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今、旅行業の現場で起こっていること、JTB代表取締役会長・佐々木隆氏が語る

2010年4月1日
編集部

 観光庁が3月19日に開いた第5回観光人材育成のための産学官連携検討会議で、JTB代表取締役会長の佐々木隆氏が基調講演「観光産業が大学に期待すること」を行った。このなかで、佐々木氏は、JTBの経営者という立場を通して旅行業界が直面する課題や厳しさ、将来展望などを語った。概要を紹介する。

 私は8年前にJTBの社長に就任して6年間、JTBの経営をどういうふうに変えていくか悩んだときに、常に創業以来の営業実績の推移表を原点に考えた。会社創業以来、1991年まで一貫して右肩上がりで成長してきたが、それであるがゆえに、一度も前年実績を下回ることのない時代が40年近くも続いた会社組織の中でどのような現象が起こったか?

  私はピークの直前の89年から社長に就任する02年までの間、経営企画で利益計画を担当しており、つぶさに見てきた。

 91年をピークに、売上げが落ち始めたとき、「社内で誰か遊んでいる人間がいるのではないか?」という議論が最初に起こった。それから2―3年の間、営業本部長や支店長など営業の要職にあった人たちが追われていった時代だった。そして、ようやく会社が「どうも尋常ではないことが起こっているんじゃないか」と理解し始めた。

 そのころ、9・11やSARSといったツーリズム産業にとって致命的なことが幾つか起こった。9・11は、お客様を乗せた飛行機がテロによって自爆した。SARSは、発達した国際航空路線を通じて初めて伝染病が世界的に広がっていった。最初にパニックになったのは中国で発生したSARSがバンクーバーに飛び火したとき。

 今でこそ笑い話だが、当時ある企業経営者から「今誰も海外に社員を出しませんよ。もし、日本人の第1号SARS患者が自分の会社の社員から出たらどんな業種であっても製品や商品が売れなくなる」と言われたことがあった。また、「成田空港に行けばSARSにかかる」という風評被害も出た。

 そのような状況のなかで、02年に社長に就任してから色々と悩み、結果として会社を分社化し、従来の1社で営業していた体質を複数の会社の集合体にした。なぜ、そういうことを考えざるを得なかったか?

●情報格差が逆転

 ツーリズム産業は現在、大きな構造的、社会的な変化を受けている。なかでも「情報格差の逆転」ということがとても大きな影響を受けている。インターネットが進展する前は、売り手側の方が、買い手側よりも情報が倍以上あったからビジネスが成立していた。しかし、高度情報化社会に入って、この情報格差が急速に縮まった。つまり非対象性が崩壊し、現在は逆転している。これが現実にどのような状況を生み出すか。

 あるとき、名古屋の店舗にお客様が来て「犬山温泉に行きたい」といわれたので、こちらは自信を持ってエースの企画商品をおすすめした。するとお客様は首を捻って、「ネットで調べたその旅館の企画商品より(エースが)500円高いのはなぜか」と問われた。それを解明するために、店頭スタッフは自分たちのツアーを造成している部署と、旅館に直接電話で問い合わせた。それで1時間ほどカウンターで応対していたが、お客様はどうしても納得できずにお帰りになった。ただ、「1時間もスタッフに時間を使わせて申し訳なかった」と、犬山温泉まで行く特急券を買っていただいたが、実質的な収入は200―300円程度。こういうことが現場で実際に起こっている。そして今は、さらに激しいことが起こっている。

 大手旅行会社に共通していえることだが、旅館の宿泊券販売が急激に落ち込んでいる。これは情報格差が逆転しているからにほかならない。旅行者が1千円高速で動くケースが増え、デフレで近場の旅行をする。そうすると、旅行者はインターネットで得た旅館情報を直で選ぶ。この現象が大手旅行会社を直撃している。信じられない勢いで国内旅行の取り扱いが落ちている。

●「発」から「受け」への転換

 台湾のインバウンドは500万人ほど。このうち100万人が中国からの旅行者。受入側の台湾からみると、中国からのツアーはとても「リピーター化」するような料金ではない。日本でも問題となっているが、劣悪なツアーを提供しており、中国人旅行者が台湾に来てがっかりしていると悩んでいる。一方、中国の旅行会社は「台湾に行きたいという中流階級は6千万人いる。毎年100万人を台湾に送り込む現状の“リピーターゼロ”のビジネスでも60年もつ」と意に介さない。これが発側と受け側の考え方の大きな違い。ほとんどの旅行会社が「発」の考え方で成長してきた。しかし「受け側」に基軸を変えると、考え方を変えざるを得ない。

●ソフト産業の変革の難しさ

 JTBグループが「総合旅行業」から「交流文化産業」に変革する際、マスコミ各社に同じことを答えていた。「我われがもし製造業で、莫大な設備投資をした会社ならば、未来が過去に引きづられてしまい、その流れを変えるのは至難の技。しかし、幸いに我われは人間が付加価値を生み出すソフト産業であり、人間は環境に適応する能力が一番高いので大丈夫」と言い続けた。その後、現場を1年ほど回って気づいたのは、「製造業よりもソフト産業のほうが、変革が難しいのではないか」ということだった。製造業であれば、例えば自社の製造ラインがライバル企業のラインよりも劣っていた場合、万人の目に明らかだろう。完成した製品を見比べても一目瞭然であり、そのために改善していくエネルギーが生まれてくる。一方、ソフトは観光産業の皆さんなら日々教育の現場で感じていると思うが、人の心は可視化できない。本人たちが成功したと思っているパターンはなかなか変えられない。環境の変化が、本人の行動に変化を与えるための自覚への時間は、製造業よりもむしろソフト産業のほうが長いのではないかと感じた。

●本当のプロとは?

