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古民家活用のあるべきカタチを求めて (東京・小石川大正住宅の例)

2018年4月10日
編集部:謝 谷楓

2018年4月10日(火) 配信

インタビューに答えてくれた、所有者である根木隆彰・豊子夫妻。
近隣珈琲焙煎店とコラボしたドリップコーヒーも、ユーザーから好評を博す

 2013年、国内の空き家数は820万戸。総住宅数に占める割合は13%。内訳を見ると「賃貸用の住宅」が5割強を占め、世帯が長期不在などの「その他の住宅」が続く(4割弱)。話題の民泊は前者の運用に焦点を据えたもの。利活用の難しい物件が多いことも事実で、すべての空き家に活路がある状況ではない。世相やライフスタイルの変化によって居住困難になる住宅をどう活用するか? 東京都文京区、東京ドームにも近い一等地に建つ“小石川大正住宅”を例に挙げる。【謝 谷楓】

コミュニティに喜ばれる古民家として保存したい

 大正初期に建造された“小石川大正住宅”。純木造建築で、窓枠にはアルミサッシがなく、高度経済成長期の昭和感をまったく感じさせない造りが特徴だ。所有者である根木隆彰さんが生まれ、高等学校1年のとき1972(昭和47)年まで実際に住んだ家でもある。その後空き家や貸家となったが、1989(平成元)年ごろから、絵描きや能楽の稽古場として利用されるようになる。経緯について隆彰さんは次のように答えてくれた。

 「引退した父親が、趣味を楽しむための空間となりました。現役時代は銀行に勤めていたのですが、昔の銀行員は付き合いの関係もあり、さまざまな趣味を持つのが当たり前だったようです。先輩から能を習うよう勧められ、結局60年以上続けました。蓮阿弥(れんあみ)を流祖とする宝生流の先生に師事していました。稽古場といっては大げさかもしれませんが、定年退職後はここで、人に教えてもいました。私の結婚時には、修築して住むことも検討したのですが、新しいものがもてはやされるバブル期だったこともあって実現しませんでした。それが功を奏したのでしょう。大正時代の雰囲気を留めることができたのです」。

小石川大正住宅の外観(写真提供=所有者) 個展や海外ブランドの展示会スペースとしても活用されている

 1935(昭和10)年、母方の祖父ら一家で住み始めた住宅は、東京大空襲の難からも逃れることができた。B29爆撃機の落とす焼夷弾によって、火は路地一本隔てた向こう側まで及んでいたという。

 「関東大震災でも倒れませんでした。基礎がとてもしっかりしていたのです。2013年に耐震診断を行い、15年に改装したのですが、専門家からも手を加える必要はないとのお墨付きをもらいした」。

 保存時に懸念したことは、近隣コミュニティとの関係だ。古く寂れたままでは不安を与えてしまう。近隣住民にも喜ばれる保存方法を模索するなか、いくつかの建築事務所に改装を打診した。

 「父も亡くなり、私自身の定年退職が近づくなか、東日本大震災が起きました。いよいよダメかと思い来てみるとしっかり建っている。その姿を目の当たりにして、残してあげたいという思いが芽生えたのです。それなら近隣住民の方にも喜ばれるものが良い。百年先のことを考えると、地域にとって価値ある古民家であってほしいと考えたのです。縁があって、近所に事務所を構える一級建築士事務所 REIKA/NARITA Architectsにお願いすることとなりました。改装時には近所の方も気にかけてくださり、取り壊しになると考え残念がる方もいたほどです。改装後には貸事務所や催し事の利用場所にと声を掛けてくれる方も出てきました。住宅街ということもあり、興味を示す子供も多いですね」。

 “小石川大正住宅”は近隣コミュニティにとって、地域の歴史文化を象徴する存在としても認められている。

小石川大正住宅〈住所〉:〒112-0002 東京都文京区小石川1丁目11−3

人と出会い交流する場に

 “小石川大正住宅”は現在、レンタルスペースの仲介サイト、スペースマーケットを通じ時間単位で貸し出されている。改装後から利用したいという問い合わせが相次ぎ、江戸文化の関連イベント、能楽など、NPO法人や近隣住民らが主催するイベントを月1回ほど行うこととなる。一方、20―30人が集う催事は100年経つ純木造建築にとっては大きな負担に。役立つことは喜ばしいものの、保存したいという本来の目的も果たしたい。悩むなか、利用者とのマッチングをサポートする仲介サイトを知ることとなる。

 「写真撮影やポスターの背景、CDジャケット、映画・演劇ロケ地など、海外含めさまざまな分野のアーティストの作品の一部となっています。皆さん目的意識がしっかりしているので、気持ちよく貸し出すことができています。申し込み時に用途を伺ったうえで注意事項を伝えるなど、当方からのお願いごとも理解したうえで使ってもらえています」。

 貸し出す際のモットーは、無理をしないこと。運営者である自身の考えや、建物の状況とも相談しつつ、できる範囲内で要望に応えてきた。注目すべきは世相に適した運営スタイルだ。バブル期の90年代には利用が難しかったが現在ではさまざまな作品の一部分として活用されている。30年ほどの間に、古いものに対する価値観が大きく変化し、古さ=文化という考えが浸透した結果といえる。昭和感のない“小石川大正住宅”はこの世相にピッタリマッチした物件といえよう。

 「サイトに掲載してから1年ほど。写真撮影がメインのためリピーターは少ないのですが、利用者と出会う度に発見があり、セカンドライフの活力となっています」。

 所有者のライフスタイルに適した運営が実現されていることも特色の1つ。根木さんにとってここは利益を追求するための商材ではなく、人と出会いバイタリティが生まれる場なのだ。

地域の歴史や文化を発信

 民泊も含めた、物件や建物のシェアリングエコノミーは、文化と商い2つの側面を有し、いずれを主眼に据えて運営するかによって建物の持つ意味も変わってくる。例えば、農泊といった地域特有の生活を体験する場として活用する場合には、宿泊場所となる建物も文化的側面が強調されることとなる。ローカルに根付く風習を知る対象として、建物は機能するからだ。一方、遊休資産として捉え運用に徹すれば、建物は商材としての意味合いが濃くなる。

 仲介サイトを利用するユーザーは自身の需要に見合う物件を探すため、物件運営者は建物のコンセプトを明確に示す必要がある。保存を大きなテーマとする“小石川大正住宅”はまさに、文化的側面を前面に押し出すことで、創作需要を持つアーティストらの取り込みに成功した例といえる。

 残念ながら、同住宅の改装費は非公表。費用面での実例は示せないものの、地域の歴史や文化を発信する場として古民家を有効活用できる点は参考としたい。シェアリングエコノミーでは、宿泊分野への注目が高いが、時間貸しという選択があることも忘れてはいけない。地方行政や観光協会が地銀と協力して、古民家にギャラリーやイベントスペースとしての役割を持たせれば、空き家再生と文化事業を融合させることもできる。地域の特色やマーケティングといった需要把握作業は必須で手間だが、大型のハコモノを作る前に、あるものを有効活用するというシェアリングエコノミーの思想は、無視し難い世相となっている。

全国における、空き家の種類別空き家数の割合(平成25年)
※総務省統計局の資料を基に、旬刊旅行新聞編集部が作成した

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