2020年6月11日(木) 配信

高品質のおもてなしサービスを提供することで、お客の強い支持を得て集客している宿の経営者と、工学博士で、サービス産業革新推進機構代表理事の内藤耕氏が、その人気の秘訣を探っていく対談シリーズ「いい旅館にしよう! Ⅲ」の4回目は、アメニティホテルin博多(福岡県福岡市)の秋吉智博社長が登場。電話予約を取らず、事前カード決済のみの予約システムは、煩雑な業務の簡素化に成功した。対談は2月12日に行われたが、秋吉社長の割り切った考え方は“アフターコロナ”の宿泊業界に大きなヒントを含んでいる。
【増田 剛】
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秋吉:当館は地場独立系のビジネスホテルで、開業は1999年4月です。宿泊特化型でシングルルームが72室、メインターゲットはビジネスマンを想定しています。天神、博多駅、福岡空港へのアクセスの良さが特徴です。
コストパフォーマンスも追求しており、「朝食は無料」ですが、しっかりとしたものを提供しています。なかでも「明太子の食べ放題」が高い評価を得ています。厳しい経営環境のなか、この部分は当館の強みであり、訴求していく付加価値だと考えています。
宿泊客は、地元福岡が13―14%、あとは関東や関西からのお客様が多いですね。
――社長に就任したのはいつですか。
秋吉:先代の父が亡くなり、私が後を継いだのは2014年4月で、32歳でした。
父はもともと焼鳥屋を経営していましたが、不動産業に進出し、99年にアメニティホテルin博多を建てました。
私自身は上京して大学を卒業後は、中堅の不動産会社に就職しました。色々と勉強しようと考えていましたが、リーマン・ショックの影響を受けて、10年に会社が民事再生になりました。当時20代後半でした。
その後、福岡のリース会社に転職しましたが、14年1月に父が急逝しました。ホテルのことは何も分からずに会社を継いで6年になります。
私が戻る前年の年間平均稼働率は68%で、スタッフの年齢も高く、当たり前のこともできていない状況でした。
まずはその部分から改善していきました。18年には稼働率98%を達成しました。客室単価は約7千円です。
業界の常識を分かっていなかったがゆえに、常識に捉われない手法に着手することができました。16年から楽天トラベルアワードを受賞し、17年にはゴールドアワード(金賞)を受賞しました。最近ではさまざまなカンファレンスで登壇する機会も増えてきました。
内藤:宿泊業界の経営に外側から足を踏み入れたときの印象は。
秋吉:最初の2、3年はがむしゃらで「何も感じられなかった」というのが正直なところです。
まずは人間関係の構築と、やれていない部分から正常化していくことに着手しました。それで、福岡市内の平均稼働率に少しずつ近づけていこうという考え方でした。
初期の段階では、何かあったらすぐに私の携帯電話に連絡があり、クレーム処理などに関わっていましたが、なるべく現場で、支配人レベルで完結できるようにすることが課題でした。
基本的に人の働くモチベーションは、給料しかないと思っています。もちろん社会保険を含めた福利厚生も含まれます。
私は中堅の不動産会社に就職しましたが、学生時代の友人らは大手商社などに就職していました。そのときに、自分の給料の低さにすごく負い目を感じる時期がありました。
この経験からまず働く人の待遇面から改善していきました。年代における東京の平均年収なども意識して、年収を決めています。賞与も夏と冬を合わせて4・5カ月ほどは出しています。
内藤:「給料を上げれば人が集まる」というのは誰でも分かっています。多くの会社では「業績が上がれば給料を上げます。そのために頑張ろう」と言います。秋吉社長が先に労働条件を良くしていくことに着手したのは、稀有なケースです。
理論的には正しいのですが、どうしてそのような逆の意思決定をされたのですか。
秋吉:稼働率などはまだ伸び代があると思っていました。OTA(オンライン旅行会社)に6カ月前から売り出すといったルールがあったにせよ、それが全然更新されていませんでした。抜け落ちている部分がたくさんあったので、そこを改善すれば稼働率が上がる余地はあるだろうと判断し、「好待遇」の方へ舵を切っていきました。
会社の理念は2―3年かけてまとめました。
例えば結婚している社員の奥様が誕生日だったらホテルのディナー券をプレゼントしています。
「従業員が会社に満足していないと、顧客満足など得られない」という考えが根底にあるので、まずは従業員が働きやすい環境を整えるところから着手して、良い方向につながっていったのだと思っています。
チェーンホテルでもない、中小企業だからできる思い切った福利厚生なども考えています。近くに博多座という劇場があるので、1年間に1回、会社が負担して、「観劇してもいいですよ」という制度もあります。裏を返すと、「実際に自分で行って観ないと、お客様に説明できない」との考えから取り入れました。
