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「街のデッサン(205)」リスボンで体験したナイトライフエコノミー 「サウダーデの夜は更けて」

2018年5月13日(日) 配信

魂を震わすファドの歌声(筆者撮影)

 美しい黒髪の女性が、魂から絞り出すような声で歌っている。暗い舞台に、彼女のシルエットが浮き出して、体全体が哀しみを表現しているようだ。間奏に脇にいる足を組んだ2人の男の伴奏するヴィオラとギターの曲が流れる。繊細な音の連なりであるが、その曲がまた心にじんわりと染み込んでくる。私は、リスボン(ポルトガル)の夜にファドを聞きに来ている。今回で3回目であるが、リスボンを訪れると必ずファドを聞きに来る。というよりもファドを楽しむためにリスボンに来ているのが本音かもしれない。

 20年も前に、スペインとポルトガルのツアーに参加して、下町であるアルファマの小体な居酒屋風ファドの店にやって来ていた。ツアー参加者の10人ほどで赤ワインを飲み干しながら歌に聞き入った。小さなテーブルを挟んで真向いにいたご夫妻は私と同郷で、親しくなった。亭主の方が、歌を聞きながら涙を流している。私もファドの持つ強い風土性に共感したが、涙を流している男の感性にも、感動した。帰国して3カ月ほどしてから、奥さんの手紙を手にした。がんを病んで余命いくばくもない夫の最後の旅だった、と死去を知らせるものだった。あのとき、ファドという音楽が彼の心に去来する人生という物語に深い陰影を与えていたのではなかったか、と私はその手紙を読んで偲んでいた。

 この2月のポルトガルの旅では、バイロ・アルトの坂を上った小さな広場の奥にある店を訪ねた。何年かぶりのリスボンで、この街は今では日本でも人気の海外旅行のデスティネーションになっている。ファドの店も、観光客用に店内が整備され、以前訪れた小さな居酒屋風ではなかったが、舞台にファディスタ(歌い手)と2人の弾き手が現れて、照明が暗く落とされ、やはり哀しげな歌が始まると気にならなくなった。

 女性のファディスタの歌が吐息のように終わったとき、ふと私は20年前のご夫妻のことを思い出していたが、それはやはりファドの持つサウダーデ故かもしれなかった。「サウダーデ」とはポルトガル人独特の感情表現と言われるが、それが何かとなるとなかなか難しいらしい。日本語では郷愁とか、哀愁、追憶と訳されるが、在るべきものが不在の時の懐かしい喪失感を指すという。エッセイストの青目海氏の指摘であるが、今回のファドの店で私はその感覚を味わっていたのであろう。

 サウダーデの夜も私たちがモデルにすべきナイトライフエコノミーの貴重な文化資源では、とも実感していたのだ。

(エッセイスト 望月 照彦)

コラムニスト紹介

望月 照彦 氏

エッセイスト 望月 照彦 氏

若き時代、童話創作とコピーライターで糊口を凌ぎ、ベンチャー企業を複数起業した。その数奇な経験を評価され、先達・中村秀一郎先生に多摩大学教授に推薦される。現在、鎌倉極楽寺に、人類の未来を俯瞰する『構想博物館』を創設し運営する。人間と社会を見据える旅を重ね『旅と構想』など複数著す。

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