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「街のデッサン(235)」DX時代の商業観光 地域の生活技術資本こそが文化観光の基盤

2020年11月8日(日) 配信

野草のごとくういろう本舗

 私の学問の師匠は「ベンチャービジネス」という概念を構築した中村秀一郎先生。先生のお陰で大学教授に推挙された折、研究者には静寂が必要だと箱根仙石原にベンチャーの1人が建てたリゾートビラの一室を購入するよう勧められた。銀行借り入れが必要であれば僕が保証するよとまで言われて、素直に応じた。

 夏は涼しく、冬は温泉で温まって研究に余念なく過ごした。そこで本を何冊か書いたが、楽しみは仕事に飽くと箱根の山を下って小田原まで出て古本屋巡りをすることだった。城下町の風情と、海山から揚がってくる農魚産品を活用して徳川幕府の台所機能を担った街だったから、逍遥後の食事処を選ぶのが難儀だった。後に、私の書斎は鎌倉に移るが、小田原の街を遊歩していた時代は、萩原朔太郎の小説「猫街」のファンタジーあふれた物語の舞台をそのまま体験できた。

 この9月末に、観光学の泰斗である丁野朗先生のお誘いで小田原視察の機会を得た。丁野先生は埼玉県越谷市で「未來創造塾」を率いていて、その塾生20人ほどの見学会である。

 未来創造塾は、いわば市民有志が中心になって民間シンク&ドゥタンク的な機能を目指すもので、秋の終わりには越谷の産業技術を集約し、市民や観光客に対して「技博(わざはく)」を目論んでいる。こういった地域産業文化で観光イベントに仕上げた先達には、新潟の燕三条の金属加工の工場技術を見せる「工場の祭典」があるが、小田原市は江戸の生命線となった生活基盤産業としての「生業(なりわい)企業」が中心で、越谷市にはより参考になろう。私にとっても「猫街」体験以来の小田原だ。

 小田原駅に着くと激しい雨が嘘のように止み、観光協会の外郎(ういろう)副会長や小田原文化を知り尽くした平井ガイド、観光課職員に案内されて出発。駅前の迷路の商店街を抜けると、かつての中心繁華街だった銀座通りなどに点在する「街角博物館」に指定されている商屋を巡る。それらは圧巻だった。紙問屋、漆器屋、何軒もの名物の蒲鉾屋、薬問屋、梅干し専門店、そしてういろう本舗と多くが江戸の伝統を継ぐ商人たちの店々。もしAmazonなどのEC業界が市場を席捲して彼らの店々が崩壊したら、都市観光はどうなるだろうか。事実、地方都市の商店街の多くは瓦解している。しかし風格ある小田原の商業群は力であふれている。この地場商業と都市商人たちの躍動感に、私は本当に感動し「生業ベンチャー商人」モデルこそ、持続する都市観光の主役だと確信した。

コラムニスト紹介

望月 照彦 氏

エッセイスト 望月 照彦 氏

若き時代、童話創作とコピーライターで糊口を凌ぎ、ベンチャー企業を複数起業した。その数奇な経験を評価され、先達・中村秀一郎先生に多摩大学教授に推薦される。現在、鎌倉極楽寺に、人類の未来を俯瞰する『構想博物館』を創設し運営する。人間と社会を見据える旅を重ね『旅と構想』など複数著す。

 

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