最近は働き方改革も進め、年末年始は9日間連続で休館しています。有給休暇の積極的な取得も促しています。
内藤:年間の休日は現在、どのくらいですか。
秋吉:月に10日で、120日です。これ以外に法定20日の有給休暇もあります。
内藤:大企業並みですね。残業はどうですか。
秋吉:月に3時間程度で、ほとんどありません。
これは電話予約を取っていないことが大きいと思います。電話に掴まって労働時間が延びることは基本的にありません。予約はすべてインターネット経由だけで、事前カード決済のみの対応です。
先代の父も「手数料を払うのがもったいない」から、自社ホームページにすべて誘引しようとしていましたが、独立系のビジネスホテルであるがゆえに、限界を感じ、方針を変えました。
楽天トラベルで金賞を受賞したのも、予約を取れば取るほど、表示順位も上がるので好転するスパイラルが生まれてきたからです。当館では、楽天トラベルが約80%、じゃらんが約15%。1・8%はリピーターが帰り際にフロントで次回の予約をするといった構成です。
内藤:楽天トラベルに手数料を支払う代わりに、煩雑な事務手続きを簡素化しているということですね。
秋吉:おっしゃる通りです。その方が業務の効率化になるとの考えです。
内藤:具体的にどのようなオペレーションの効率化につながるのですか。
秋吉:フロントで金銭の授受がないので、基本はお客様に宿の簡単な説明をして、カードキーを渡すだけです。電話に縛られないというのは大きいと思います。
――これはいつから始めたのですか。
秋吉:17年の後半からです。当時はすごく稼働も良く、「稼働率を100%にするにはどうすればいいか」と考えたときに、電話予約を取っていたら、どうしてもお客様との意思の疎通にズレが生じてしまう。ノーショウの場合には、電話を掛けて「キャンセル料を振り込んでください」といったやり取りがナンセンスだと思いました。そこで思い切って電話予約をやめてしまうと、18年2月に稼働率100%を達成しました。キャンセル料も入ってきます。
今でも電話がかかることがありますが、「当館は電話での予約を受け付けていないので、楽天トラベルやじゃらんから予約をお願いします」とお客様に説明していくことに、スタッフはすぐに慣れていきました。
一方で、ネット予約に限定すると、間口が狭まることはしっかりと認識しています。それでも「選ばれるホテルであれば、高水準の稼働を保てる」と判断したのです。
飲食店のドタキャンなどがあるなかで、「電話予約を取らない」ことを宿泊業界のスタンダードとして地位の改善につなげいきたいと思っています。そうでなければ業界全体が衰退してしまうと危機感を持っています。
業界の会合などでもそのような話をしていますが、「予約が減るのではないか」と心配が先に立ちます。でも、考えるよりも、「まずやってみなければ始まらない」と思っています。
――電話予約を取らない宿泊施設はほかにもありますか。
秋吉:ほとんどないと思います。最近はカード決済限定のホテルは少し増えてきた感じはします。
内藤:スタッフはどのようなシフトになりますか。
秋吉:基本的に日勤は3人の社員が2人体制で回し、地元の大学生が夜勤のアルバイトをしています。何かあれば支配人に連絡する体制をとっています。
昼は基本的にチェックインとチェックアウトのほかに、電話での質問に答えたり、備品の補充などをしたりしています。
内藤:マンションの管理人の延長のような感じですね。調理はどうされているのですか。
秋吉:朝は無料で食事を提供しているので、湯煎で温めているものが中心です。大学生がお米を炊いて、シジミ汁を作ります。ウインナーを温めて、千切りしたキャベツと、地元の質の高いドレッシングなどを出すといったスタイルです。
これに、食べ放題の明太子を提供しています。「無料サービス」なので概ね満足していただいているのかなと思っています。
――宿泊者は朝食を食べていかれますか。
秋吉:7割くらいです。朝食券もないので数は管理していません。
内藤:清掃は内製でやっているのですか。
秋吉:8人の清掃パートスタッフでシフトを組んでいます。
――今は清掃スタッフを集めるのは大変と聞きます。
秋吉:当館はこの2年ほど誰も辞めていません。私が戻ってきた時期は入れ替わりが激しく、私自身が客室の清掃をしなければならない状態が続きました。朝の7時から夕方の4時くらいまで20部屋ほど清掃していました。
その時期に、予約の段階で連泊されるお客様などに「清掃は不要」というエコ割プランを導入し、清掃の絶対数が減っていきました。
従業員に対しては時給を高くしました。福岡県の平均時給は810円ほどですが、当館では980円です。他の清掃会社に委託すれば、マージンを抜かれます。それであれば、自社で中抜きされている分を上乗せしたとしても、時給を大幅にアップした方がいいと思いました。
