくなかったので、環境に慣れるのに1年くらいかかりました。
内藤:そのころは何をされていたのですか。
鶴田:半年以上かけて夜警から客室のメンテナンス、調理場の補助などすべての部署を経験し、あらゆるものを見ていました。そのなかで「この売上高で、こんなに社内業務が複雑なのか」と驚く反面、「もっとラクに稼げそうだな」とも感じていました。
当時は売上を上げるために、スポーツ団体合宿の受け入れに力を入れていました。客室定員を4人程度として、1泊2食付きで1人当たりを格安に設定していました。それでやっと季節波動の中で売上を確保していました。すごく大変でしたが、自館の客室のサイズにお客様を合わせていく当時の戦略は正しかったと思います。前向きな投資がしづらい環境で売上を確保して利益を残すためには、単価を低く抑えるしかありませんでした。
10年ごろからインターネットの宿泊予約サイトが飛躍的に売上を伸ばしていきました。また、14年後半からインバウンドの流れが大きくなりました。私は世代的にもそのあたりに強みがあったので、まずは、ネット予約とインバウンドへの対応から改革を始めました。
社長の経営に対する考え方も学びながら、「当館にとって、どのようなお客様を“マッチング”するのが最適か」と考え始めました。客室のサイズや設備は当面変えられないのなら、どのようなお客様に泊まっていただければ、満足してもらえるか。「宿はマッチングサービス業」と捉えるようになりました。
内藤:施設が抱えるさまざまな「制約」を受け入れるということですね。
鶴田:制約の中でカップルを成立させるような感覚です。
14年の終わりには、経営的な数字も大体把握しました。業界慣習や、別府温泉でのポジショニングも理解できるようになりました。
15年からは、「どのポジショニングでお客様を獲得していくか」を模索し始めました。インバウンドのFIT(個人旅行)化が急激に進んでいったのも同じころです。海外のOTA(オンライン旅行会社)が進出してくると、FITへの対応にいち早く取り組みました。
当館はグループサイズが小さくなっていく日本人のマーケットには、サービス面も含めてフィットさせることは難しい。一方、アジアの旅行者は日本人と比べてグループサイズが大きい。別府から距離的に近い韓国以外では、中華系旅行者は家族旅行形態が多く、3世代や、親族も合わせて7―10人のグループになることもあります。私はここをターゲットの1つに設定しました。
内藤:具体的には何をされたのですか。
鶴田:すごく簡単で、海外OTAと契約をしただけです。当時は外国人客を受け入れると、日本人客が来なくなることを警戒して、海外OTAと契約する宿が少なかったですね。
心を開いて、FITの窓を開けると、初期の段階で一気に入って来てくれました。FITの発地から当館への導線ができたので、「この流れを攻めれば、もっと増える」と考えました。
海外にも旅行会社がたくさんあるので、マーケティングデータとして流れがみえていた国と都市ごとに攻め、直接取引で海外からのツアーを獲得していきました。
別府のインバウンドは韓国が4割以上を占め、台湾からも多く来られます。これまでは別府の主力マーケットは福岡の都市圏が中心ですが、別府、由布院、黒川、嬉野、雲仙など九州の北部だけでも名だたる観光地があり、メインマーケットの福岡都市圏にターゲットを絞るとコストがかかってしまう。それなら、成長する未開拓市場を探した方が早いと考えたのです。
内藤:海外OTAと契約してもお客様が増えない施設もあります。どうして増えたのですか。
鶴田:細かいテクニックはあります。
例えば、写真の見せ方では、日本人のお客様は「宿でゆっくりしたい」というニーズが高いので、一般的に料理の写真を大きく出す傾向が強いですが、海外OTAから予約されるお客様の場合、ロケーションや、客室のアメニティー、装備品などをとくに重視しています。
内藤:FITにとっては移動が不便なのでロケーションを重視するのは分りますが、アメニティーはどういうところを気にされるのですか。
鶴田:日本人のお客様だと、旅館の料金レベルに応じて浴衣やタオル、トイレなど客室に何が備えてあるかは、おおよそ予想できます。しかし、外国人旅行者は和室タイプの旅館のアメニティーは想像しづらいようです。
そういうものを写真で見せるだけでも、当館に合った旅行者をマッチングしていくための1つのサービスになります。「外国人が不安に思うことを解消していく」という単純なことです。
また、夕食で街に出るときに、こういう料理ではこの店が美味しいなどの情報は強化しています。宿でチェックインしたあとの時間や、街での過ごし方には力を入れています。