 分社化を決めた考え方の中で、私自身最も強く感じたのは、大きな組織から小さな組織に変えることによって、社員との距離を近くしようということ。つまり、1万人規模の企業の中の社員1人は、1万分の1の作業を分担しているという感覚が残る。しかし、100人規模の企業になれば、責任も意識も100倍大きくなる。そのように環境を大きく変えることでしか、人の心は変えられないと思った。それともう一つ。大企業には大多数のゼネラリストがいる一方で、相対的な専門家がいる。ところがこの専門家たちも世間の専門的な集団に比べたら、本当のプロではない。

 例えば、私は財務を長く担当してきたのでJTBの中では財務や経理のある程度の専門家である。しかし、自分が当時、もしJTBから出て他企業の経理部長、財務部長というポジションに応募したなら間違いなく落ちていただろうと思う。私は本当の意味での専門家ではないと、常に自分の中で思っていた。

 分社化によって、アマチュアの中のプロから、プロの中のプロになってほしいと考えた。例えば、JTBが1社体制のころの出版事業局は、ほとんどの社員が旅行業をやっているときに、出版という特殊な分野の事業をやっており、間違いなくアマチュアの中のプロだった。しかし、JTBパブリッシングとして分社化して、厳しい出版業界の中で成功するかどうか。それが本当の意味でプロの中のプロになれるかが問われる。

●グローバル化への立ち遅れ

 グローバル企業への進化をどこの企業も大きな目的としているが、我われも海外に100カ所近いネットワークを持ち、JTBもグローバル企業と思われていたが、実態は基本的には日本マーケット発のお客様を世界でお世話するだけのネットワークでしかなかった。これを切り替えなければならない。というのは、日本マーケットの成長よりも、中国、インド、ベトナムなどのマーケットの成長のほうが早いからだ。我われはグローバル企業としては残念ながら成功していない。最大の理由は30年にわたって100カ所の海外ネットワークを作り、海外での勤務を経験した社員が累計で1千人近くいるにも関わらず、パリなどその地域マーケット発のインバウンドにも取り組むことをやってこなかった。一朝一夕にはできないので、M&Aなどによって外部企業にJTBグループのネットワークを活用してもらい少しずつ成果も出て来ている。しかし、まだ投資した分の回収はほとんどできていない。

 その部分では、HISさんの一部はJTBを凌駕している。例えば、バンコクの支店では、HISさんは100人を超える規模だが、JTBは30人程度。HISさんの支店長は現地通貨で雇用契約しているか、それを承認した方だけを現地に派遣する。タイの通貨で利益を上げ、給料を払う。我われよりもラディカルで徹底している。

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 インターネットの世界で、高級旅館・ホテルのスイートルームなどを専門に扱う宿泊予約サイトとして「一休.com」がある。お客様が少ない時期に安い値段でインターネット上で展開してお客様の支持を集めている。私が社長時代に社員に言ったのは、「この分野は、JTBが最初に気が付いて、最初に展開して当たり前なんだ。なぜならば、我われは一番いいお客様と、一番いい宿と取引していると自負していたではないか」。しかし、それであるがゆえにホテルや旅館さんの悩みを聞いていなかった。

●10―20年後の理想のかたち

 JTBグループにおいても、経営者を育てることは極めて難しい。スタッフとしてとても有能であったとしても、すべての責任を負って、すべての決断する社長、取締役として相応しいか、どうしても微妙な差がある。JTBは10―20年後の理想的な姿として、グループ会社200社の社長経験者の中から、最も優秀な者が社長になるというかたちにしたい。現実に経営をしないと実力もわからないし、経験も積めない。幸いに、いまのグループ体制においては、JTBには社員がいないので、田川博己社長はJTB社員から後継者を選ぶことができない。グループ会社の経営者の中から優秀な経営者を選ぶしかなく、そのかたちが完成した場合、JTBグループから本当の意味での経営者が育ち、安定したものになるだろう。

●これからの観光産業に必要な人材とは

 経営人材を育てるという話になると、財務、会計の話がでてくる。財務は決算にいたるまで、会社を一人称で見られる唯一の機会。会社という組織の中で仕事をしていると、どうしても担当した一部分から全体を見てしまう。しかし、財務の数字だけは、唯一常に一人称。連結決算、単体決算であろうが、その数字が語っているのは、JTBであり、JTBグループ。大組織の中にいると、この視点はなかなか得られない。そのために財務は重要だと考える。財務の教育で最も実践的な研究は、各社の決算数値からそれぞれにメッセージを作らせることだと思う。その会社の現状、問題点、そこからどのように発展しようとしているのか、決算数値から読み取る。会計は、何百年にわたる簿記の歴史のなかからルールとして確立されてきたもの。世の中の仕事は、「なぜ?」と聞かれてわからない仕事は山ほどある。忙しくなると、「なぜ?」がわからなくて「どうして?」だけをやる。「なぜ?」ということをわかる努力をさせるためにも会計は非常に役に立つと思う。

 JTBが採用や人材育成のときに掲げているのが、「自律創造型人財」。今、お客様は多種多様なニーズを持っている。その多様化したお客様のニーズに対してこたえられる人物は、クリエイティブであり、自分で解決までの行動ができる人だと考える。

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