内藤:多くの施設はできるだけ低い賃金で現場を回そうとしますが、ある施設では時給を大幅に上げると、「応募してくる人材の質がこれまでと大きく変わった」と話しています。
秋吉:当館では清掃の質は高いと思います。なぜスタッフが辞めずに長続きするのかと考えると、結局当館の清掃は肉体的負担が低いのだと思います。
他のホテルでは人手が足りなくて1日12室などのノルマが課されるところ、エコ割プランの利用客も多く、シフトもしっかりと組めていれば、1日9―10室ほどで、残業もなく働きやすい。子供のお迎えなど予定が立ちやすいため、定着しているのだと思います。
内藤:スタッフが辞めないと、スキルは上がっていきます。利益を出そうと人件費を安くしてもしっかりとした人材が集まらず、結局すぐに辞めてしまう。そうすると募集の広告宣伝費が嵩み、スキルも蓄積しないで悪循環に陥ってしまいます。賃上げして、得すると思えるかどうかです。
裏方の清掃はなかなか経営者の関心が向かないため、手を入れようとする施設は少なく、ブラックボックスになるケースが多いですね。
秋吉:宿泊業界では、ベッドメイクの時給を計算するときに、例えば午前10時―午後3時などとなっていますが、実際にはスタッフは8時30分ごろには出社して準備を行っています。これをサービス残業的な扱いではなく、実働時間を明確にして支払うことが大事だと思っています。
内藤:おっしゃるように、多くの施設では労働契約上の「始業前の準備作業」が曖昧です。準備という善意に甘えず、給料を払わないのだったら、働かせない。働いているのなら支払って管理することを徹底するべきです。
秋吉:細かな時給の賃上げよりも、その部分を改善する方が先だと思います。時給の30円上乗せよりも、労働時間を5時間から5・5時間にするだけで全然違います。
内藤:宿泊施設では清掃のやり方が原始的だと感じます。どの客室がチェックアウトしたかを電話でフロントに確認したり、カギをフロントに取りに行ったりすることが多い。ITを活用すれば、フロアをまたいで空いた客室から進めることができます。
小規模だからできるアナログの工夫もたくさんあります。「〇〇号室が空きました」とテキストにして伝えるのは大変な作業ですが、例えば15分ごとにフロントの予約画面を写真で撮って、画像をメールで送れば一目瞭然です。
秋吉:それは面白いですね。システムの導入コストもありません。
内藤:もう一つは客室のセッティングをいかに単純化、標準化していくかという部分です。
ユニットバスやベッドメーキングの仕方など、施設ごとに異なります。経営者も自館をどのようにしているかは、あまり関心を持ちません。
ユニットバスにゴミ箱が有る施設と無い施設があります。狭い空間の床に物が置いてあると、清掃がとても大変です。床には足のないものは置かないようにした方がいいと考えます。
ホテル白菊(大分県)などは、小さなゴミ箱を洗面台の上に置くように変えました。ホテルナンカイ倉敷(岡山県)は、ユニットバスにゴミ箱は置いていません。口コミで高評価の施設ですが、「ゴミ箱は客室にあります」の一言です。あれだけ顧客満足度の高いホテルでさえ、ユニットバスにゴミ箱は置いていないのです。
施設側は、「ゴミ箱はあるべきだ」との前提を疑いませんが、お客は「あるものでどうするか」と考えます。
また、ベッドが2つある客室の場合、宿泊人数でアメニティをセットすると、現場の判断に委ねるため、間違いが発生します。ベッドの数でセットした方が、修正などの手間もありません。
自分たちの中で勝手に刷り込まれた常識のもとで議論しても、新しい試みが何もできなくなってしまいます。
秋吉:まさにそうだと思います。当館は72室すべてシングルルームです。トリプルやダブルがないので作業が単純で、「働きやすさ」にも寄与していると思います。部屋ごとの指示書もありません。
内藤:指示書が複雑だとミスも起こりやすくなります。
清掃の確認作業はやられているのですか。
秋吉:スタッフも長年やっている方ばかりで信頼していますので、さらに確認作業はしていません。たまにミスがあったとしてもそれをフィードバックすればいいと考えています。
私が業界の外側にいたためか、高級ホテルでやってこられた方のように、「完璧にしなければ」という意識が薄いかもしれないですね。
内藤:チェックしてもミスが起こるから、もう1度チェックすると、チック作業だけが延々に続きます。そうすると、人手が掛かって仕方がない。そうではなくて、ミスが起こらないような業務プロセスに変えることが大事です。
清掃したあとに、「冷蔵庫の中にモノが置いたままだった」というのはよくあるミスです。その対策として、客室に入ったら、「まず冷蔵庫を開ける→清掃が終わったときに閉める」という業務プロセスにすると、業務の中にチェック工程が入り、ミスを減らすことが可能になります。