宿の裏の北浜歓楽街には100軒以上の飲食店があり、お客様には「夕食は外で食べてください」と誘導しながら、泊食分離をして客室の稼働率を優先して高めていきました。
高級料亭付きのリゾートホテルのような形態が旅館だとすると、宿泊と食事を分けて、ホテル客室売上でベースを作り、食事付きはツアー商品を中心に売上を構成していきました。
全館56室の宿ですから、休館日など除いて360日程度営業すると、年間に約2万室しか販売在庫がないビジネスです。しかも、毎日1日分の在庫が強制的にリセットされるわけですから、お客様とのマッチング精度を高めて販売機会損失をいかに防ぐかがとても重要です。
実は海外の旅行会社にしてみれば、まだまだ部屋が足りない状況なのです。日本よりもむしろ単価が高いくらい需要が大きいのに、外国人、とくにアジアの旅行者を受け入れると、日本人の旅行者が減るという考え方がまだあります。一方で、国内の若い人には「国際的な香りのする宿泊施設に泊まりたい」というニーズがあるのも事実です。
内藤:消費単価はどうですか。
鶴田:この3年くらいは第一段階として客室稼働と、客室単価を上げることを重要視しています。
内藤:稼働率は上がったのですか。
鶴田:この2年で高まってきています。年間稼働率は86%ほどです。以前もスポーツ合宿や、安い単価で素泊まりを受け入れていたのでそれなりに高かったのですが、稼働率上昇と合わせて、客室単価も1200円くらい上がりました。日々レベニューコントロールを徹底し、宿泊の室料の上昇で利益率もアップしています。
原価の掛かる料理ではなく、客室の売上を、「単価」と「人員増」の両面で上げていくやり方です。ターゲットの1つとしているアジアからのツアーは、1室に平均で最低でも2人以上入ってくれます。それまでは主に日本人のビジネス利用で、素泊まり1人5千円前後だったのが、夕食なしのFITでも、1室当たりの単価が1万2千―3千円まで上昇しています。
FITの単価は、国ごとにバランスを取っています。個人旅行が多い韓国、香港、台湾、タイでは、1泊朝食付きで6千円程度に設定しています。
内藤:1泊2食ではいくらですか。
鶴田:郷土料理を主にした会席料理を提供して、1人1万2千円程度です。FITの8割は街に出て、外食されます。昨年の外国人比率は40%を超え、日本人と半々になる日も近いかもしれません。もちろん日本人のお客様が最重要であることには変わりありませんが。
内藤:外国人客は毎年増えているのですね。
鶴田:ツアーのボリュームも拡大し、FITも増えています。一方、日本人客の平均年齢層も変化し、30代後半が主体へと若返っています。
面白いことに今の若者は「つながり世代」といわれ、グループ旅行が好きで、少しグループサイズが大きくなっています。「3人以上は1人無料」といったプランを造ると、大体4―5人で来られます。宴会場としても使える広い客室を若者グループ20人に販売したりもします。1人当たり4千円でも、客室単価8万円のお部屋ができることになります。
若い世代にとっては、大人数で過ごす方が一人ひとり分れて個室で宿泊するよりも「時間価値は高い」と感じているようです。
内藤:若者のグループマーケットの特徴については、旅館もまだあまり気づいていないですね。
鶴田:彼らはいま、“インスタ映え”する写真を撮りたい。しかし、現状館内にはそのようなロケーションやシチュエーションは少ない。ならば、街へ出て「関サバ・関アジ」などの写真を撮って、SNS(交流サイト)で「別府だよ」とアピールしてくれた方が、別府全体のプロモーションになります。立地的に「別府湾を見渡せて歓楽街に隣接しており、駅やバス停からも近い好立地な宿」としてのポジショニングは変わらないので、街の価値を上げていくというのは、長期的に見ると、宿の付加価値を高めていくことになると捉えています。
街の価値を上げるという部分では、弊社の社長が2001年から、別府市の地域おこしイベントで、体験型プログラムを多数そろえた「別府八湯温泉泊覧会」(オンパク)に取り組んでおり、宿をその理念にフィットさせていけばいいと考えています。
内藤:インバウンドや若者のマーケットは今後も伸びていきます。今の路線を続けていくのですか。
鶴田:当館の現在のコンセプトは、「別府のゲートウェイホテル」です。旅行者が何を求めているか、いかにその人たちの時間価値を高めるか、このエリアのゲートウェイになることがビジョンです。別府をベースに九州を楽しむ遊び方を宿として提案していけたらいいなと考えています。将来的には旅行業登録をして、旅行者の旅をコーディネートするのもありだと個人的には考えています。
内藤:料金設定はバックパッカーよりも上ですが、平均的な旅館の1万5千円よりも少し下という料金帯は独特のマーケットですね。