また、ミスがあったときに経営者が怒ってしまうと、お客からのクレームも隠すようになり、悪循環に陥ります。むしろクレームが発生すると、「業務プロセスの問題点が見つかった。ありがとう。これが2度と起こらないためにどうしたらいいのだろう」と皆で知恵を出し合いながら考えていくことが大切です。
――今後の市場をどのように見ていますか。
秋吉:国内需要は人口減少と高齢化によって伸び代は少ない。海外需要も新型コロナウイルスなどのリスクを考えると、市場としてはなかなか厳しいと思います。他方で宿泊施設の供給が増え続けています。
内藤:昨年の秋ごろから、構造的な変化が起こり始めたという印象を持っています。
2025年に団塊の世代が後期高齢者になっていきます。団塊世代以前の戦後世代の行動原理は道徳心、つまり「やってくれて、ありがとう」です。団塊世代になると権利意識が出てきて、「お金を払っているのだからやって当たり前でしょ」になります。道徳心のうえで成り立っている介護業界に権利意識を持ち込まれると一気に崩壊すると言われています。
もう一つ、観光庁のデータですが、70歳を超えると旅行をしなくなるという傾向があるようです。
実際に地方の温泉旅館に行くと、「忘・新年会の宴会が激減し始めている」としばしば耳にします。昨年30人の宴会が今年は15人など、これまでは「営業をすればどうにかなる」と思っていたが、「営業してもどうにもならない」状況が年々色濃くなっています。
これまでグループで動いていた団塊世代が動かなくなり、祖父母がお金を出す3世代旅行も、昨年話題になった「老後資金2千万円問題」などの心理作用もあり、お金を出せなくなって減少しています。市場が縮小することよりも、「構造変化についていけない」旅館・ホテルが増えてきていると感じています。
今後は、「動いている客層にどうフィットするか」がとても大事になってきます。
実際に、構造の変化を感じていますか。
秋吉:当館は団体の予約を取っていません。基本的にサラリーマンの1人客なので、今のところあまり感じないですね。
しかしながら、色々なものにアンテナを張ってレベニューマネジメントに取り組んでいます。
普段は男性の1人客がほとんどなのですが、例えば、数カ月先に女性の予約が数件入った段階で、SNS(交流サイト)などを検索すると、福岡市内で人気アイドルグループの「コンサートが決まった」というコメントがあったりします。
アーティストによっては3日間連続で宿泊する女性客もいるので、ファンの特性なども研究しています。福岡ドームで開催されるオタク文化のイベントなどにもアンテナを張っています。
内藤:これらも小さな構造変化に対応していくという姿勢ですね。
――リピーターは多いですか。
秋吉:40―50%ほどです。ありがたい傾向ですが、ビジネスホテルや民泊、ゲストハウスなども増え、天神・中洲エリアで検索しても膨大の数が出てきて埋もれてしまい、新規で選ばれることが厳しくなっています。そうなると、1度来ていただいて、リピートしていただくお客様を囲い込むことが大事だと思っています。
内藤:他の業種では、スーパーや美容室などはリピート率が95%ほどですが、それらと比べると宿泊業は「新規の顧客獲得」に力を注がなくてはなりません。
宿泊アンケートなどで「当ホテルを何で知りましたか」という項目がありますが、「知人からの紹介」という口コミを増やすことが大事です。福岡に出張する際、会社の同僚などとの会話で、「〇〇ホテルがいいよ」と言ってもらえることです。つまり、「友人・知人が紹介しやすい」というところがポイントで、アメニティホテルin博多の「明太子食べ放題」などのように、とにかく記憶に残る、インパクトのある部分が必要だと思います。
――楽天の点数は気にしていますか。
秋吉:気にはしています。口コミについても考えていた時期もありました。一方で、一体どのくらいの人が口コミを書いているのかというと、当館の場合1%未満の0・9%ほどです。統計学的にこの点数が確かなのかと考えたときに、そこまで信頼の水準が高いわけでもない。コメントでは、とても素晴らしいことを書いていても5段階の「3点」にすべて印を点ける人もいます。口コミ評価は、確かに大事なのですが、その評価に引っ張られ、振り回され過ぎるのはやめようと自分の中で結論づけました。
内藤:事前期待とのキャップで、事前期待を上げると点数が下がります。よく言われるのは、ビジネスホテルは事前期待は低いが、顧客満足度は高い。シティホテルはその逆です。もっと言えば、コストパフォーマンスが大きく影響します。
秋吉:「リピーターに支持され、しっかりと利益を上げていこう」いう感覚になりました。
――ありがとうございました。
【全文は、本紙1796号または6月17日(水)以降日経テレコン21でお読みいただけます。】