鶴田:このマーケットが実はいま一番マッチングしやすく、客室売上を確保し利益に結び付けやすいと思います。
内藤:手を掛けないけど、勝手に旅行者が楽しんでくれますからね。
会社的に、以前は前向きな投資ができる状況ではなかったとおっしゃいましたが、この数年の売上状況はどうですか。
鶴田:16年度(15年7月―16年6月期)は、この10年で1番いい状況です。15年度に比べて売上が20%以上増加し、客室単価が上昇しているので、営業利益の伸びは売上の伸びに比べても高いです。
内藤:施設の設備投資の計画はありますか。
鶴田:今後、どう舵取りをしていくか、ターニングポイントに来たなと感じています。
内藤:ニューツルタでは大型化して以降、バブル崩壊で客数が減るなか、スポーツ合宿を受け入れたのが良かったと思います。
鶴田:経営的には長い間、必死に“筋トレ”をしていた状態ですね。早い段階で泊食分離をしており、そこに海外からインバウンドが入ってきたので、筋トレが役にたったという感じです。
住宅宿泊事業法(民泊新法)が成立したので、別府でも民泊が急速に増えていくと思います。
別府では今後、グレードの高いホテルからバンクベット主体のゲストハウスに民泊と、幅広い価格帯でさまざまな目的を持ったツーリストを、さまざまな業態で迎える時代がやってきます。とくにアジアのミレニアル世代のツーリストのニーズを満たす客室が必要になってきます。
暮らすように旅をする彼らは、客室の機能は滞在に必要最低限のレベルを備えていれば、それ以外のサービスは必要としないかもしれない。ホテルを建てることではなく、旅行者のための「別府の別荘」を作ってあげることの方が、これからのニーズは、より高まっていくのではないかと思っています。
内藤:民泊的な利用ですね。
鶴田:現在、社長とも話し合いをしていますが、ホテル裏に遊休不動産があるので、さまざまな客層に対応できる宿泊施設として、そのビルをリノベーションすることを検討しています。カジュアルな「別府の別荘」として、民泊とも違う、サービスアパートメント的なコンセプトがベターかもしれません。今後はホテル本体だけに投資をすると、マーケットによって最適な部屋サイズや、必要な機能が違うので、1つに絞ってしまうと受け入れのリスクが上がってしまいます。大規模な投資をすると、回収期間は長くなるし、その間にも環境変化は急変します。お客様が満足してくれて、こちら側が少ないコストと労力で提供できるのであれば、生産性が高まるのではないかと思います。
内藤:客室のベッド化についてはどうですか。
鶴田:これも難しくて、和室の持つ機能的な良さは、お客様のグループサイズに合わせて定員を変化できるところにあります。ベッド固定にすると、客室単価の上限が見えてしまいます。効率を優先すると、ベッドの部屋を増やすことは有効ですが、現状では和室が持つ機能的な部分は強く残していくという考えです。
内藤:色々な事情があったと思いますが、ホテルニューツルタでは、客室を広くして露天風呂付きの部屋にはできなかったがゆえに、その制約の中でスポーツ合宿を受け入れ、今はインバウンドのマーケットを受け入れています。静かな環境を求める中高年層やカップルのマーケットが中途半端にあれば、改革は難しかったかもしれないですね。
鶴田:そうだと思います。
別府は100年前からさまざまなタイプのお客様をもてなしてきているので懐が深い。また、立命館アジア太平洋大学(APU)の学生たちによる、アジアの若者に共通する新しい価値観も街にいま息づいています。お客様の変化は日常茶飯事です。しかし、その都度、宿は設備投資ができません。自館を見つめ、大きな流れを感じ取り、マーケティングで客層を変化させることによって、売上を増やせると考えます。同じ人数でラクに売上が上がれば生産性が上がる。私はそれを進めています。
内藤:お客を増やすには、「1泊2食は変えられない」など制約を増やすと難しくなります。
鶴田:サービス業として何がしたいかというと、お客様に喜んでもらうことです。「滞在時間価値」が上がることで、お客様が喜ばれる。それは何も館内だけにこだわらなくてもよく、別府の街の人たちとともに旅行者をもてなしていきたいですね。
内藤:会社が継続していくための手段に多くの宿は必要以上にこだわる傾向があります。過去にスポーツ合宿を受け入れたというのも、手段にこだわらない社長の柔軟な姿勢が見えます。
鶴田:その点では社長がとても柔軟なので、とても勉強になります。街に対する思いや、宿への思いも強く、私はずっとそばで見ているので、社長のマインドを今後どのように受け継いでいくかというところも今から考えています。
※ 詳細は本紙1683号または9月27日以降日経テレコン21でお読みいただけます。